1歳の子どもを育てながら、大企業のキャリアを手放して独立した話
「このまま、この会社でキャリアを積んでいく未来が、どうしても想像できない」
30歳を目前にした頃、私はそんな違和感を抱えていました。
当時は大手電子部品メーカーの本社人事部で、朝から夜遅くまで働く毎日。仕事に不満があったわけではありません。むしろ、恵まれた環境にいたと思います。
それでも、心のどこかでずっと思っていました。
「私はこの先、どんな人生を生きたいんだろう」と。
この記事では、そんな私が中小企業診断士を目指し、出産・育児・復職を経て、1歳の子どもを育てながら大企業を辞めて独立するまでの話を書きました。
最後までご覧いただけると嬉しいです!
私の自己紹介はこちらです↓
1. このままでいいのかと思った30歳
私は現在40歳ですが、約10年前、30歳を目前とした時、ふと自分の人生を見つめなおそうと思い始めました。
当時、大手電子部品メーカーの本社人事部という多忙すぎる部署にいて、毎日朝から夜遅くまで働く日々でした。(ちなみにこの時は定時が22時で一人でよく飲みに行っていました!懐かしすぎます。そして今は下戸になってしまいました)
そんな毎日をこなしていく中で、このままこの会社でキャリアを積んでいくことがどうしても具体的に想像できず悶々としていました。
普通だったらそんな時、転職という選択肢が思い浮かぶのでしょうが、私には会社が決めたレールの上で評価されるより、自分の名前で誰かのために貢献できる仕事がしたいという思いがありました。
そんな背景から世間知らずの私は起業したいと思い立ち、週末に起業セミナーや起業相談窓口に足を運んだりしていました。
しかし、起業への憧れはあるものの、実際に何の事業をするのか?が全く決まらず、時間だけが過ぎていました。
(やる気だけはあったんだね、と今なら思うが…)
2.中小企業診断士を目指した理由
そんな矢先、ふと事業をしている父の姿が浮かび、大変な思いをしている社長を支える仕事をしたい!と思い立ったのです。
それは、どうやら中小企業診断士という仕事のようでした。
早速、予備校TACのパンフレットを取り寄せ勉強をスタートさせたのは30歳の頃でした。
当時は結婚したばかりで、結婚式を挙げた1か月後から予備校での講義が始まり、合格するまでの2年間、とにかく猛勉強しました。
トータルの勉強時間は約2000時間でだいたい月に100時間以上は勉強しています。
平日の隙間時間に加えて週末は朝から夜まで予備校で缶詰状態です。
新婚時代は勉強しかしておらず、、、夫には申し訳ないですが、夫の理解もあり、無事に32歳で合格することができました。
このあたりは別のnoteでも書きたいのですが、
人は、時間や労力を注いできたものほど、
それが手に入らなかったときの痛みを想像して、
だんだん怖くなってしまうのだと思いました。
2次試験を受けた時、最初の数分間は手が震えていたことを今でも覚えています。
そんな怖れを感じるほど、プライベートのほぼ全ての時間を勉強にあてていましたが、仕事は普通にしていました。
(まだ若かったからできたというのもありますね)
3. 35歳で独立すると決めた私に、出産と育児がやってきた
32歳で無事に合格した私は、35歳で独立し、自分の名前で仕事をしていこうと決めたのです。逆算すると会社員生活も残り3年です。
勉強漬けの毎日から解放された私は不妊治療に専念し、34歳で長男を妊娠しました。(不妊治療についてもnoteで書きます!)
とはいえ当初掲げていた35歳での独立というゴールは変えずにその準備を進めることにしたのです。
その当時、私は社内初の女性リーダーとして8名の部下のマネジメントを担っていました。管理職ではないものの、自分より年上の男性部下、年下の男性部下もおり、マネジメントの難しさを痛感したことは言うまでもありません。
そして、周囲には中小企業診断士であることは内緒にしていたため、急に会議の場面で経営に関するフレームワークを使い始めたことに驚いたメンバーもいたりしました!そりゃそうだ。
また、私が勤務していた会社は圧倒的男性組織であったため、初の女性管理職としての活躍も期待されており、退職して独立しようとしていることなんて絶対に口にできないような環境でもありました。
入社してからずっと男性組織で、自分の立ち位置を探していた自分がいました。
そんなこんなで慌ただしい毎日を過ごし、産休に入って10日程で長男が予定日よりやや早く生まれ、あっという間に産休・育休を迎えました。
長男は2019年7月生まれで、2020年の3月には職場復帰することにしていました。

夫が2か月ほど育休を取得する計画で、4月の慣らし保育までを夫が担当し、5月から夫が職場復帰し、そのタイミングで私は1時間だけ短時間勤務を使うことにしました。
話は脱線しますが、育休中の前半は初めての育児で毎日てんやわんやしていましたが、後半には慣れてきて、子供が昼寝している時間など少しだけ自分の時間が取れるようになりました。
その頃から本を読み始めたのですが、その中でも「9つの性格に贈る言葉」が何より自分への視点を大きく変えるきっかけとなりました。
これまで理解できなかった自己理解を深めるきっかけとなり、更には心理学に興味を持ち始めたきっかけとなりました。
そんな私は育休復帰してから約1年半年かけて、心理学のNLPを学ぶことにしたのです。この話はまた後ほど。

4. 復職後、私は本当にこの道を選ぶのかを問われた
つかの間の育休を得て復帰した職場はコロナ対応で組織が疲弊していました。私のポジションも業務範囲もそのままです。
私が担うべき仕事は山のようにあり、3月と4月は残業をしながら対応していました。5月からは16時の退社でしたが、メンバーが忙しそうにしている中、帰宅するのは憚られましたが、皆に声をかけて一足先に帰宅し、その分朝は7時半に出社するという日々を過ごしていました。
5. クライアントがいないまま、会社を辞めた
当時私が働いていた会社は副業が禁止されていたこともあり、独立するまでにクライアントを見つけるということがなかなかできませんでした。
とは言え、このまま独立するのはかなりまずいということに気がつき、まずは独立に向けてコンサルティングを受けようと決め、ココナラで見つけた方に3か月間コンサルティングをお願いしました。
内容は自身の強み・弱みの棚卸しと競合との比較、具体的なサービス検討です。
コンサルティングは21時からスタートするのですが、朝は4時半に起きていたのでその時間はもう眠くて体力も限界でした。
長男は保育園から帰っても体力が有り余り、マンションの階段を登り降りしたりベランダでひと遊びしたりと、とてもわんぱくでしたので、毎日ヘトヘトでした。

そんな中でもコンサルティングでは毎回宿題があり、自分では一生懸命やっていたつもりなのですが、今それを眺めると、おおー!?よく頑張っていたなぁとしみじみ思います。
また、ちょうど独立する前から5年日記を書いていて、最初の5年日記の1年目は会社員時代のエピソードなので、とても感慨深いです。5年日記は本当にお勧めです!

コンサルティングを受けたからと私の能力がメキメキと開花するにはまだ程遠く、隙間時間を見つけては、ビジネス書を読み漁ったりセミナーに参加したりしていました。
冒頭の写真にある「経営者になるためのノート」はその頃書いていたものです。
この隙間時間の活用については、資格試験で随分と鍛えられているので息を吸って吐くようなレベルでできます。これはいまだに私の得意分野です!
平日は仕事、家事、育児、独立準備、週末はNLPの学び(隔週日曜日でしたが、丸1日の講義はかなりヘビーなものでした)と相当ハードな日々を過ごしていました。
そうこうしながら、2021年3月に退職することを決め、半年前に上司に伝えました。上司は驚いていたようですが、最終的には納得してくれました。
そして、メンバーにも退職の意思を伝え、引き継ぎをしながら、独立に向けて準備を進めていき、ついに2021年3月退職日を迎えたのでした。
まだその時はクライアントをみつけられておらず、先輩の診断士から1件ご紹介いただいた案件があるだけという状況です。
今なら、その怖さが痛いほど分かります。
けれど同時に、未知の世界に踏み出すことほど、人を強くしてくれるものはないのだとも思えるのです。
6. 10年経って思うこと。 最高の盟友は自分だった
振り返ると、私はずっと誰かに背中を押してもらって進んできたわけではありません。むしろ、不安を感じながらえいやーっと決めたことの方が多かったと思います。
中小企業診断士の勉強を始めたときも、35歳で独立すると決めたときも、育児をしながら退職日を迎えたときも、確信なんてありませんでした。
それでも、その時々の自分が「こっちに行きたい」と言った声を、拾い続けてきました。
だから今、私は思うのです。
最高の盟友は、自分自身なのだと。
もし今、あなたがかつての私と同じように、
「このままでいいのかな」
「でも、何から考えたらいいのかわからない」
「自分の本音が見えなくなっている」
と感じているなら、まず必要なのは、いきなり答えを出すことではなく、自分自身との対話を取り戻すことかもしれません。
自分を責めるのではなく、自分を置き去りにするのでもなく、これからの人生を一緒に考える“最高の盟友”として、自分自身との関係を育てていく。
そのための時間として、個別セッションも行っています。ご興味のある方はメッセージください。
このnoteが必要な方に届けば嬉しいです。
そして、独立後のお話はまた今度!
