家族と共にいる、その幸せを知る姉の話
あの夜、森を出た私達は、身を隠すため、そして何より父上の足跡を辿るため、皇都アストリアへ身を寄せた。
目を閉じれば今もまだ、父上と過ごしたあの家が、あの夜焼け落ちた私達の家が、瞼の裏に鮮明に甦る。
石で舗装された通り。空には大きな鉄の鳥が行き交う。
商人、兵士、職人、旅人、そしてここで生きる人々でごった返す街。
案内されたセーフハウスで、私達三姉妹にとって初めての街での生活が幕を開けた。
セーフハウスの中は、きっとこの街で一番安全だ。
ここにいれば、この街の軍隊や冒険者殿が守ってくれる。
けれど父上を追うには、ここに居るだけでは何も始まらないことを、私達は理解している。
不安はある。大きな不安が。
それでも私達は、大好きな父上を探す、その為だけにこの部屋の重い扉に手を掛けるのだった。
私達のお世話役であるリネット殿に街を案内されながら思う。これが、街か。
どこへ行っても人、人、人————
森の集落でも見たことのない人の数に、私達は圧倒されていた。
そのまま、私達は皇都中央逓送局へ到着する。
都市の中はもちろん、都市と都市を結び、手紙や荷物を届ける場所。
私達が持つ父上の手掛かりは、父上が出した手紙だけだ。
まずはこの手紙について、情報を集めるところから始めることにした。
立派な建物の入り口をくぐる。すると、ここもやはり大勢の人で溢れていた。
紙と印章と声が飛び交う夕暮れの窓口。
リネット殿に導かれるように、奥まった窓口へと向かう。
軍の身分証を見せれば、すぐさま対応が始まった。
帳簿を調べてもらっている間に聴こえてくる、人々の会話。
そこで私達は理解する。
手紙は、ただの紙ではない。
誰かの居場所であり、誰かが交わした約束であり、誰かと誰かを繋ぐ、まるで目に見えぬ糸のようだ。
ふと、隣の窓口で大きな声が上がる。
「じゃあ、お父さんには会えないんですか!?」
反射的に顔が上がる。
そこには、酷く焦った様子の女性二人が立っていた。
妻と娘だろうか。先程声をあげたのは娘のようだ。
「申し訳ありませんがこちらとしてもいかんとも対応しがたく…」
窓口の職員が気まずそうに答えている。
父に会うための書類が手違いで届いていない、そんな状況のようだ。
私達は今、私達の父上の手掛かりを求めてここへ来ている。
今を逃せば、情報はもう手に入らないかもしれない。
他の事に首を突っ込んでいる余裕は、私達にはない。
それでも、今目の前で、一つの家族が引き裂かれようとしている。
……家族が離れ離れになる苦しみは、私達には痛いほどわかる。
無意識に固く握り込んでいた拳へ、左右からそっと手が重なる。
顔を上げれば、妹達が私を見ていた。
何を迷っているの?とでも言いたげな表情で。
「二人とも」
私は拳をほどき、重なった手をそっと握り返しながら声をかける。
「行こうか」
「「うん」」
二人は小さく、それでいて力強く、揃って頷いた。
リネット殿へ顔を向ければ、こちらも既に大きく頷いていた。
私は深く頭を下げる。
私は、私達は、家族を失う痛みを知っている。
だから、私達姉妹の目の前でほどけそうな家族の繋がりを、見て見ぬふりなどできるわけがない。
隣の窓口で狼狽える母娘へ向き直り、口を開く。
「突然失礼する、盗み聞くつもりは無かったんだが」
「私達なら貴女達の役に立てると思う。」
一歩、姉妹揃って踏み出す。
妹達も私と同じ気持ちでいてくれたことが、心の底から嬉しくて、誇らしかった。
私達は夕暮れの街を駆けた。
沈み行く赤い陽よりも早く、混乱に乗じて盗みを働く不埒な輩を叩きのめし、母娘の待つ巨大な鉄の鳥の巣へと。
果たして、彼女達の乗る鉄の鳥は、彼女達の家族が待つ街へ飛び立って行く。
その背からは、娘が千切れんばかりに手を振っていた。
これが、森を出たばかりの私達三姉妹が、右も左も分からぬ都市で、初めて貰った感謝だった。
————
この街に辿り着いて数日が過ぎ、父上を探す手掛かりを追って奔走を続ける私達の元へ、一通の手紙が届いた。
丁寧に認められた宛名には、"女王達の守護者"様とその御姉妹様へ、リア•グラントより、と記されている。
……あの時の娘さんからか!
そう気付くや否や、私は急いで部屋へと戻り、妹達へ声をかける。
日々忙しく動き回るなかで疲れも溜まっているはずだが、手紙を見た途端二人もぱっと笑顔になる。
向こうの地方で採れるものだろうか、丁寧に捺された蝋印には香りのよい乾燥された香草が綴じ込まれている。
慎重に封を切れば、見るからに質のよい羊皮紙へ刻まれた文字が覗く。
そっと取り出せば、そこには溢れんばかりの感謝と、念願の家族が揃った喜びが、
羊皮紙からこぼれ落ちそうなほどに綴られていた。
気付けば、私達も笑顔になっていた。
妹達と目を見合わせ、また笑う。
街へ来てから今日までの忙しない日々の中で、漸く訪れた穏やかな時間だった。
私達も彼女へ手紙を書こう。父上を見つけ、また家族が揃った時に、たくさんの喜びを伝えられるように。
手紙をそっと封筒へ戻し、私達は揃って部屋を出る。
今日もまた、父上へ繋がる手掛かりを探す。
窓から差す柔らかな光が、蝋印の香草を優しく照らしていた。
<ジリウス•アイビーの日記帳より抜粋>
