「アルヌルフ・フォン・シュネーバルト」という冒険者の話
これは世界に望まれぬまま産まれた、俺の物語————
俺は忌み子。人に仇なす蛮族の子、それが俺だ。
吸血鬼、ノスフェラトゥと人間の間に産まれ落ちた…否、産み堕とされた、望まれぬ命。
人々は俺を畏れ、蔑み、遠ざけた。俺の世界には、美しい母と一冊の本だけがあった。
父親?
…あんな奴、父親だなんて認めるかよ。
戯れに母を娶り、戯れに俺をつくり、戯れに姿を消した…
そんな中途半端な吸血鬼野郎のことをよ。
俺の母はノスフェラトゥに魅入られていた。
母が殺されなかったのは奴の気紛れだ。そんな気紛れで、俺がつくられた。
母は格式高いシュネーバルトの名を代々継ぐ由緒正しい貴族の血筋だったが、一夜にして蛮族に魅入られた愚かな女と成り下がった。
シュネーバルト家はもちろん、治める領民からも後ろ指を指されるようになる。
そんな最中に俺は産まれた。
産毛は銀色、瞳は紅く輝き…
俺を取り上げた助産師は悲鳴を上げたそうだ。
「シュネーバルトの赤子だが…ありゃどうみても吸血鬼だろう」
「蛮族の子を産むなど…」
「あの家もここまでか…」
誰も彼もが好き勝手に話す声が聞こえた。
腐っても貴族だったためか、俺は産まれてから今まで肉体的な迫害までは受けなかったが
それでも幼少期は窓の無い小部屋に押し込まれ過ごした。
母も外聞を大いに気にしたのだろう。家から出ることはほとんどなく、ほぼ幽閉状態であった。
陽の射さない、暗く埃臭い小部屋には、1冊の本だけがあった。
遥か昔の、遠い遠い小国グランゼールでの物語。
真偽も定かではない、ほとんど御伽話のようなその物語に俺は夢中になった。
閉ざされた狭い部屋の隅で、何度も何度も「広い世界」の本を読み返した。
そして俺は彼を知る。
グランゼール王国の元忌み子の王兄、タイロンのことを。
それは暗く闇が立ち込める広野に差す一筋の月光のように、割れ涸れ果てた大地に咲く一輪の花のように、俺の人生に色をもたらした。
正しく太陽のような存在。
彼の生い立ちも特殊…いや、それを通り越し歪んでさえいる。
それを揶揄する者もいる。光とは程遠い、蛮族の子、 "忌み子" だと…
彼は、「魔神が人に化け、人間と交わり産んだ」…
出生を仕組まれた子だった。
…まるで俺のようだと、最初は思った。
俺と同じだ、生まれを呪い、世界を呪い、
この世界に災いをもたらす存在だと。
だが違った。
彼は足掻いた。自分を呪ったこの世界を相手取り、戦ったのだ。
そんな彼の姿を見て、彼の元へ多くの仲間達が集まった。
時には道を踏み外しかけたときもあった。
しかしその度に仲間達に救われて光の中へ戻り、いつしか最強と呼ばれるまでとなった。
そして仲間達と共に、唾棄すべきこの世界を救ってみせたのだ!
初めは共感と同情だった。しかしそれはいつしか羨望となった。
俺も、彼のように人として生きたい。
この世界に生きる全てのものは必ず死ぬ。
死んで、朽ちて、魂は廻る。
だが俺は…円環の理から外れた俺は、死んで、そして世界に仇なすものとして蘇る。
俺は、強く正しい彼のように、人として死にたい。
そのために俺は、あの忌まわしいノスフェラトゥを探し出し、殺す————
そう、俺はあの日、あの本の中の英雄に誓ったのだ。
そして15歳を迎える誕生日の早朝。
晴れて成人となった俺は、母に見送られて秘密裏に外の世界へ旅立つ。
「母上、行って参ります。」
人気のない街のはずれ、未だ陽も昇りきらず街灯すら満足に照らさない、小さな水門の前で
俺は生涯で初めて、恭しく膝をつき、母へと頭を垂れる。
母の震える声が聞こえた。
「お前を必要としている人が、この世界に必ずいます。」
「往きなさい、我が最愛の騎士よ。」
母も苦しかっただろう。
1度魅入られた吸血鬼に、日に日に似ていく息子と共に暮らすのは。
母の靴の先に、濡れた染みがポツポツと増えた。
きっと二度と戻ることはない。
この家に、この街に、良い思い出など1つもない。
…ただ、それでも俺の傍に居てくれた母を1人残していく、
それがひどく苦しかったのを覚えている。
人でないものとして産まれた俺が、人として生き、人として死ぬために。
今日も吸血鬼を狩り、その血を啜るため、冒険を続ける。
あの日始まった憧れは少しも色褪せずに、今もこの心に宿っている。
あの本の中の彼の強さは比類なく、どこにいても俺の進む道を眩く照らす。
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と、身の上話を一通り話終えた俺はエールを煽る。
「…いつか、彼の墓参りにでも行ってみたいもんだ。
アンタのお陰で今の俺があるよと、花の一つでも手向けなければな。」
「まぁ、全部創作の物語かも知れないが。」
肩を竦めて見せる俺の物語に感嘆するように、ロイドは目を伏せ―――
…マーレは何故かひどくニヤついていた。
<アルヌルフの「星の瞬き亭」での独白より抜粋>
