“私ばっかり”って思った夜、少しだけ気が楽になった理由
【はじめに:誰かを責めたいわけじゃないのに】
「わたしばっかり…」
そう思った瞬間、自分が嫌になった。
誰かを責めたいわけじゃない。
感謝されたいとも思っていない。
でも、ふとした瞬間に込み上げるのは、
報われなさや、虚しさだった。
【第1章:心の中の“わたしばっかり”】
朝起きて、お弁当を作って、洗濯をまわして、
仕事に出かけて、帰ってきてから夕飯づくり。
子どものプリントに目を通して、
明日の準備をして──
「これ、全部、私がやってるな」と思った瞬間、
胸がきゅっと苦しくなった。
もちろん、誰も「やって」と言ってきたわけじゃない。
私が勝手に背負っているのかもしれない。
でも、だからこそ気づいてほしかった。
“当たり前”じゃないよって。
“見えてるよ”って、一言でよかったのに。
「ありがとう」の言葉がないことより、
“存在が透けているような気持ち”のほうが、つらかった。
【第2章:爆発するわけじゃないけど、削られていく】
私は、感情を爆発させるタイプではない。
だから、誰かに怒鳴ったり、
「もうイヤだ!」と泣き崩れたりすることもない。
ただ、日々の中で、
少しずつ少しずつ、心が削れていくような感覚。
まるで、笑顔の仮面の裏で
「助けて」とつぶやいているような日々だった。
【第3章:「少しだけ、やめてみた日」のこと】
ある日、いつもの家事を少しだけサボった。
洗濯物はたたまなかった。
夕飯は、冷凍うどんと卵焼きだけ。
それでも家は回ったし、
誰も文句を言わなかった。
むしろ、子どもが
「今日はごはん、あったかくてホッとした」って言ってくれた。
……あれ?って思った。
完璧じゃなくてもいいんだ。
“ちゃんとやらなきゃ”を手放しても、
私はまだ「お母さん」だった。
そのことが、少しだけ気持ちを軽くしてくれた。
【おわりに:頑張り屋さんなあなたへ】
「わたしばっかり」って思ってしまうこと、あると思う。
そのたびに、自分が小さくて、器が狭くて、
責めてはいけないのに…って、また自分を責めてしまう。
でも、そう感じるのは、
あなたがいつもちゃんと頑張っている証拠。
だから、時にはその手を止めて、
「今日は、ちょっとしんどいな」ってつぶやいていい。
あなたが少しでも楽になるように、
そんな夜にそっと寄り添えたら──
私は、それだけで、
今日という日を生きる理由が増える気がします。
