推しと一言、何を話す?――「またね!」と言えなかった話
推しと一言、何を話すか
推しと一言、何を話すか。
これは人類永遠の問いである。
いや、さすがに人類全体を巻き込むには話が大きすぎるかもしれない。
火の発見や農耕の開始と並べるには、少しスケールが違う。
でも、接触イベントの列に並んだことがあるオタクにとっては、かなり切実な問いだと思う。
いくぜぶどうかん!!
今回参加したのは、東山奈央さんの武道館ファイナル公演へ向けたキックオフイベントだった。
イベント内容やファイナルライブへの想いについては話がとても長くなるので、今回は割愛する。
イベントの最後にはグータッチ会があった。
ただし、いつものリリイベお渡し会のように、少し立ち止まって話す感じではない。
列が流れていく中で、本人とグータッチをして、一言だけ添える。
ほとんど一瞬の邂逅である。
いや、そんなに格好つけた言い方をする必要はない。
要するに、「一言勝負」である。
非常に難しい。
本人を目の前にして、一言だけ話せるなら何を言えばいいのか。
「ありがとう」
「応援しています」
「武道館楽しみにしています」
作品の感想を伝えるか。
名前を呼ぶか。
次のイベントの話をするか。
どれも正解だと思う。
だからこそ悩む。
私が用意した言葉
私が選んだ言葉はこれだ。
「またね!」
短い。
明るい。
噛みにくい。
次につながる。
高速グータッチにおける、かなり優秀な圧縮言語であろう。
あまり長い言葉は言えない。
相手もたくさんの人とグータッチをしている。
ならば、こちらも一瞬で伝わる言葉にするべきだ。
「またね!」なら、軽やかで、前向きで、次につながる。
自分でも、これ以上なくちょうどいいと思った。
いけるぞ。
待機時間の中で、私は準備を整えた。
本人を目の前にした瞬間
列が進む。
前の人がグータッチをして、流れていく。
いよいよ自分の番になる。
目の前に本人がいる。
その瞬間、私は思った。
いや、待て。
「またね!」は、ちょっと距離が近すぎないか。
もちろん、悪い言葉ではない。
親しみを込めた、明るい言葉だ。
実際、本人から言われたらとても嬉しい言葉だと思う。
けれど、自分の側から先に言うとなると、急に少し馴れ馴れしいような気がしてしまった。
画面越しに、ステージ越しに、ラジオ越しに、ずっと見てきた人。
こちらの中には親しみがある。
でも、目の前にいるのは、今まさにイベントを終え、たくさんの人と向き合っている一人の人でもある。
こちらが事前に用意したプランは、本人を目の前にした瞬間、やっぱり違うと却下された。
ほんの一瞬で、言葉を選び直した。
そして口から出たのは、
「お疲れ様です。また会いましょう」
だった。
少し硬い。
少しよそ行き。
でも、自分にはそれが自然だった。
返ってきた言葉
すると、返ってきた言葉は、
「ありがとう。また会おうね」
だった。
とびきり素敵な笑顔と共に。
そのままグータッチをした。
一瞬だった。
でも、ちゃんとグーの先に温度を感じた。
たしかに感じた。
あれはその場の自然な返事だったのだと思う。
それでも、自分にとってはその日の最後に残るには十分すぎる言葉だった。
「またね!」と言えなかった理由
あとから考えると、あれは正解の言葉を選べたというより、その場の自分が出ただけなのだと思う。
「またね!」と言いたいくらいの親しみはある。
でも、それ以上のリスペクトもある。
勝手に距離を詰めすぎたくはなかった。
だから出てきたのが、
「お疲れ様です。また会いましょう」
だった。
答えはその場で変わる
推しと一言、何を話すか。
いまだに正解は分からない。
たぶん次も、直前まで考えると思う。
そして、また本人を目の前にした瞬間、用意した言葉を疑い始めるのだと思う。
でも、それでいいのかもしれない。
推しと交わす一言には、自分がその人とどういう距離で向き合いたいかが出る。
その一瞬の迷いも含めて、あの日の自分はかなり人間だった。
推しと一言、何を話すか。
永遠の問いである。
たぶん次にまた会えた時も、答えはその場で変わる。
だからまた、会いにゆく。

