「湿布とCTで安心する国」無価値医療という国民病?提供する医師の特徴がわかった!
湿布で安心し、頭痛でCTを撮り、変わらない症状で再診に通う。そんな「医療の安心ループ」が、国の医療費を静かにむしばんでいる。筑波大学の最新研究が示した「無価値医療の現実」を、笑いと皮肉で読み解く。
■湿布とCTで安心する国の現状
湿布で安心し、頭痛でCTを撮り、変わらない症状で再診に通う。
これが日本の「医療あるある」になっている。しかも笑えないのは、それが国民的安心儀式として定着していること。
病気を治す前に「とりあえず何かしてほしい」気持ちを治したほうがいい。
■無価値医療とは何か。つまり「効かない安心」のこと
無価値医療とは、科学的に効果が乏しい、もしくは患者にほとんど利益がない医療のこと。でも、患者も医師もなんとなく安心する。
「やって損はない」と思っている。実際は「安心」が主成分の処方箋だ。
米国では十年以上前から「Choosing Wisely(賢く選ぼう)」という運動が進んでいて、「必要のない検査や治療は減らそう」と呼びかけている。
しかし日本では、どちらかというと“Choosing Busily(とりあえず何かやってこう)”が主流。“Choosing Easily(安直にやっておこう)”かもしれない。
国も「上手な医療のかかり方」の情報発信をしているが、伝わっているとは言い難い。医師・患者・家族のそれぞれの意識が変わらない限り、無価値診療も無駄受診も終わらないだろう。
治療より「対応した感」、説明より「やった感」。まるで医療が「サービス業」になってしまっている。保険診療の原資の85%は保険料・税金。自己負担は1割に過ぎない。
■研究が示す現実!10人に1人が無価値医療を受けている
筑波大学の宮脇敦士准教授らが行った全国調査では、成人の10人に1人が、年間に少なくとも一度は低価値または無価値医療を受けていることが明らかになった。
254万人分の診療データを解析した結果、患者100人あたり年間17.2回。
つまり「やってる感医療」は、ほぼ日常業務レベルで提供されている。
内容も笑えない。
風邪に抗菌薬(風邪の95%には無効、むしろ薬剤耐性菌を増やすという害のほうが大きい)。
腰痛にプレガバリン(おもに神経障害性疼痛に適応がある薬)。
骨粗鬆症の短期再検査(急激に進行・回復するものではない)。
しかし、どれも「日本の医療あるある」だ。
しかもこの無価値医療、わずか1割の医師が半分を提供していた。つまり、やりすぎてるのは一部の医師だが、それでも1割以上の医師。みんなその恩恵にあずかっている(?)。
「真面目な人は丁寧に診療しているが元気なヤブが医療費を燃やす」構図。
■「やりすぎ医師」の特徴!制度と文化が後押ししている
この研究では、やりすぎ医師には特徴があった。
年齢が高い、専門医資格を持たない、一日に診る患者数が多い、そして西日本に多い。つまり、経験豊富・多忙・地域密着という三拍子が揃うほど、無駄も積み上がる。
実は医療資源の偏在かという意味では、西日本では人口あたりの医師数が多い。そして、医師数が多い地域では、一人あたりの医療費も高い。「丁寧に診ている」といえば体裁が良いが、無駄も含まれていることが今回の研究でも明らかだ。
経験数が多くても、専門医資格を持っていない人はやはり要注意だ。一つでも深い領域のことを学んだ医師こそ評価されるべきだが、今の保険医療制度では担当する医師が専門医資格を持っているかどうかで、診療報酬に差をつけるという仕組みはない。つまり、ヤブ医者の適当診療でも、専門性の高い医師による医療でも、患者あたりの診療報酬は同じなのだ。
そして、年配の医者は不勉強になる。今までのやり方に固執して、アップデートされない人がいる。年寄になれば、他人の話に耳を貸さないことも増えるが、医師も同様である。
自分の年齢が高くなると、いつか自分より年下の医師に診て貰う必要が出てくる。若い頃は自分より年上の医師ばかりであったから、何となく自分より年配の医師のほうが安心できるかもしれないが、そうではないこともあることは、患者側が知っておくべきである。
そして、出来高払いの報酬制度では、やればやるほど収入が増える。「何もしてくれない医者」と思われるよりは、湿布でも出しておいた方が丸く収まる。そうして、医療は「安心の自販機」になっていく。
✅️患者が医師を選ぶときのチェックポイント
専門医資格を持っているか
最新学習歴はどうか
信頼関係が構築できそうな人柄か
■湿布、CT、再診。三種の安心神器?
■湿布。
もはや国民の精神安定剤だ。効果のほどは、まあ「貼った安心」くらい。薬局で売っているものをなぜ診察室で処方する必要があるのか。
「湿布ほしいから出してほしい、何枚出せますか」
診察室で出される魔法のように効くに違いない。
「薬局で売ってますからそちらで購入してください」
などと言おうものなら烈火🔥のごとく起こるる患者もいる。その後続いて、「〇〇クリニックは出してくれた」「それでも医者か」とか、自分の都合や理想を押し付ける。
こちらが「湿布を出す医者ほどヤブ」と言いかけても「湿布を出さない医者はヤブ」とキレられて、対立関係が確定することもある。
こんなやり取りをしても一円にもならない。患者が「湿布ください」と言い、医者が「じゃあ湿布出しておきますね」と応じると、「処方料」という点数が稼げてしまう保険診療の点数制度がおかしいのである。
■頭痛にCT。
8割以上が緊張型頭痛や片頭痛と分かっていても、撮らないと落ち着かない。「念のため、心配だから」と医者が言う場合と、患者が希望する場合とどちらもある。
検査の結果「脳に異常はありません」と言われて何故かホッとする。頭痛の原因が画像検査でわからなかったにも関わらず。
「心配な頭痛ではありませんでしたね、良かったですね(棒)」
(取る前からわかってましたけどね)
「MRIも撮れますけど、どうしますか?」
(売上が上がって嬉しい限りです)
日本では、放射線を浴びて安心する国民性がある。安心の代償は、医療費と被曝と時間。でも、「何もなかった」という結果こそがご褒美になる。
日本は、世界一画像診断の機器がある。人口あたりのCT、MRの数はべらぼうに多い。最新のデータは知らないが、10年前のデータでは、2位のオーストラリアの2-3倍以上であった。
必要数以上に、検査機器があるので取らなければ経営上の危機になるというブラックジョークになる。CT検査に回る患者が少なくて頭痛になるのは経営者の方だ、というギャグも笑えない。
■そして再診。
症状に変化がなくても「また来てね」。医師も患者も、再診そのものを「継続の証」と勘違いしている。診療報酬的にも、再診は地味においしい。
急性期の疾患で重大な所見がなければ、初回の処方薬で大抵は良くなる。「症状が悪化するようだったり、変わらなければ再診てください」と言えばいいところ、「来週また診せてください」と言ったりする医者がいる。
もはやフォローアップではなく、フォローアップル。甘くて中毒性がある日がいない。医療費が安価で、時間がたくさんあるお年寄りにとっては、ありがたい制度だ。親切にしてもらえた風を演じてもらえるので、都合がいいかもしれない。
■Choosing Wiselyが根づかない理由
Choosing Wiselyは、「やらない勇気」を育てる運動だ。だが日本では、「やらない=手抜き」と解釈される。患者からすれば「せっかく来たのに何もしてくれない医者」。医師からすれば「説明するより薬出した方が早い」。制度からすれば「やった方が儲かる」。
誰も悪くない。全員、経済的には合理的だ。
結局、「やらない人が損をする」社会では、無価値医療は減らない。みんな安心を求めて、やさしく医療費を溶かしていく。今や国民医療費は50兆に迫る勢い。
■安心中毒という慢性疾患
日本人の多くは、病気よりも“安心”を治療している。湿布で安心、CTで安心、再診で安心。安心こそ、最大の医療商品だ。国民皆保険制度の中で、「安心を買う権利」が保証されてしまっているとも言える。
でも、安心には中毒性がある。「薬をもらわないと不安」「検査しないと落ち着かない」「また来ないと心配」。これがヘルスリテラシーが低い国の依存症だ。
■やらない医療が一番むずかしい
本当に信頼できる医者は、説明して、納得させて、あえて何もしない。自信があるから。湿布を出さないで済ませるには、勇気がいる。CTを撮らないと決めるには、根拠と覚悟がいる。そして、患者もまた「何もしないことが最善のときもある」と理解する力がいる。
Choosing Wiselyは、単なる医療運動ではない。医者の勇気と、患者の成熟度を問うリテラシーテストなのだ。つまり「控えめな医者と、賢い患者」が日本の医療を救う。
■安心を与えているつもりで依存を育てていた
医療の世界では、やらないことを決めるのが一番むずかしい。かつての私も、湿布とCTで患者の不安をなでてきた側の人間だ。
でも、ある日ふと思った。やらない医療は地味だ。でも、地味な選択ほど、本質に近い。湿布を貼らずに説明できる医者が、いちばん強い。
医療は診察室で、提供する側(医者)と受領する側(患者)の両方が存在して初めて成立する行為だ。もし、無駄な医療を発生させているとするなら、医者と患者の両者の責任である。
「(信頼している)あなたが、そう言う判断をするのであれば今日は何もせずに帰りましょう」と言える患者が、いちばん賢い。
■書誌情報
宮脇 敦士/他 著「Primary Care Physician Characteristics and Low-Value Care Provision in Japan」
掲載誌:JAMA Health Forum 2025年6月7日 Vol 6(6):e251430.
DOI:10.1001/jamahealthforum.2025.1430
要旨
重要性:成人向けプライマリケアにおいて、低価値医療(患者に対して純粋な臨床的利益をほとんど与えないサービス)を提供する医師の特徴に関するエビデンスは、特に日本では限られている。
目的: 日本において、10種類の低価値医療サービスを医師レベルで計測し、プライマリケア医がこれらを頻繁に提供する特徴を調査する。
デザインと患者: 2022年10月1日~2023年9月30日の間、全国のソロプラクティスのプライマリケア医1019人(平均年齢56.4歳、男性90.4%)が成人患者2 542 630人(平均年齢51.6歳、女性58.2%)を診察した電子健康記録と請求データをリンクした横断解析。
症例構成やその他特性を調整したうえで、100人あたり年間の低価値サービス提供複合率(10項目)を算出。
結果:全体で436 317件の低価値サービスが確認され、100人あたり年間17.2件。提供数の約半数が上位10%の医師によって担われていた。年齢60歳以上の医師では、40歳未満と比して100人あたり+2.1件(95% CI 1.0-3.3)多く、専門医資格なし医師では+0.8件(95% CI 0.2-1.5)、高患者数医師では+2.3件(95% CI 1.5-3.2)、西日本で開業の医師では東日本比で+1.0件(95% CI 0.5-1.5)多かった。
結論:日本のプライマリケア医療において、低価値医療サービスは一般的であり、少数の医師に集中している。高齢・専門医資格なし・患者数多め・西日本地域の医師が提供率が高い。政策対応としては、すべての医師を対象にするより、こうした“提供量の多い医師”に絞った介入の方が効率的であろう。
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