親ガチャ?上司ガチャ?日本も格差は仕方ない?援助されて当然?諦めを乗り越える方法とは?
格差を仕方ないと肯定してしまう人ほど、援助されて当然と考えがちです。学習性無力感に陥る前に、行動するための視点を一緒に探っていきます。
■格差を肯定する心理は防衛反応
一見不思議ですが、低所得層や不利な立場にいる人が格差は仕方ないと考えやすいのはよくある現象です。迫害され不利益を被る人々が、不公正や搾取を引き起こす現存の社会システムを擁護し正当化するのです。
社会心理学ではこれをシステム正当化理論と呼びます。
不公平な世界に住んでいると考えると心理的ストレスが高まります。
そのストレスを減らすために格差があるのは自然なこと、これでいいんだと考えてしまう。これにより現状を変えようとする行動意欲がさらに下がります。仕方がないと思うこと自体が自己防衛であり、現状維持を助長してしまうのです。
■援助されて当然という発想の背景
格差を肯定する人が同時に援助されて当然と感じる背景には外的コントロール信念があります。
自分の人生や状況は努力ではなく運や制度、他人によって決まると考えるに至ります。
親ガチャ、上司ガチャ、配属ガチャ、同期ガチャ…。
だから社会が保障すべきで、医療や教育はタダで当然という発想になる。逆に自己責任論に対しては強い反発を覚えます。
こういう発想には合理的な側面もあります。極端に不利な環境では努力しても結果が変わりにくいため、待つほうが消耗が少ないという適応行動でもあるのです。
■学習性無力感の落とし穴
この心理状態は学習性無力感に近いと考えられます。何度努力してもうまくいかない経験を繰り返すと、どうせ何をしてもダメだと学習してしまう。
やがて努力そのものをやめ、努力すれば報われるかもしれないという希望すら持てなくなります。
結果として行動量が減り、さらに格差が広がる悪循環に陥ります。
■しょうがないの効能と副作用
日本語のしょうがないは心理的コーピングとして優秀で、コントロールできないことを受け入れるための魔法の言葉です。
ただし便利な鎮痛薬のようなもので、使いすぎると行動の可能性が閉ざされ、状況を変えるエネルギーが消え、無力感が固定されます。行動する筋肉が萎えるリスクがあるのです。
だってしょうがないじゃないか
■医師として見た「しょうがない」の現場
臨床現場でも、もう年だからしょうがない、体質だからしょうがない、遺伝だからしょうがないと患者さんが言う場面は多いです。
他罰的・他責的に何かのせいにすることで、諦めてしまう。
確かに一部は事実で変化が期待できないものもありますが、生活習慣や治療で変えられる部分もあります。病気・障害・困難の「受け入れ」を良くしてポジティブな側面に目を向けられれば、セルフケアや治療が前向きに進むという効果があります。
医療者の役割はしょうがないを少し揺さぶって、できること探しに切り替える支援をすることだと思います。
■希望を取り戻すためにできること
心理学的介入では、小さな成功体験を積ませる、誰かの役に立てていると感じる役割や意味を与える、成長思考を育てるなどが有効です。
能力は努力や経験で変わると伝えることで、再び行動する意欲が回復します。リハビリや生活習慣改善も、できることから始めて成果を感じさせることが重要です。
■諦めを行動のスイッチに変える
しょうがないは悪い言葉ではありません。
変えられないものを受け入れ、変えられる部分にエネルギーを集中するための切り替えスイッチとして使うことができます。
大切なのは、しょうがないと言ったあとに一呼吸おき、自分にできる行動をひとつ探してみることです。
格差はなくならないかもしれません。
でも、あなたの行動次第で乗りこなすことはできます。今日ひとつ、小さな行動を選んでみませんか。誰かに与える、少し学ぶ、挑戦してみる。
その一歩が、あなた自身の格差からの卒業証書になるかもしれません。
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