打ち合わせのあと、ひとりで歩いて帰る理由
打ち合わせが終わったあと、すぐに電車に乗らないことが結構あります。
銀座で打ち合わせしたら、銀座一丁目から乗る。そんな程度の遠回りです。どうしても急いでいるときは別として、だいたいひと駅かふた駅ぶん、ひとりで歩いて帰ります。
これは習慣というより、必要性から来ています。
歩きながら、解けていく
打ち合わせが終わっても、頭の回転はすぐには止まらない。
クライアントさんの言葉から、想定していなかった課題が見えてくる。話しながら、「あ、ここに問題があったんだ」と気づく瞬間がある。逆に、うまく言葉にできなかったことが、帰り道にふと言語化される。打ち合わせのあいだは、聞いて、考えて、応えることに集中しています。処理しきれなかったことが、外に出てはじめて浮かび上がってくる。
電車に乗るとなんとなく仕事のスイッチが切れて、スマホを見たりしてしまう。あの時間がもったいない、と思うようになりました。
歩いていると、意図せずいろんなものが目に入る。
季節の風が当たって、街頭の広告が横切って、道行く人の服装が視界を流れていく。そういうものをぼんやり受け取りながら歩いているうちに、さっきまでひっかかっていたことが、ふいにほぐれる。先日も、交差点で信号を待っているときに、打ち合わせ中ずっと解けなかったことがわかって、立ち止まってメモした。
クライアントさんの熱量、話の中で見えた景色、「このプロジェクトは面白くなりそうだ」という感触——そういうものも、電車に乗ってしまうと薄まる気がします。歩いている時間は、その余韻の中にいる時間でもある。
そのまま、知らないカフェに入ることもある。窓の近くの席で、頼んだコーヒーが来るまでのあいだに、メモや録音には残せていなかったことを書き留める。
帰り道が少し長くなっても、その時間は無駄じゃないと思っています。
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