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一粒の豆の命 ― 週報コラム「からし種」2026.8.2

わたしたちの教会の週報に掲載しているコラム「からし種」です。

イエス・キリストが知らせてくださった「からし種のような小さな神の国」を、日々の生活の中で見つけた驚きと喜びを綴っています。

今まで知らなかった「種の世界」、夏休みの自由研究です♪


2026年8月2日の週報のコラム

知人からいただいた在来種のインゲン豆が元気に育っている。

豆やスイカなどの種は、一か所に二粒、あるいは三粒一緒に播くという。

それは、鳥に食べられた時のためでもある。無事に発芽した芽は、力を合わせて土を押しのけ、地表に顔を出すのだそうだ。

しかし、成長するにつれて互いに競い合うようになる。そして農夫は、
その中から一番元気な一本を残し、他の苗を間引く。

苗にとっては残酷な選別のようにも思えるが、これは古今東西の農夫の知恵なのだろう。

ネイティブ・アメリカンには、「一粒は空を飛ぶ鳥のため、一粒は地の虫のため、最後の一粒は私たち人間のため」という伝承があるそうだ。

一粒の豆、間引かれた苗にも命がある。やがて土に返り、神のみ手の中で憩うのだろう。

植物の命も私たちの命も、神さまが育ててくださる。豊かな実を結べるように、成長したい。


おまけのふたこと、みこと

今頃になって、スイカの種をまこうと思って、調べていたら、三粒を一緒にまくということがわかりました。

豆は、二粒まくということを、昔、父に民話を読んでもらっていたときに教えてもらいました。(豆二さんという人の話ですが、内容は忘れました)

複数の種を播くのは、発芽した種がいっせいに「せーの」といって、土を持ち上げられるからだそうです。

また、鳥に食べられても他の種がある。そして、お互いに競争しながら大きく育つのだそうです。

けれども‥‥‥せっかく育った苗を「間引き」するのです。そして、1本、あるいは2本だけを立派な苗やツルに仕立てます。

植物の世界は、厳しいですね。

抜かれずに生き残った種、実を結ぶほどに成長できたらいいのですが、それはそれで、けっこうプレシャーですね

もしかしたら、先に取り去られた種や苗は、天国のふかふかの土に植え替えられ、よい実を結んでいるのかもしれません。

天であっても地であっても、いずれにしても、神さまの手の中で育てられ、命を全うできたら、それほど幸いなことはないと思います。

在来種のインゲン豆。

モジャモジャに生えているインゲン豆。豆は、葉だけ茂らしてはいけないそうです。大切に育てたいです。

「わたしはまことのぶどうの木…実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために手入れをしてこれをきれいになさるのである。」
(ヨハネによる福音書15:1.2)

イエスさまはぶどうの木。手入れをなさる農夫は、父なる神さまです。

教会の農夫は上手に手入れをしてあげられなくて、ぶどうもインゲン豆もがかわいそうですが、健気に育っています!

私たち一人ひとり、一つひとつの命も、神さまのみ手の中で豊かに育ちますように🪴


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