「そろそろ節約要請が出るのでは?」——出ません。理由は政治です。
結論から言うと、「そろそろ要請が出てもよい時期」というご認識は正しく、それでも要請は当分出ない、というのが私の読みです。
政府の公式説明は「当面の供給量は確保できている」
ただその裏で、要請を出すこと自体のコストが効いていると見ています。
そして制限が来るなら産業から。
ただし気づくのは、家庭が最初です。
順に説明します。
まず、なぜバブ・エル・マンデブが致命的なのか。
ホルムズが事実上封鎖されて以降、サウジは東西パイプラインで紅海側のヤンブー港に原油を回し、そこから輸出を続けてきました。調査会社ケプラーによると、バブ・エル・マンデブ経由の原油輸出は6月時点で日量673万バレル。世界の原油輸出量の16%です(供給全体ではなく輸出量ベースの数字です)。日経によれば、それ以前の1年間は平均270万バレル程度。ホルムズから溢れた荷が、この一本の海峡に集中していたことが分かります。
つまりヤンブーと紅海は、ホルムズ封鎖後の世界にとっての「非常口」でした。7月20日のフーシ派の封鎖宣言は、この非常口を狙い撃ちにしたものです。
しかも、これは他人事の海峡ではありません。
日本はホルムズ封鎖後、代替調達で戦前水準の原油確保にめどを立てていましたが、その代替分の約半分は米国から、残り半分は中東から。そして中東分の多くは、バブ・エル・マンデブ経由のサウジ産と推察されています。
日本が3月以降必死に組み直した調達網の、片翼がこの海峡に載っている。玄関を塞がれた家の、勝手口に火をつけられた。
ご指摘の通り、相当まずい局面です。
この2週間で、事態は三段階進みました。
①海峡を塞ぐ(7月20日〜)
フーシ派は海運会社にメールを送り、サウジの港で荷を積み下ろしした船は「いかなる場所でも」標的になると警告しました。翌21日には中国・インド向けのサウジ産原油タンカー3隻が紅海でUターン。戦争リスク保険料は24時間で上昇を始めました。23日にはタンカー2隻への攻撃を発表。うち1隻(エンセリア号)の被弾は外部情報でも確認されています。
重要なのは、海峡自体は物理的に閉じていないことです。
7月末時点でも1日20〜29隻程度は通航している。塞がれているのは「サウジ関連船」だけ。撃たれたのは数隻でも、保険料と警告で数十隻が止まる。物理ではなくコストで、特定国の輸出だけを選択的に絞る封鎖です。
②蛇口そのものを叩く(7月25日〜)
海上で止めてもヤンブーから出荷が続くと見るや、フーシ派は港と製油所を直接攻撃しました。7月25日、ジザンとヤンブーのアラムコ関連施設をミサイル・ドローンで攻撃。ヤンブーは、ギリシャ空軍報道官によると駐留ギリシャ軍の防空部隊が弾道ミサイル2発とドローン1機を撃墜して守りましたが、ジザンは被弾。ロイターが確認した映像では製油所から黒煙が上がり、日量40万バレルのジザン製油所は27日に操業を停止しました。設備情報会社IIRは8月15日までの修理・再稼働を暫定的に見込んでいますが、アラムコ自身は公式コメントを出していません。
ここで日本に直結する事実を一つ。
ケプラーのデータでは、ジザン製油所の輸出の約30%はナフサで、その大半がアジア向けにバブ・エル・マンデブ経由で運ばれていました。ホルムズの件で繰り返し書いてきた「日本の急所はナフサ」という構図が、紅海側でも再現され始めています。
③逃げ道まで追う(8月5日〜)
サウジが船を紅海北部ルートに迂回させると、フーシ派は「紅海北部を航行するサウジタンカーも攻撃する」と宣言。同日、ヤンブー沖とアデン湾でタンカーを攻撃したとも発表しました(サウジ側の確認はなく、実施日時も不明。フーシ派の自己集計では標的8隻・阻止29隻)。
フーシ派、紅海北部のサウジ石油タンカー攻撃すると主張-迂回けん制 https://t.co/NDb48Um7sq
— ブルームバーグニュース (@BloombergJapan) August 5, 2026
発表ベースの数字とはいえ、方向性は明確です。狙いは「海峡の封鎖」ではなく、サウジの紅海側輸出ルートそのものの無力化に移っている。
なお原油価格は、7月下旬に一時100ドルを付けたあと、8月6日時点ではブレント79ドル前後まで反落しています。
「価格が落ち着いたなら大丈夫では」と思われるかもしれません。
ちなみにNRIの試算では、原油100ドルが定着しても家計負担は年間2万円だそうです。月1,700円。「なんだ、その程度か」と思いましたか?
この試算、嘘ではありません。
ただ、モデルが計算できるのは「原油の値段が上がる」影響だけだからです。エコノミストの試算がこういうとき決まって小さめの数字を出すのは、そのせいです。
NRIの木内氏自身が但し書きを付けています——封鎖が続けば、企業は「いずれ原油やナフサが不足する」と考えて自衛的に減産・温存に走り、川下の日用品の品不足と価格高騰が再燃する。その場合、影響は2倍程度に膨らみ得る、と。
私は、2倍でも控えめだと思います。
春に起きたのは、まさにこれでした。
原油の「値段」ではなく、不足の「予想」が企業を動かした瞬間に、棚から物が消えた。モデルが測れるのは前者だけで、家計を殴るのは後者です。年間2万円は床であって、天井ではありません。
では、政府はいま何をしているか。
需要抑制の真逆です。
ガソリン補助は7月末に28.2円/Lまで拡大したあと、8月6日以降は19.0円/Lに縮小されました(8月3日時点の全国平均は170.1円)。つまり「170円に固定する」麻酔は続いています。9月から基準を175円へ引き上げる案も報じられていますが、これは政府関係者の話として伝えられている検討段階のもので、決定ではありません。
一方、需要側への要請は出ていません。
4月の国会で「電気や燃料の節約を呼びかけるべきでは」と問われた高市首相は「経済活動も社会活動も、今止めるべきではない」と答弁。政府の公式な理屈は「当面必要な供給量は確保できている」です。
ただ、私はそれだけではないと見ています。
NRIの木内氏も推察として書いていますが、自粛要請はそれ自体が「危機の公式認定」であり、買い急ぎパニックの引き金になり得る。オイルショックのトイレットペーパーの記憶です。供給の理屈と政治の理屈、両方が「要請を出さない」方向に揃っている。だから当分出ない、というのが私の読みです。
では、制限はどの順番で来るか。
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