恐怖ベースから安心ベースに生きる
人生をもっと明るく、気楽に、軽やかに生きるにはどうすればいいいか。
生きにくさを感じている原因は、自分の言動が全て「恐怖ベース」だからだった。
人に優しくするのも、好かれたいから。
あまり合わないと感じている人にも自分から声かけるのも、友達を失うのが怖いから。
恐怖ベースの優しさって、
「嫌われたくない」
「見捨てられたくない」
「怒らせたくない」
「雑に扱われたくない」
「相手に悪く思われたくない」
から生まれる。相手を評価者や私をジャッジする存在として認識してる。一見優しくて穏やかな人に見えるけど、本人はめちゃくちゃ疲れる。
恐怖ベースは、もちろん見返りも求める。
私が割いた労力分相手も私に愛を返してくれる?これからも関係を続けてくれる?私のこと気にしてくれる?この人にとって自分は何番目なんだろう?
そしてさらに苦しいのが、相手の愛情を確認するために、もっと尽くしてしまうこと。
「これだけやったんだから、さすがに私のこと好きだよね?」
「これだけ連絡したんだから、向こうからも来るよね?」
「私がこんなに大切にしてるんだから、私を失いたくないよね?」
でも、これは愛情というより、不安との取引になってしまう。
「嫌われたくない」「見捨てられたくない」という恐怖(欠乏感)からスタートし、 自分が本来払いたいわけではないコスト(気遣い・我慢・労力)を差し出す。結果として、「これだけのコストを払ったのだから、対価として関係の保証(愛・関心・継続)をよこせ」という等価交換の心理が生まれる。
余裕から出る優しさは違う。
「まあ、この人が困ってるなら助けようかな」
「この人好きだから誘おう」
「面白そうだから一緒に行こう」
「別に断られてもいいけど、聞いてみよう」
私が目指しているのはこっち。これは他者との境界線を引きつつ、自分主軸で選択している状態。「愛されるために人に優しくする」から「自分がやりたいから人に優しくする」に移行したい。
好きな友達が私を誘ってくれなくても、返事が遅くても、それは友達の事情もあるし自由だねって素直に思えること。
当たり前だけど、他人は自分の期待を満たすために生きていないし、自分も他人の期待を満たすために生きていない。
悲しい、寂しい、残念、ショックという感情は否定せず、それを「自分への価値や評価」と結びつけないこと。人に優しくすることを「愛されるための手段」として使うのをやめること。
だからこそ、誰とでも境界線が重要になる。
「あなたが私を好きかどうかとは別に、私は私の人生を生きる」
というマインドに少しずつ戻っていく。
一人でも食べたいものを食べる。
聴きたい音楽を聴く。
写真を撮る。
知らない人と話す。
面白い街に行く。
中国人の友達と火鍋を食べる。
「この人、火鍋の調合うますぎる」と笑う。
そういう「私の人生」を取り戻していく。
その中に、恋愛も友達も入ってくる。
そもそも、友達でも恋人でも、去ろうとしている人を追う行為は、自分の価値を自分で下げる行為だった。
「私はあなたに縋らないと成り立ちません」という非対等な関係を自ら作り出すことになるし、時間が解決する可能性すら潰してしまいかねない。
今の不安や恐怖を少しでも解消するためにすがったとして、それは一時的な解決にしかならず、根本的な不足感は補えない。信頼も崩れる。
自戒だけど、人間関係には波がある。
放置しておけば、半年後や数年後に相手の状況が変わって「また話したいな」となる可能性は残るけど、しがみついて追撃すると、その「将来的な復元可能性」すら完全にゼロにしてしまいかねない。
だけど、実際はそう簡単に割り切れないからこそ、私たちは苦しむ。 いざ「友達に捨てられるのではないか」「このまま離れていってしまうのではないか」という恐怖が浮かぶと、心がザワザワするし、落ち着かなくなる。
「あの人はスケジュールが埋まっていて充実している。将来の目標ややりたいことも明確で、そこに向かって進める環境もある。それに比べて、私は? 私はどうすればいいの? そもそもなぜあの人ばかり充実しているの? あの人がいなくなったら、私はどう生きていけばいいのだろう」
冷静さを失い、視野が極限まで狭くなっている。
「人は人、自分は自分」
最初から、自分と相手は全く別のレールを歩いている。それを強引にでも認識するために、不安な時はよく自分に言い聞かせる。
そして、最も大切なルールがある。それは、「不安な感情のまま行動しない」こと。
不安に支配されると、つい安心を得たくて友達にしがみつくような質問を執拗に投げかけたり、ネットに感情をぶちまけて検索を繰り返したりしたくなる。
でも、どれだけ焦って動いたところで、現実の生活は不安を感じる前後で何一つ変わっていない。 感情は一時的。
ただ落ち着くまで待てばいい。動画を見て気を紛らわしたり、お気に入りの音楽を聴いたりして別のことに意識を向けていると、自然に心は平穏を取り戻していく。
生きにくさを分析して、心の勉強をしながら生きているこの頃。
学生時代より、よっぽど落ち着いて生きやすくなってきた。
持病があって生きにくい世の中で、心だけでも、もっと生きやすく、軽やかになりたい。
