Boards of Canada『Inferno』——ノスタルジアを裏切った13年ぶりの帰還
アーティスト:Boards of Canada(Michael Sandison / Marcus Eoin、スコットランド出身のエレクトロニカ・デュオ)
レーベル:Warp Records
リリース:2026年5月29日(前作『Tomorrow's Harvest』は2013年。デビュー作『Music Has the Right to Children』から数えて通算21年で実質5作目という寡作ぶり)
13年の沈黙が意味していたもの
Boards of Canadaは寡黙なアクトだ。インタビューはほとんど受けず、ライブもほぼ行わず、SNSでの露出も最小限に留めてきた。この「不在」そのものが彼らの作品を語る文法の一部になっている——次に何が出てくるか誰にも分からない、という緊張感が、リリースのたびに批評の熱量を押し上げてきた。だからこそ『Inferno』を単に「13年ぶりの新作」として消費するのは間違っている。この沈黙の長さは、デュオが自分たちの美学そのものを問い直す時間として機能したと見るべきだ。
そして『Inferno』が突きつけたのは、初期作を特徴づけていた「郷愁(ノスタルジア)」という美学からの離脱だった。『Music Has the Right to Children』や『Geogaddi』が体現していたのは、褪色したホームムービーのような、暖かく朧げな記憶の質感だ。だが『Inferno』でその温度は明確に下がっている。これはBoards of Canadaというキャリアにおける、単なる音の変化ではなく態度の転換として読む必要がある。
「Father and Son」が示す、郷愁からオカルトへの反転
全18トラックという長尺の構成自体が、すでに『Tomorrow's Harvest』までの寡黙な佇まいとは異なる饒舌さを示している。冒頭の「Introit」から「Prophecy At 1420 MHz」への流れは、電波天文学的な語彙(1420 MHzは中性水素の21cm線、宇宙探査で用いられる周波数)を持ち込みながら、これまでの牧歌的な質感を意図的に裏切っていく。
なかでも「Father and Son」は評価の分岐点になったトラックだ。危機的状況にある人々の肉声サンプルを、軽やかなファンク・リズムへと解体して配置する構成は、聴き方によって「不謹慎なまでに不釣り合い」にも「意図的な不協和の演出」にも聞こえる。「The Word Becomes Flesh」というタイトルが端的に示す通り、聖書的な語彙とオカルト的な図像への言及がアルバム全体に散りばめられており、hauntology(過去の記憶や失われた未来像を亡霊のように呼び戻す美学)の文脈で語られてきたBoards of Canadaが、その手法を郷愁ではなく不穏さの生成に転用している。制作は自宅スタジオ「Hexagon Sun」(スコットランド、ペントランド・ヒルズ)で行われ、生ドラムとギターを持ち込んだ上で、これまで同様アナログ機材を通した「劣化のプロセス」を音に施している。技法は変わっていないのに、そこから引き出される感情の色だけが反転している——これが『Inferno』の最大の賭けだ。
GuardianとPitchforkが同じアルバムに正反対の評価を下した理由
この賭けへの評価は真っ二つに割れた。The Guardianは「大きな失望作」と断じ、「Father and Son」のリズム処理を「笑えないほど不釣り合い」、「The Word Becomes Flesh」を「Boards of Canadaの紋切り型そのもの」と名指しで批判、ドラム・プログラミングの弱さと、より機敏な同時代のエレクトロニック・アクトに置き去りにされた印象を指摘した。一方Pitchforkは10点満点中8.6という高スコアを与え、「オカルト的な図像と謎めいたサンプルに覆われた、キャリア屈指の没入的な作品」と評価している。Metacriticの総合スコアは20誌の批評を集計して84点と、数字の上では「絶賛」に分類される。
この分岐は単なる好みの違いでは片付けられない。争点になっているのは「サウンドの停滞」なのか「意図的な様式の飽和」なのか、という解釈の違いだ。Guardian側の批判は、Boards of Canadaが2013年当時のポスト・ダブステップ以降のエレクトロニック・ミュージックの進化速度に対して「取り残された」という前提に立っている。対してPitchfork側は、彼らがそもそも同時代性を競うアクトではなく、自分たちの美学の内部で深化を続けるアクトだという前提に立つ。どちらの前提を取るかで、同じ「Father and Son」の不協和が「稚拙」にも「批評的」にも聞こえる。これは評者の姿勢が可視化された、生産的な分裂だと言っていい。
Skam、Warp、そしてAutechreとの縁が示す居場所
Boards of Canadaのキャリアを文脈づける上で外せないのが、90年代マンチェスター/シェフィールドのIDMシーンとの縁だ。彼らの1996年のEP『Hi Scores』は、Autechreの片割れSean BoothのレーベルSkam Recordsから出ている。Boothは彼らのファンとしてSkamへの参加を後押しし、Autechreのライブに前座として招いた間柄でもある。以降Warp Recordsへ移籍したBoards of Canadaは、同レーベルの看板であるAphex Twinと並び称される存在になったが、両者の出自(10代からデモを作り始めた点も含めて)には興味深い並行性がある。もっとも、彼らの音楽的ルーツはIDMの内輪に閉じてはいない。『Tomorrow's Harvest』制作時にはJohn Carpenter、Wendy Carlos、Riz Ortolaniといった映画音楽の作家たちからの影響を公言しており、『Inferno』のオカルト的・終末論的なトーンは、この映画音楽的な系譜の延長線上に位置づけて初めて説得力を持つ。彼らが早くから言及してきたThe Beach Boysの持つ、歪んだ多幸感というもう一つの参照点も、初期作の「郷愁」を支えていた要素として無視できない。
この転向をどう評価するか
結論を明言すれば、『Inferno』はBoards of Canadaというアクトの美学的な賭けとして評価に値する作品であり、「劣化」ではなく「転向」として読むべきだと考える。Guardianが指摘する弱点——特にリズム面の生硬さ——は的外れではない。生ドラムを導入した判断は、彼らが得意としてきたタイトなブレイクビーツ的処理と比べると確かに緩さが目立つ瞬間がある。しかし、その緩さを含めて「郷愁の解体」という主題に奉仕させている構成として聴くと、これは技術的な後退ではなく意図的な選択として立ち上がってくる。18トラックという長尺も、かつての洗練された寡黙さを知る耳には冗長に響く箇所があるのは事実だ。それでも、褪色した記憶を美化することを拒み、その同じ手法を不穏さの生成に転用してみせた『Inferno』は、寡作なアクトが13年という沈黙を経てなお自らの美学を疑い続けていたことの証左であり、そこに宿る誠実さは無視できない。
『Inferno』の座標を知るためのプレイリスト
Boards of Canadaが公言してきた影響元、あるいは実際にリミックスや共演で縁を結んできたアーティスト——Aphex Twin、Autechre、John Carpenter、Mira Calix、My Bloody Valentine、The Incredible String Band、Squarepusherら——から一曲ずつ選び、関連プレイリストにまとめた。『Inferno』が「郷愁」から離れて何に接近したのかを、彼らが自ら参照してきた座標軸から辿ってみてほしい。
この記事が鳴らした一曲
この批評を元に生成したオリジナル楽曲です。
