名馬紹介 ウオッカ
歴代の牝馬の中でも大好き度最上位格、7つのG1を制したウオッカ(2004年生 牝)を紹介します。
◆ 名前
彼女の名前「ウオッカ」は、父タニノギムレット(2002年ダービー馬)からの連想で付けられました。
ギムレットより強いお酒が良いということです。ただギムレットはジンベースなのですが。
また、オーナー谷水氏の冠「タニノ」を付けると、水割りなってしまいアルコール度数が薄まると考え、敢えて冠を外したそうです。
私は、彼女の名前を聞いたとき「こんなシンプルで、強くて、美しい名前はない」と思いました。
彼女以降、3文字とか4文字の馬名が増えた印象です。
◆ ダービーまで
デビュー戦こそ勝利するも、2戦目を取りこぼします。辛くも抽選を切り抜けて、阪神JFのゲート辿り着くと、快勝します。
3歳になってチューリップ賞で初めて、永遠のライバル、ダイワスカーレットと初顔合わせ。クビ差かわして勝利しました。
しかし、桜花賞ではダイワスカーレットをかわすことができず、2着に終わります。
◆ ダービー
関係者は、桜花賞で2着に敗れたものの、当初予定通りに、ダービーに進むことを決断しました。
当時のファンからは、ダービー出走に否定的な声が多かった印象です。しかし、ゴール板前を最初に通過したのは、ウオッカでした。
レース内容は後述します。
ところが、そこから約1年間、勝ち星から見放されます。
◆ 古馬になってから
古馬になってからは15戦5勝ですが、その5つの勝ち星全てがG1です。しかも牡牝混合戦が4つを占め、距離もマイルから2400mまでと幅が広いのが特徴です。
また、国内のレースでは、古馬になって初戦の京都記念以外は全て3着以内と、常に精一杯期待に応えた走りをしてくれています。
◆ 3大レース
彼女のベストレースは、皆んなそれぞれ異なると思います。以下は全くの個人的な思い出に基づく、3大レースです。
結果的に、毎年1レースずつ、その年のベストレースを選んだ形になりました。
・ 2007年 日本ダービー 感動の直線
徳仁天皇が皇太子時代に御台覧された第74回日本ダービー。ウオッカは3番枠から絶好のスタートを切ります。
四位騎手は外を見続け、先に行きたがる馬を一通り行かせ、中団の内ラチ沿いにポジションをとります。
四位騎手は前に行きたがるウオッカの手綱を引いて、脚を貯めます。向こう正面で徐々に外側に展開し、直線では馬場の真ん中に進路を取ると、上がり600mをメンバー最速の末脚で走り、後続に3馬身を付けてゴールしました。
64年ぶりの牝馬による日本ダービー優勝でした。しかも、感動すら覚えるほどの美しい快勝でした。
・ 2008年 天皇賞(秋) 伝説となった直線
伝説となった、ライバルのダイワスカーレットとの激闘です。
戦前の予想通りにダイワスカーレットがハナを切り、前半1000mを58.7秒のハイペースで逃げます。
中団に位置したウオッカは、直線外側に進路を取ります。残り200mではダイワスカーレットの脚色がいっぱいになったように見え、ウオッカが突き抜けると思いました。
しかし、ダイワスカーレットはそこから盛り返します。最後2頭が並んだところがゴールでした。
13分に及ぶ写真判定の結果、2㎝の差でウオッカに軍配があがりました。
勝ち時計はコースレコードを0.8秒縮める、衝撃的なものでした。
・ 2009年 安田記念 驚愕の直線
戦前からウオッカの一年後輩のダービー馬、ディープスカイとの二強対決と評判でしたが、実際にまさに二強の激しいレースでした。
勝負は直線に入ってからです。
ディープスカイの鞍上は、日本ダービーでウオッカを栄光のゴールにエスコートした四位騎手です。彼はウオッカの後方でレースを進めます。
直線でウオッカが一瞬進路をどこに取るか逡巡した隙を突いて、ウオッカの内側の一頭分しかない狭いスペースに突っ込み、一気に先頭に立ちます。
一方、ウオッカは唯一の進路を塞がれ、目の前に先行馬の厚い壁がそびえ立ちます。残り200m時点でも、どうにもなりません。
進路がないと思われた瞬間、その外側にできた小さな切れ目を見つけると、とんでもない瞬発力でこじ開けて抜け出します。
ところが、抜け出した先の道を、今度はディープスカイが塞いでいます。万事休すと思った時、ウオッカはトップスピードで直角に曲がったように見えるステップを踏むと、一頭分外側に進路を取り直す神技を披露、そこからさらに加速して先頭でゴールしました。
鞍上の武豊騎手はレース後に「良い騎乗ではなかったが、馬に助けてもらった」とコメントしています。
見終わった後に、暫く震えが止まらないほどの驚きを覚えたレースです。
◆ 強力なライバル、ダイワスカーレット
いつの時代でも、何度も激しい戦いを繰り返す強力なライバルがいると、その輝きはさらに増します。
テンポイントとトウショウボーイの関係は、その最たる例だと思います。
ウオッカの名を輝かせているのは、ダービー制覇もありますが、ダイワスカーレットとの激闘の数々があるからこそだと思います。
ウオッカは最初の対決となるチューリップ賞では先着したものの、その後は桜花賞、秋華賞、有馬記念と3連敗となります。
そして、古馬になってからの唯一の対決であり、2頭の戦いの集大成となった翌年の天皇賞(秋)で、2頭は伝説的なレースを繰り広げました。(前述参照)
「安定度ならダイワスカーレット、最大能力ならウオッカ」という評論は、的を射ていると感じました。
そのため、勝つときも負ける時も派手なウオッカの方が、安定度抜群、パーフェクト連対のダイワスカーレットよりも、人気が高かった印象です。
◆ レッドディザイア(2006年生 牝)
もう一つの有名なエピソードは、2歳年下のレッドディザイアとの関係です。
レッドディザイアはウオッカ先輩のことが大好きでした。ドバイ遠征した際に、先にウオッカが馬房から出発したため、寂しくて落ち着かなくなったとのこと。
そのため、ウオッカがいた馬房に、等身大の写真を貼ったというのは有名なエピソードです。
