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大神神社〜「人間」であることを許されなかった神と、鎮魂としての日本神話〜

奈良・三輪。
拝殿の奥に本殿はなく、ただ三輪山がある。

しかも不思議なことに、
拝殿の正面から見える三輪山は、わずかにズレている。
真正面ではない。
まるで「直視するな」と言われているかのように。

大神神社は、
日本最古の神社の一つとされる。
しかしここは、
神を祀るための場所というより、
“ある存在を人間社会に留め置くための装置”に近い。


この時代、
まだ五位も六位もない。
官位制度は、存在していない。

けれど、
「誰が人間で、誰がそうでないか」という感覚は、
すでに、はっきりと存在していた。

人間とは、
天皇と血縁的・祭祀的に近く、
神と向き合う資格を与えられた、
ごく限られた存在のことだった。

それ以外は、
まだ制度上「人」として数えられていない。

見てはならない。
触れてはならない。
境界の向こう側に置かれた存在。

それが、
鬼であり、
もののけであり、
「人間扱いされない人間」だった。

だからこの時代には、
こんな思想が生まれる。

鬼を見た者は、鬼になる。
鬼に触れた者は、鬼になる。

「人間であり続ける」ことは、
自然な状態ではなかったのだ。


貴族たちは、
鬼を見てはならない。
触れてはならない。
だが、鬼は現実に存在している。

この矛盾を処理するために生まれたのが、
陰陽師だった。

陰陽師とは、
呪術師ではない。
ましてや、ファンタジーの魔法使いでもない。

彼らは、
鬼を見ても鬼にならない存在。
触れても、人間であり続けられる緩衝材だった。

陰陽師が鬼を使役するとは、
人間扱いされない人間を、
社会の外側で処理するということだった。

だから、
陰陽師同士の戦いは、
術者同士の戦いではない。

式神——
人間として扱われなかった存在同士の戦いだった。

晴明と道満の対決とは、
呪術合戦ではなく、
システムの制御権を巡る戦いだったのだ。


大神神社の主神は、
大物主神。

そして、
ほぼ間違いなく、
この神は大国主だ。

理由は単純だ。
三輪のすぐ隣に、「元出雲」がある。

さらに言えば、
出雲から一日で来たとされる人物がいる。

当麻蹴速。
垂仁朝の相撲対決の相手だ。

「遠すぎる」と思うだろうか。
だが、
“もどかしい出雲”からなら、
距離は説明がつく。


当麻蹴速(大和)
vs
野見宿禰(出雲)

この対決で勝ったのは、
野見宿禰。

そして彼は、
その後、殉葬の代わりに土師制度を始める。

これは、
単なるスポーツの勝敗ではない。

この構図、
どこかで見覚えがある。

建御雷神
vs
建御名方神。

諏訪で敗れた建御名方。
相撲で勝つ野見宿禰。

負けた神を、
別の形で勝たせる。

これは、
明確な鎮魂の構造だ。

大神神社は、
出雲系の神を、
力で排除する場所ではない。

人間社会に留め置くための牢獄だ。


大神神社には、
三ツ鳥居がある。

鳥居が三つ。
美しい構造に見えるが、
これは門ではない。

囲いだ。

逃がさないための構造。
直視させないための構造。

拝殿から見える三輪山がズレているのも、
同じ理由だ。

出雲大社でも、
大国主は横を向いている。

真正面から見ない。
見せない。
だが、消さない。

それが、日本のやり方だった。


崇神天皇の時代、
疫病が流行する。

それを鎮めたのが、
大田田根子。

彼は、
大物主の子孫だ。

疫病とは何だったのか。

自然災害ではない。
病原菌でもない。

出雲側の反乱と、その鎮圧に伴う社会不安だ。

武力ではなく、
祭祀で鎮める。

これが、
日本が選んだ統治の形だった。


大神神社は、
お願いをする場所ではない。

ここは、
人間でいられなかった存在を、
それでも排除せず、
祀り続けるための場所だ。

神社とは、
願いを叶える場所ではなく、

人間の感情と、
後悔と、
罪悪感を処理する装置なのかもしれない。


三輪山は、
今も沈黙している。

正面からは、
見えない。

だが確かに、
そこに在り続けている。

人間であることを許されなかった神を、
それでも忘れなかったという、
日本人の選択の記憶として。

物心がつく前から、祖父の大きな手に引かれて歩いた参道。当時は何のことか分からなかったけれど、今思えばあの砂利を踏む音から、私の『鎮魂』の旅は始まっていたのだと思います。


————

【追伸:一献、神との境界線で】

三輪の神が酒を愛でるように、
今夜もカウンターで静かにお酒を酌み交わせるのを愉しみにしております。

おばんざいダイニング いちくん

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