距離を取り直しながら支える現場で
第2章では、揺れを抱えたまま、
それでも支え続けるということについて書いてきました。
ここからは第3章として、
その「揺れ」を抱えたまま、
支援者がどんな距離で人と関わっていくのか。
現場の中で私自身が選び取ってきた関わり方について、
少しずつ言葉にしていきたいと思います。
これまでの現場の中で、
私は何度も「関わりすぎた」と感じる瞬間と、
「もう少し関われたかもしれない」と感じる瞬間の、
両方を経験してきました。
近づいたことで、相手の選択を奪ってしまったのではないか。
離れたことで、必要な支えを手放してしまったのではないか。
そのどちらも、後になってから気づくことがほとんどです。
だからこそ、「ちょうどいい距離」を最初から持つことはできないのだと、
少しずつ思うようになりました。
距離は、決めるものではなく、
関わりの中で、何度も取り直していくものなのだと。
そして気づいたのは、
距離を間違えないことよりも、
間違えたと感じたときに、どう立ち直すかのほうが、
ずっと大切だということでした。
一度近づきすぎたと感じたなら、
少し引いてみる。
離れすぎたと感じたなら、
もう一度、隣に立ち直してみる。
そうやって関係の中で、
行き来しながら距離を調整していくこと自体が、
支援の一部なのだと思うようになりました。
それでも、距離を取り直すことは、簡単ではありません。
「もう一度関わっていいのか」
「今さら近づくのは遅いのではないか」
そんな迷いが、何度も頭をよぎります。
それでも私は、
揺れたまま、もう一度関わり直すことを、
少しずつ選ぶようになりました。
近づきすぎてしまった、と感じた出来事があります。
関わりを重ねる中で、
相手の思いやしんどさに、できるだけ応えたいと思い、
できることを少しずつ増やしていきました。
その結果、いつのまにか、
「なんでもやってもらえる存在」として
受け取られてしまっていたのだと思います。
あるとき、
それは難しいかもしれない、と伝えた途端に。
「わたしの気持ち、よくわかるって言っていたよね。
同じ思いをしたことがあるって言っていたのは、ウソだったの?
そんな適当に接している人の支援は受けたくない」
そう言われて、
言葉が返せなくなりました。
相手を大事に思って関わってきたつもりだったのに、
その関わりが、結果として、
期待を大きくしすぎてしまっていたのかもしれない。
わかろうとしていたはずの気持ちが、
「わかってくれる人」という役割に、
すり替わってしまっていたのかもしれない。
近づこうとしたこと自体は、
間違いではなかったと思いたい。
でも、その距離の取り方には、
どこかで無理があったのだと、あとから気づきました。
近づくことで生まれるものがある一方で、
近づきすぎることで、関係が歪んでしまうこともある。
その両方を経験して、私は、
「どれくらい近づくのか」ではなく、
どんな距離で関わり続けるのかを考えるようになりました。
では、離れすぎてしまったとき、
関係はどのように変わっていくのでしょうか。
次は、
「関わらなさすぎた」と感じたときのことについて、
書いてみたいと思います。
