高校3回転校した50年前のわたしの“天国と地獄”を超えて見えたもの
かれこれ50年以上の話なんだけど。笑わないで読んでくださいよ。
幼少期から記憶を取り戻す
体の弱かった幼少期
今では誰も信じてくれない「ゴボウ少女」と言われた幼少期
もしかしたら 生まれた時から体が弱かったのかもしれない。
ほとんど病院の生活で
病院の匂いが好きだったおかしな子供。
一人っ子で厳しい母の元に戻るのが嫌で
退院を拒否していた思い出
家に帰っても
なぜか布団が敷いてあり すぐ寝ないさいと言われた。
治ったから退院したのに。
お風呂も 寝る前でないと入れない思いは
湯冷め=風邪をひく、という思い込みが、
親から植え付けられた“潜在意識”だったことにも後に気づくのです。
なぜか今でも 早くお風呂にはいらないで起きていると
風邪を引くような気持ちにさえなる。
その考えは 違っていたと気づくまでかなり時間がかかり
子供達にも「湯冷めするから」と言っても
お風呂上がりもそのまま起きている。
だけど 誰一人風邪はひかなかった。
小学校はバス通学
でも あまり通った記憶がない。
いや 通っていたはず。。低学年の思い出が少ない。
食も細く 青白い顔をした女子だった。
父の会社の人には よく「ごぼうの様な子」と言われていた。
そんな私の高学年の記憶は 「恋」
夢見る夢子
その子に会いたくて
わざとお友達の家に遊びに行った
そんな嫌なやつだった自分
その友達も 嫌だったろうな。
中学になる時初めての転校
父の転勤で 初めての転校生の経験
中学の転校は いい様であまりいい思い出がない
なぜなら みんなは小学生のときのお友達が そのまま中学に上がったから楽しそうだけど私自身は そのなかに入れなかった。
唯一 病弱だった私が健康になり
頭はよくなかったけれど 球技や走ることが得意な子になっていた。
バレーボールは小学生時代 近所のお姉ちゃんたちに混ざって
ちょっとだけ 練習した記憶がでてきた。
そのせいか バレーボールは得意だった。
それなのに なぜか バスケットを選んだ自分がよくわからない。
そのバスケットの記憶も あるようで少ない。
弱小チームだったけど なぜかロングシュートが決まっていた思い出。
でもね
また体調不良勃発で 今思えば 「花粉症」だったのかもしれない。
ずっと 調子が悪かった。
中学2年からの担任が とっても生徒思いで
その担任のおかげで 私は変わった様な気がする。
受験校なんて 頭が悪い私が行けるはずがないと思っていたんだけど
担任の「君なら大丈夫だ」と勇気づけてくれた。
そして 誰よりも 親よりも 私を理解してくれていた一人だった。
そのおかげで 私はレベルの高い高校に合格した。
ところが まさかの高校で 天国と地獄を経験するとは
誰が思っただろうか。でも これも自分が選んだ道だったことが
後になってわかることになる。
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