福建のマイナー名所「趙家堡」に行ってみた
今回紹介する場所は日本人観光客はおろか中国人観光客にもマイナーな遺跡である。
福建勤務になって早6年。ほぼ工場とマンションの往復だけで、どこにも行ったことがないと言っていい。唯一、漳州の古城はちょっとだけ歩いたことがあるくらいだ。今写真フォルダーを見てみたが、写真すら残ってない。
ただそれでも百度地図や携程で近場に何かないかと探索は続けていた。その中で見つけたのが「趙家堡」だ。ま、見つけたのも本当は5年くらい前なのだが、土日は深圳に戻るし、福建では足になるものもないので、ずっと行けずじまいでいた。
趙家堡とは?
こんな時に役立つのがDEEP SEEK。それによると下記のような感じである
所在地:福建省漳浦県湖西畲族郷
建設時期:明の万曆年間(1573年〜1620年)
建設者:南宋の皇族・趙若和(太祖趙匡胤の弟の子孫)の子孫
特徴:南宋の都城・汴京(現在の開封)を模した設計で、「宋代の都の縮図」と呼ばれる。
歴史的背景
南宋の滅亡:
1279年、崖山の戦いで南宋が元に滅ぼされた後、皇族の趙若和らは難を逃れて漳浦に隠棲。
城砦の建設:
明の万曆年間、趙若和の子孫・趙範が官職を退いた後、一族の安全と南宋文化の継承を目的に趙家堡を建設。
清代には防衛機能を強化し、現在の姿に近い形となった。
「いつか行けたら行こう」と思っていた中、9月中頃ふと仕事で近場を訪れる機会があったので、せっかくなので寄ってみることにした。
大昔、地図アプリで確認した時は「無料」と書いてあった気がしたが、チケット販売所が入口に設けてあり有料になっていた。確か一人10元ほど。
入口をくぐると、いきなり現地のおばさんが「ガイドしてあげるよ」と声をかけてくる。勿論有料。今回は仕事帰りというのもあり、サクッと見て帰りたかったのでお断りした。
中に入ると一部は完全に住居となっていて生活感がすごい。洗濯物は干してあるし、夕食の準備もしていた。DeepSeekによると、皇族である趙氏の末裔がずっと住んでいるようだ。あくまで居住地が観光地となった場所なのである。ただ末裔というのは本当なのかと疑ってしまう…(私の悪いところ)

大きさ自体は東京ドーム2.5個ぶんくらいあるらしい。日没前に行ったので全部は回れてないが、確かに意外と広かった印象だ。

私たちは時間もないので、池を通り、橋を渡り、官庁の前を通って、メインの完璧楼を見て帰るという時短観光をしたのだが、それでもそれなりに見応えはあった。官庁や東門、武廟あたりに住民が住んでいた。結構いろんなところが朽ち果てていて、まだ修繕前のようだった。。

さて、ここからは中の様子を写真でザーッと紹介したいと思う。



メイン居住区だった府第。単なる家ではなく官職に就いている皇族の邸宅という二重の格式を持っていたらしい





メインの建物は完璧楼という名前からして、かなり強そうな建物。メインの建物は正方形で、1階には窓がなく2階、3階には合計28の石窓があるらしい。ちなみに2階に以上には上がれなかった。敵の攻撃に備え射撃穴もある。DeepSeekによると当時の火器や攻城兵器にもある程度耐えられる頑丈で、しかも井戸や食料倉庫もあり、ある程度籠城も可能だったようだ。まさに完璧な楼なのである。また「和氏の璧」で有名な古代趙国の完璧帰趙とい故事にもかけているらしい。





時間がなかったので完璧楼を見た後はすぐに帰ったが、じっくり見たらまたいろんな発見があるのかと思う。嫌でなければ現地ガイドを頼むのもありかもしれない(妻と旅行するとよくこういうガイドを雇うことがある)。その方がいろいろ詳しい話や裏話も聞けるだろうし(彼らが話しているのが真実かどうかは怪しいが)。
土楼観光などを終え時間がもし有り余っているならここを訪れてもいいかもしれないが、正直車がないと行けないところなので、余りお薦め出来る観光スポットではないかもしれない
この土地は他にもマイナーな土楼もあるので、機会があればそういうところにも行ってみたい。ただその前に、今度車で福建に来ることがあったら、ガイドブックにも出てくるような世界遺産の土楼を巡ってみたいものである(南靖土楼とか永定土楼とか)。
今回の写真は全てスマホ ONEPLUS 13で撮影しました。カメラ持っていけば良かったw
終
