ぶっきらぼうなサンタクロース
とある年の12月25日、地葉県の都市『織春市(おりはるし)』の駅前ペデストリアンデッキに、モモコの声がこだまする。
「香坂さん! 遅れるなら連絡してよ!」
「すまん、前の現場が立て込んでいた上に、織春線の人身事故が重なってな」。
「織春線の人身事故!」
いわゆるベッドタウンとして発展した織春市には、隣県から乗り入れる織春線が主たるアクセスラインなのだが、他の乗り入れ路線がないため、ひとたび人身事故が起きると、通勤や帰宅に大きな障害をもたらす。
そのため、香坂が挙げている理由は真っ当ではあるのだが、モモコは納得がいかない。
「ねえ、香坂さんってサンタクロースなんだよね」。
「そうだ、お前は俺がサンタクロースだから、仕事を依頼したんじゃないのか」。
「サンタクロースってさ、トナカイに乗って町を飛び回るんじゃないの?」
「トナカイだと? あんなもん、金がかかって仕方がない。今どき、地方出張だってトナカイより電車の方が安い。演出のために使う奴もいるが、それは相当儲かっていて派手好きな企業のサンタがやっているくらいで、俺みたいな自営業のサンタには、無理な話だ」。
おまけに、香坂ときたら、黒いセーターとコートという出で立ちだ。とてもサンタクロースには見えない。
「香坂さん、本当にあなたはサンタクロースなの?」
すると、香坂は胸元からパスケースを取り出し、こちらに向けてきた。
中に入っているカードに書いてある文字は『二級サンタクロース免許証』。
「20XX年に、制服着用の義務がなくなった代わりに、この免許証の携帯が義務付けられたんだ。クライアントの依頼を遂行する前には必ず提示すること。破れば罰則だってある」。
「なにそれ、夢がない。赤い服に白いひげじゃないと、サンタクロースらしくないし」。
「お前、意外と細かい奴だなあ」
香坂は、煙草に火をつけます。
「クリスマスにおもちゃが欲しければ、サンタが持ってこなくたって、父親が冬のボーナスを使って買ってやればいい。今時はそのことを子供の方だって知っている。そんな時代だから………」。
「あー、ちょっと君」。
香坂の言葉を遮った声の方を振り返ると、蛍光色のジャケットを着た老人が立っていた。
「ここ、路上禁煙地帯だから。だめだよー吸っちゃあ。後で通知送るからね。身元わかるもの出してー」
「まじか、くそう」。
心底悔しそうに、香坂は手に持っていた『二級サンタクロース免許証』を、老人に向けた。
「大丈夫なの。この人」
モモコは、依頼を任せたことを、後悔し始める。
「おう、この依頼を済ませたら、次へ向かう。12時前には事務所へ戻る」。
織春駅から15分ほど歩いた場所にある公園。
モモコはベンチに腰掛けて、香坂が電話をかけている姿をぼんやりと眺めていた。
「また、連絡する」。
そう呟き電話を切ると、香坂はゆっくりモモコのいるベンチに戻ってきた。
「誰から?」
「得意先だ。扱いが粗くて困る」。
「次のお仕事の話?」
「貧乏暇なしってやつだ」。
途中でコンビニエンスストアに寄ってトイレを借りたり、自動販売機でコーヒーを買ったり。
今の電話の内容も、なんか世知辛い。
香坂は、どうにもサンタクロースのイメージに合わない。贅沢は言わない。ひとつくらい、それらしい仕草を見せてくれてもいいじゃないか。
「あの家でいいんだな?」。
香坂は、公園の出入り口のちょうど真向かいにある一軒家を指差した。
「間違いないわ。優人君の部屋は、2階。今の時間はもう眠っているはず」。
「わかった。では、依頼の確認だ」。
そう言うと、香坂は一枚の紙を取り出した。
「まず、依頼の内容は、優人君の夢の中に入ること。制限時間を使用して、優人くんと会話すること。この内容に間違いはないか?」
モモコはこくりと頷く。
「わかった。では次に、注意事項の確認だ。二つしかないからきちんと覚えてくれ。一つ目。制限時間は1分間。そして二つ目。夢の中で、自分の名前や素性を明かしてはいけない。これは絶対に破るなよ」。
「破ったら、どうなるの」。
「お前は夢喰いに食われる。食われたら、その後は全く何も残らない」。
香坂は、今までと同じく淡々とした表情で告げる。
その、抑揚のない口調が、モモコの恐怖心を高めた。
「絶対に、破るな。わかったな」。
モモコは、こっくりと頷いた。
「よし」
すると、香坂は煙草に火をつけ、吸い込んだ煙を、モモコに吹きかけた。
「ごほ、ごほ、なにすんの?」
「サービスだ。煙がお前を助けてくれる。どう助けてくれるかは、その時わかる」。
「なにそれ?」
「いいから、目を瞑れ。次に目を開けた時にはお前は優人君の夢の中だ。そして1分すぎたら、俺のところに戻ってくる」。
モモコは、ゆっくりと目を瞑る。すると、どこからかぶわっと風が巻き起こり、ふわっと身が浮かび上がる。
「えッ?」
しかし、驚いている間もなく、再び足が地面に着いたような感覚が戻ってきた。モモコはゆっくりと、目を開けた。
優人は、首を傾げた。
今立っている場所が、自分の部屋ではないことを、すぐ理解したからだ。
勉強机もない。先月、十歳の誕生日のお祝いでもらった、バスケットボールのシューズもない。
あるのはうっすら広がる優しい緑色の光。
そして、目の前に立っている見知らぬ女性だけ。
しかし、そんな不可解な状況下にいながら、優人はまったく恐怖を感じなかった。
1たす1は2。
烏は黒い鳥。
そういったものと同じように、今のこの状況が当たり前であるように感じた。
「お姉さん。だれ?」。
「ごめん、言えないの」。
目の前の女性は、少し寂しげに微笑んだ。
「なんで、言えないの?」
「どうしてもだよ。ごめんね、優人くん」。
なぜか、自分の名を知っている。優人は、首を傾げた。
「不思議だ。僕も、お姉さんのことを知ってる。知らないけど、知ってるよ。そんな気がする」。
「そっか。嬉しいな」。
その微笑みは変らず、寂しげだ。
彼女が何者なのか。なぜ、名乗ってくれないのか。なぜ、寂しげなのか。
優人にはまったくわからない。
「じゃあさ、それはなに?」
優人は、女性の右手を指差す。
彼女の右手は、紫色の煙のようなものが、ぐるぐる回っている。
それを見ると、女性は、さっきより少し明るく微笑み、小さく呟いた。
「そっか、こういうことだったんだ」。
「なに?どういうこと?」
「お姉さんはね、これを優人くんに渡しに来たの」。
彼女は優人の右手を取って、ぐるぐる回る煙の塊を乗せた。
「え? なあにこれ? 中身が見えなくてわかんないよ」。
「大丈夫だよ。明日になったらわかるから」。
言うや否や、彼女は優人の小さな体を抱き寄せた。
すると、どこからか吹いてきた強い風が、あたりを包みこむ。
「優人君、お姉さんはもう行かなきゃいけないの。多分もう会えないけれど、私のこと。忘れないでね」。
優人は、自身を抱きしめる人物の香りを。思い出した。
「待って! 置いていかないで」。
「バイバイ、優人君」
自分を抱きしめてくれていた体温は、羽毛が飛んでいくかのように消え去り、目に映ったのは見慣れた自分の部屋。
カーテンから差し込む光は、夢の終わりと朝の訪れを知らせている。
「……これは?」
優人は、右手に何かを握っている。恐る恐る手を開くと、そこにあったのは小さな鈴だった。
優人は、すぐに気づいた。
それは、半年前に居なくなってしまった飼い猫・モモコの首輪につけていた鈴だ。優人は、手のひらで鈴を包み込む。
「ありがとう。モモコ。会いに来てくれて。僕、絶対忘れないよ」。
モモコが目を覚ますと、そこは先程の公園ではなく、交差点だった。
周りはだだっ広く、地平線しかない。
「お前、やりすぎなんだよ。もう少しで正体がばれるところだったぞ」
香坂は、相変らず野暮ったく呟いた。
「助けてくれるって、ああいうことだったのね」。
「お前が握っていたものを渡そうとしていたのはなんとなく気付いていたからな。どうせ自分の素性がわかるものだと思っていた」。
煙草に火を点け、香坂は続ける。
「これで俺の仕事は終わりだ。お前はこのあと、この交差点から道を選んで、あの世へ向かう」。
「どの道が、どこに続いているの?」
「さあな、そこはサンタの管轄外だ。けど、聞いた話だと人間以外の動物には地獄というものがないらしい」。
「なんで?」
「『業』ってもんを持っているのが、人間だけだからって話だ」。
「ふーん」。
モモコは真ん中の道を見つめた。なぜか、この道が自分の行くべき道だと思ったのだ。
「香坂さん。ありがとうね。最高のクリスマスだった」。
「仕事が残っている俺のクリスマスは終わってないんだがな」。
モモコは「ふふふっ」と笑い、歩き出す。そして、すれ違いざまに香坂に何かを手渡すと、一気に駆けだした。
「たまにはサンタさんにもプレゼントだよ! さっきコンビニで買ったの! また会えたらいいね!」
遠ざかるにつれ、元の猫の姿に戻っていくモモコが、地平線の彼方に消えるのを見守り、香坂は振り返る。
モモコから貰った、携帯灰皿に煙草の吸殻を詰めながら、かすかな声で彼は呟いた。
「ああ、また会えるといいな」
ぶっきらぼうなサンタクロースは足早に歩みを進める。そう、次の現場へ急がなければいけないのだから。
あとがき
これは、だいぶ前に書いた物語を、#アカリウム創作大賞 のために再編した作品です。
すごく思い入れがあったものの、なかなか表に出す機会がなくて眠らせていた作品でした。
「季節感も合ってないな」と、思いつつ、普段と違う創作ものを出すには、この作品しかないと思い、公開した次第。
あかりちゃん、素敵な機会を与えてくれてありがとう。調整が追いつかなくて、期限ぎりぎりになっちゃいました。
実は、この話には続きがあって、香坂の話は続いているのですが、それはまたいつか、それこそクリスマスの季節に。
