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「炎上キーボード 老眼鏡編」#シロクマ文芸部

※約2年前に書いた「炎上キーボードシリーズ」の唐突な続編となります。タイピング速度が速すぎるために、執筆するたびにキーボードを炎上させる筒井と、いろいろな発明で筒井をサポートする小松の青春物語。


 古本を漁っているのに作家名も作品タイトルもぼやけてどれが誰の本だか分からなくなっていた。何十年も前に出版された古びた本より、自分の方がずっと衰えているようだった。かつて鍛えた筋肉も随分痩せてしまった。それに本当に探し当てたい作家名は、他人のものではなく、自分の名前だったはずなのに。そのような書物はどこにも見つからなかった。

 古本屋の百円均一本の前でしかめっ面をしている私に話しかけてくる者がいた。
「筒井じゃないか」
「小松か」
 かつての親友であり、文芸部員として筋トレ執筆や空中執筆や海底執筆を共にした仲間である小松も、すっかり年相応の親父になっていた。話を聞くと、世界的な企業である父の会社を継いだのだという。研究費用を使いたい放題に使って、役に立たない物を作り続けているのだという。
「君の目は、老眼だよ」
 薄々感づいてはいたが、認めるつもりはなかった。かつての私であれば、執筆中に敵国スパイに催涙スプレーをかけられても、十秒で視力は元に戻っていた。骨折も二時間で治った。

「加齢には勝てんのさ」小松はそう言って笑った。懐から老眼鏡を取り出した。
「だから若返り機能付きの老眼鏡を開発した。ただし副作用が……」
 もちろん小松の話は最後まで聞かずに老眼鏡を奪い取ってかけてみた。一瞬、居並ぶ古本の作家名も題名も、その中に書かれている文字も結末までも見えた気がした。しかし本棚が巨大化して、一瞬くっきりとした視界がぼやけてしまった。服もぶかぶかになっていた。ベルトがゆるくなってズボンが落ちた。きゃあ、と思わず悲鳴をあげると、それは声変わり前の、高くてのびやかな少年の声だった。美声が私の声から漏れ出ていた。

 私より背の低いはずの小松が見下ろしている。
「若返った気分はどうだい」
「妙にむずむずする。用事もないのに無駄にあちこちうろついたり、飛び跳ねたり、虫を探したい」
「少年時代というやつだな」
「しかしどうして視界がぼやけているのだ」
「加齢とともに老眼が始まる。つまり若返ると老眼ではなくなる。老眼でないものが度の強い老眼鏡をかけるとどうなる」
 焦点を調整する必要のない目になっているのだから、老眼鏡は無用の長物となったわけだ。ならば外すまでだ。私は老眼鏡を外して小松をにらみつけた。
「出来損ないの不良品を……」
 言葉の途中で、声色がどんどん低く変化していった。
「老眼鏡をかけている間しか若返ることはできない。外すと元に戻るどころか、反動で十歳歳を取る」と小松が説明してくれた。
 皺が増えた。文字は更に読めなくなった。ズボンはずり落ちたままだ。古本屋の店主が警察に通報しようとしていたので、小松は金をちらつかせた。
「元の年齢には戻れるのか?」
「心配するな。何人か戻らなかったが、それ相応の慰謝料は渡した」
 幸い戻ることはできた。

 それから私たちは近況を話し合った。私は娘の反抗期について。小松は気象実験のやり過ぎで夏の暑さが酷くなってしまったことなど。帰りに百均で老眼鏡を購入した私は、再度古本屋を訪ねた。警察に通報する振りをすればお金が貰えると勘違いしてしまっている店主が、本当に通報した結果、私は捕まった。ズボンを上げるのを忘れていた。

(了)

 今週のシロクマ文芸部「古本を」に参加しました。

 先日老眼鏡デビューを果たしました。動画を観ながら昼食を食べていた昼休みの終わりに、老眼鏡をソフトケースに片付けようとしました。しかし顔に老眼鏡はなく、ソフトケースの中に老眼鏡は入っていました。始めからかけていませんでした。ホラーでした。「かけたら若返る老眼鏡」を思いつきました。若返ると老眼鏡は必要なくなりました。発明といったら小松だな、ということで「炎上キーボードシリーズ」を思い出しました。書きました。


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