一生忘れない恋の話〜ローダンセの花言葉〜
高校2年生の時、恋をしていた。
彼は陸上部の長距離ランナーだった。
性格は真面目で控えめ。
小柄でポメラニアンみたいに
丸くてウルッとした目をした
可愛らしい顔立ちの男の子だった。
同じ陸上部の女子達が
「ポメちゃん」というあだ名を彼につけた。
超運動音痴の私が
陸上部に入れるわけもない。
美術部に所属し、油絵を描いていた。
美術室は学校の最上階にあり
窓からはグランドがよく見渡せた。
ポメちゃんがグランドをぐるぐる走る姿を
筆を片手によく眺めていた。
その頃校内放送で
放送部が「レディ・ディー」という曲を
毎日流していた。
(リチャード・クレイダーマンのピアノ曲
今は亡きイギリスのダイアナ元妃の為に
捧げられた楽曲だそう)
その曲を聞くと
ポメちゃんがグランドを走る姿と
当時の恋心が交差して
今でも胸が締めつけられそうになる。
恋をすると
昨日までの世界が違って見える。
頭上に無数のサンキャッチャーが現れ、
光を反射する。
その煌めきが、世界を支配する。
人間は、赤緑青の3原色を識別するところ
私が大好きな鳥達は
これに紫外線を加えた4原色を
識別できるらしい。
人間よりも、より鮮明で美しい世界を
彼らは見ている。
人は恋をすると
鳥の視力を得るんじゃないかしら。
少なくとも私の目に映る世界は
ポメちゃんに恋をした日から
キラキラと輝き始めた。
あ、視力だけじゃないな。
開け放った窓から流れ込む空気
風に乗ってやってくる金木犀の甘い香り
生徒達の笑い声
裏山から聞こえる鳥のさえずり
吹奏楽部の管楽器の響き
その全てを
まるごとぎゅぎゅっと
抱きしめていたい。
私を取り巻く世界は圧倒的に美しく
愛おしいものに思えた。
私達は同じクラスだったけど
彼は理系。私は文系。
その為、授業内容も違い
別の教室で授業を受けることが多かった。
「教科書忘れちゃったから貸して。」
たまに嘘をついて
ポメちゃんから教科書を借りた。
教科書を開くと
所々ポメちゃんが書いた落書きがある。
その落書きを
人差し指で、そっとなぞってみる。
自分がまだ知らない
ポメちゃんがそこにいるような気がして
いつまでも、指を離さないでいたかった。
10代の頃は
恥ずかしいほどに怖いもの知らず。
大胆にもポメちゃんに告白したが
その恋が実ることはなかった。
やがて3年生になり
ポメちゃんとは
別のクラスになってしまった。
2年生の時の様に
おはようって挨拶したり
教科書を借りることもなくなり
顔を見れる機会が少なくなった。
あんなに鮮やかに見えた世界は
次第に色褪せ
セピア色へと変わっていった。
私は当時
美術系の学校への推薦入学を狙っていた。
内申は無事クリア
試験は実技のデッサンと論文。
こちらも無事クリアできて
他の同級生より一足早く受験を終えた。
「三者面談だけど
あなたの親御さんは来てもらわなくていいよ。
先生と二者面談しよう。」
担任の先生にそう言われ
冬休みのある日
一人で学校に行った。
先生との面談が終わった後
私はポメちゃんの下駄箱に向かった。
学業成就の御守り。
ポメちゃんの下駄箱にそっと置いた。
私からって気付いてもらう必要はない。
だから手紙は添えず
御守りだけを残した。
そして卒業式がやってきた。
先輩らしいことなど一つもしてなかった私に
美術部の後輩達が花束をくれた。
ローダンセという花の
ピンク色の大きな花束を。
高校生活が本当に終わってしまう。
寂しさが急激に込み上げてくる。
そして思った。
このまま会わずにいるつもりだったけど、
やっぱりポメちゃんに会いたい。
ちゃんと、ありがとうってお別れを言いたい。
そして、おめでとうって言いたい。
その日はちょうど
ポメちゃんの誕生日だった。
私はローダンセの花束を抱えたまま
ポメちゃんを探した。
校舎の片隅で、男子達と談笑している
ポメちゃんを見つけた。
声をかけたら
ポメちゃんが言った。
「御守りありがとう!
あの御守りのお陰で、試験頑張れた。」
なんで?
なんで私だってわかったの?
そう聞いたら
「なんでかな。
でも絶対君がくれたって、思ってた。」
と言った。
その瞬間
涙が滝のように流れてきた。
ポメちゃんは、これあげると言って
ハンカチをそっと渡してくれた。
下を向いてハンカチで涙を拭いていると
ローダンセの花束がカサカサと
私の頬に優しく触れた。
「ポメちゃん お誕生日おめでとう」
花束に顔をうずめて
また泣いた。
ローダンセの花言葉は
飛翔 変わらぬ思い 終わりのない友情
あの時の光景を思い出す瞬間
私は鳥の視力を得ることができる。
そして、ポメちゃんの笑顔はずっと
私の心の中で輝き続ける。

