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【3月15日の惨劇】「ブルータス、お前もか」の裏にある、知られざる5つの「歴史の裏話」

「ブルータス、お前もか(Et tu, Brute?)」――。
紀元前44年3月15日、共和政ローマの独裁官ガイウス・ユリウス・カエサルが暗殺された瞬間のこの台詞は、歴史上最も有名な最期の言葉として知られています。しかし、この劇的な幕切れの裏には、現代のビジネスや政治にも通じる、極めて生々しい人間模様と構造的欠陥が隠されていました。今回は、歴史雑誌の特集風に、あまり知られていない「うんちく」を交えながら、この不滅の歴史的事件の深層に迫ります。

◆ 1. 「お前もか」の真実:実はラテン語ではなかった?

まず最初のうんちくは、あの有名な台詞についてです。シェイクスピアの戯曲『ユリウス・カエサル』で広く定着した「ブルータス、お前もか」ですが、当時の目撃談や後世の歴史家スエトニウスの記録によると、カエサルが実際に口にしたのはラテン語ではなく、当時のローマ貴族の教養言語であった「ギリシャ語」だったとされています。

それも、「カイ・ス・テクノン(Kai sy, teknon)」、すなわち「我が子よ、お前もか」という言葉でした。

ここでいうブルータス(マルクス・ユニウス・ブルータス)は、カエサルがかつて愛した女性セルウィリアの息子であり、カエサルは彼を実の子のように目をかけ、内戦で敵対した際も赦し、要職に就けていました。裏切りの精神的打撃がいかに巨万の富や権力をも凌駕するものであったか、この一言が雄弁に物語っています。なお、一部の冷徹な歴史研究では、「あまりの激痛に、カエサルは一言も発せぬまま息絶えた」という説が有力視されているのも、また現実の厳しさを物語るうんちくと言えます。

◆ 2. なぜ「23箇所」も刺されたのか:群衆心理と責任転嫁のシステム

カエサルを襲った暗殺犯は、元老院議員ら総勢60名以上にのぼったと言われます。しかし、事後の検視(歴史上最初期の公式な検視記録とも言われます。執刀した医師アンティスティウスの報告)によると、カエサルの体に残された刺し傷は「23箇所」でした。そして、致命傷となったのは、胸部に受けた「2番目の傷」だけだったとされています。

なぜ、これほど多くの人間が、すでに致命傷を負った人間を刺し続けたのでしょうか。
ここには「共和政の守護者」を自任する暗殺犯たちの、屈折した心理システムがありました。

主謀者であるカッシウスやブルータスらは、「独裁者を倒す」という大義名分を掲げていましたが、同時に「一人の殺人犯」として戦後に処刑される恐怖も抱えていました。そこで彼らは、「全員で刃を突き立てる」という儀式を選んだのです。全員が血で手を汚すことで、誰が本当の殺害犯であるかを曖昧にし、責任を「元老院という組織全体」に分散させようとしました。現代の組織犯罪や、企業の不祥事における責任の押し付け合いにも似た、人間の心理的防衛策が23箇所の傷には刻まれていたのです。

◆ 3. 暗殺の舞台は「カエサルの宿敵」の目の前だった

カエサルが暗殺された場所は、しばしば「ローマの元老院議事堂(クーリア・ユリア)」と思われがちですが、実は違います。当時、本来の議事堂は工事中(まさにカエサル自身が進めていた都市改造計画の一環)であり、その日の元老院最高会議は臨時に「ポンペイウス劇場」の回廊で開催されていました。

ポンペイウスといえば、カエサルとローマの覇権を争い、ファルサロスの戦いで敗れ、エジプトで暗殺された最大のライバルです。
カエサルは、自分が打ち倒した宿敵の計画・建設した劇場の中で、しかも皮肉なことに、ポンペイウスの彫像の足元で崩れ落ち、その血で台座を染めることになりました。運命の女神が書いた脚本としても、これほど出来すぎたプロットはありません。

◆ 4. 「3月15日」に仕掛けられた不吉な予言

カエサルは生前、占い師(ハルスペクスと呼ばれる内臓占師)のパルspurinnaから「3月15日(アイズ・オブ・マーチ)に注意せよ」と警告を受けていました。
事件当日、元老院へ向かう途中でカエサルはその占い師を見かけ、「3月15日はもう来たぞ(=何も起きないではないか)」と不敵に笑いかけました。すると占い師は静かに「確かに来ました。しかし、まだ終わってはいません」と返したといいます。

このやり取りの直後、カエサルは議場に足を踏み入れ、命を落とすことになります。リスクマネジメントの観点から見れば、数々の戦場を神がかり的な強運で生き抜いてきたカエサルにとって、「自分は死なない」という過剰な自己信頼(傲慢さ)こそが、最大の死角であったと言えるでしょう。

◆ 5. エッセイのまとめ:暗殺がもたらした「逆の結果」

ブルータスらは、カエサルを暗殺すれば、古き良き「共和政ローマ(自由な市民と元老院による統治)」が復活すると信じて疑いませんでした。しかし、歴史が証明した結末は、彼らの意図とは真逆のものでした。

カエサルという強烈なカリスマを失ったローマは、再び凄惨な内戦へと突入します。そして最終的に勝利を収めたのは、カエサルの養子であるオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)でした。彼は共和政を完全に終わらせ、ローマを「帝政(帝国)」へと脱皮させます。

独裁を阻止するために放たれた刃は、皮肉にも、ローマを不滅の「皇帝の国」へと決定づける呼び水となったのです。システムや時代の潮流を無視し、個人の抹殺だけで社会を変えようとした暗殺者たちのビジョンの欠如が、この歴史的悲劇の真の教訓なのかもしれません。


【参考文献】
・スエトニウス(著)、国原吉之助(訳)『ローマ皇帝伝(上)』岩波文庫
・プルタルコス(著)、長谷川博隆(訳)『英雄伝(4)』ちくま学芸文庫
・エイドリアン・ゴールドスワージー(著)、宮坂渉(訳)『カエサル(上下)』白水社
・塩野七生『ローマ人の物語 第V巻 ユリウス・カエサル ルビコン以後』新潮文庫

#世界史 #歴史 #カエサル #ブルータスお前もか #古代ローマ

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