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さよならしたくなくて心肺蘇生 そして最後の1日

今でもあの選択がよかったのかはわからない。
あのまま逝かせてあげた方がよかったのか?
亡くなる前の日の夜、2月3日、くうちゃんの呼吸が止まった。私は慌てて泣きながら必死で心臓マッサージ、息を吹き入れて…
まだ逝かないでと。
奇跡的に息を吹き返し酸素を吸わせているうちに落ち着いた。
そのまま寝ずに朝が来る事を願い。
そして朝、くうちゃんはトコトコと歩いてきた。ホッとした。
2月1日から調子が悪くなり毎日
朝、夕、注射。
そしてまた朝、病院へ行って注射。
病院が苦手だから一旦帰宅、夕方また行くということで。
家では酸素を吸って寝ていた。
病院へ行く前に元気そうな姿、水をペロペロ飲んで凄い可愛い顔して。


病院行こうねとまた病院。

病院にて


しかし帰ってからは苦しそうだった。また明日が来ると信じてた。
でも願いは届かなかった。
20時すぎ急変、旦那と次女と見守りながら私はくうちゃん逝かないでと泣きながら叫んでた。
ちょうどその時、長女が仕事から帰宅。全員揃うのを待っていたかのように眠りについた。
肺水腫再発、気管虚脱、心臓、4年前に肺水腫になった時、1年もたないかもと言われてから4年、危機は何度かあったけど乗り越えてきたから今回も乗り越えてまた元気になると信じてた。でもこうなる事はずっと覚悟してきたのもある。
元旦に調子が悪くなってから急激に目も耳も悪くなり散歩もあまり歩かなくなり抱っこだったし寝てばかりだったから。でも呼吸は安定し、
1月はまた乗り切れて元気になったから今回も乗り切れると思ってたけどくうちゃんは限界だったんだね。16歳と7ヶ月、13歳になれた時、良かったおめでとうから14歳、15歳、16歳と本当に凄いよ。
17歳まで…とはやっぱり無理だったけど最後の4年間は私も仕事は辞めてずっとずっと一緒に過ごせた幸せな時間だった。



最後の最後まで頑張り屋で優しくて、強いけど寂しがり屋でとても愛らしいこでした。
蘇生して最後の1日、あれはラストラリー現象だったのかな?
あの最後に苦しそうじゃなく可愛らしい顔で私を見てくれた。
くうちゃんの最後のさよならの挨拶だったのかもしれない。

この文を書きながらまた涙が。
私はまだまださよならしたくなかった。今はまだ無理だけどくうちゃんが頑張ったように私も頑張って生きていかないとね。
ありがとう。ずっとずっと大好き。
文を書いたり写真見たりまだ辛いし涙が止まらないけどきちんと残しておきたくて書きました。
今日お昼寝してたらくうちゃんが夢に出てきた。あまり出てくるのは良くないっていうよね。
たぶん泣きながら寝てたからあまりに心配で出てきたんだね。くうちゃん出てきた時夢の中は雨がザーザー降ってたから。でもまた抱っこ出来て嬉しかった。心配かけないように前へ進んでいかないとだね。

元気にだそう!ゆっくりと!

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