カエルがうるさすぎるテレビ会議
部長は、自然豊かな場所に住んでいる。
本人はいつも言っていた。
「静かでいい所だよ。仕事にも集中できる」
しかし、夜のテレビ会議が始まると、部長の家の周囲から猛烈なカエルの大合唱が聞こえてくる。
「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ!」
部長が話し始めた。
「では、今月の進捗について説明する」
「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ!」
何も聞こえない。
部長の声だけが、きれいにカエルへ埋もれている。
だが、部長はまったく気にしていなかった。
長年聞き続けているため、もうカエルの鳴き声を音として認識していないらしい。

「ここは重要だから、全員よく聞いておくように」
誰も聞こえていない。
それでも画面に並ぶ社員たちは、分かったような顔でうなずいた。
誰かが指摘しなければならない。
しかし、相手は部長である。
「部長、カエルがうるさ過ぎて何も聞こえません」
その一言が、どうしても言いづらい。
佐藤さんが遠回しに伝えようとした。
「あの、少し音声が聞き取りづらいようですが……」
部長が眉をひそめた。
「私のマイクがおかしいか?」
「いえ、マイクというより、周囲の音が少し……」
「音量が小さいのか。ちょっと待ってくれ」
部長はマイクの音量を最大まで上げた。
「これでどうだ?」
次の瞬間、会議参加者全員のスピーカーから、先ほどの何倍もの大音量でカエルの声が流れ出した。
「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ!」

佐藤さんは反射的にイヤホンを外した。
田中君は両耳を押さえた。
鈴木さんの画面が激しく揺れた。おそらく机の下にイヤホンを投げ捨てたのだろう。
それでも部長だけは、穏やかな表情だった。
「今度はよく聞こえるだろう」
確かによく聞こえた。
カエルだけが。
「はい。かなり、はっきりしました」
佐藤さんは嘘をついた。

部長は満足そうにうなずき、そのまま説明を再開した。
「では、先ほどの続きだが――」
「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ!」
もう部長の声は完全に消えた。
画面の中では口が動いている。
しかし、耳に届くのはカエルだけだった。

時々、カエルが一斉に鳴きやむ。
その瞬間だけ、部長の言葉が聞こえる。
「……というわけで、田中君に任せたい」
田中君の顔が固まった。
何を任されたのか分からない。
前後の説明は、すべてカエルだった。
それでも田中君は言った。
「承知しました」
会議が進むにつれ、全員が内容を理解することを諦め始めた。
誰も質問しない。
誰もメモを取らない。
ただ、部長が話し終わったように見えるタイミングで、静かにうなずく。
やがてチャット欄に、佐藤さんからメッセージが届いた。
「あとでAI議事録を確認しましょう」
全員の表情が少し明るくなった。
そうだ。
この会議は録音されている。
最近導入されたAIが、発言を自動で文字に起こし、要点までまとめてくれる。
今は何も聞こえなくても、あとで議事録を読めばいい。
社員たちは安心して、会議の残り時間をカエルの大合唱とともに過ごした。

最後に部長が満足そうに言った。
「今日はみんな集中していたな。やはり静かな環境だと会議も進む」
全員が笑顔でうなずいた。
会議終了後、AIが作成した議事録が共有された。
社員たちは、救いを求めるようにファイルを開いた。
発言者は、一人しか記録されていなかった。
発言者:カエル
「ゲコゲコゲコゲコ」
「ゲコッ」
「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコ」
「ゲコーッ」
会議終了まで、ずっとゲコゲコと書かれていた。

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