「お客さん、こういうの好きでしょう?」――『パトレイバーEZY』が気持ちよかった理由
※以下、5/15 公開の『機動警察パトレイバー EZY File 1』の内容に軽く触れています。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
先月、完成披露舞台挨拶つきの上映会で『機動警察パトレイバー EZY File 1』を観た。
正直、もっと身構えていた。
長い年月を経て帰ってくる旧作付き新作というものを、私はあまり信用しきれていない。旧作ファン向けの懐かしネタを並べるだけになるのか。それとも、今風に整えすぎて別物になってしまうのか。そういう不安はどうしてもある。
旧作付き新作で本当に難しいのは、過去を出すことではなく、過去をどう出すかだと思う。
ところが、実際に観てみると、その警戒心はかなり早い段階で薄れた。
これは、懐かしい。
けれど、ただ懐かしいだけではない。
ちゃんと今の時代のパトレイバーとして動いている。
そう感じられたのが嬉しかった。
EZY File 1は、一本の大きな長編映画というより、三本のエピソードを積み重ねる構成だった。大事件がいきなり始まるわけではない。特車二課の日常があり、街があり、少し変な事件があり、隊員たちが出動する。
この呼吸で、かなり安心した。
パトレイバーは、巨大ロボットが世界を救う話ではない。レイバーという機械が社会に入り込んだ結果、そこで起きる面倒ごとを描く作品だと思っている。だから、事件の規模は必ずしも大きくなくていい。むしろ、街のイベントや、暇な職場や、撮影現場のトラブルにレイバーが絡んでくるくらいのほうが、妙にしっくりくる。
そして今回、その「しっくりくる」感じがかなりあった。
旧作ファンへの目配せも多い。
旧作を踏襲したオープニングナレーション。妄想の場面に出てくる零式を思わせる存在。映画用プロップとしてのヘルダイバー。押井守作品へのパロディ。エンドクレジットに出てくる「許諾 押井守」。
こう並べると、かなりファンサービスが多いように見える。実際、多い。
だが、不思議と嫌味ではなかった。
なぜだろうと考えると、出し方がうまかったのだと思う。
たとえば第1話では、違法改造レイバーの暴走が描かれる。2030年代の事件としては、SNSや今の技術環境を絡めた新しいトラブルなのだが、旧作を知っている観客は、そこで自然に思い出す。
ああ、劇場版のパトレイバーって、暴走するレイバーの話だったな、と。
制御するはずのOSが、人間の思惑を超えて動き出す。社会の中にある技術が、ある日突然、牙をむく。あの感覚が、身体の中で起き上がってくる。
そして次の第2話では、妄想上の敵として零式を思わせる存在が出てくる。
ここがうまい。
現実の大事件として出すのではない。あくまで妄想の中に置く。だから重くなりすぎない。知らない人には「なんだか強そうな敵レイバー」として見えるだろうし、知っている人は「そうそう、これこれ」と記憶をくすぐられる。
つまり、旧作ネタを雑に置いているのではなく、観客の記憶を順番に起動している。
第1話で「暴走するレイバー」の記憶を呼び起こし、第2話で「零式」の記憶にそっと触れる。
この順番と距離感で、こちらの記憶が自然に温まっていった。
悪いファンサービスは、「ほら、懐かしいでしょう」と大皿で出してくる。
EZYはそうではなかった。
私には、長く通っている店のマスターが、こちらの好みを分かったうえで、何も言わずに一品出してくるように感じられた。
「お客さん、こういうの好きでしょう?」
そう言われているような気がした。
しかも、それを得意げに説明しない。ただ皿を置く。こちらはその味で勝手に思い出す。昔、この店で食べた味を。昔、好きだったものを。
過去作の記号を見せびらかすのではなく、過去作を知っている客との信頼関係として置いてくる。
だから、懐古ではなく「もてなし」に感じた。
ここで、ただの懐古ネタとは違うと思えた。
一方で、EZYは懐古だけの作品でもなかった。
ドローン、SNSのトレンド、AI制御、違法改造レイバー、自立型ロボットへ移行しつつある社会。そうした要素が、2030年代のパトレイバー世界として自然に入っていた。
ここも大事だと思う。
古い作品を現代化すると、作品の体温が下がることがある。
近代化の名目で、作品の匂いまで消毒されてしまうことがある。
だがEZYの場合、現代化は作品を冷ますものではなく、パトレイバーの世界をもう一度動かす燃料になっていた。
技術が社会に入り込み、その便利さが新しい事故や犯罪を生む。
これは、もともとパトレイバーが描いてきたことだ。
だから、ドローンやAI制御が出てきても、「今っぽいものを足しました」ではなく、「レイバー社会が2033年まで続いたら、こういう面倒ごとが起きるかもしれない」と受け取れた。
違法改造レイバーの暴走も、AI制御の不調も、民間ドローンによる盗撮も、ひとつひとつは小さな事件だ。
けれど、少し見方を変えれば、大きな事件の導線にも見える。劇場版を知っている観客なら、どこかで竹中直人声の怪しい男が出てこないものかと、勝手に身構えてしまう。
でも、何もつながらなくてもいい。
単発の小事件で終わっても、それはそれでパトレイバーらしい。
この、どちらにも転がりうる感じが楽しかった。
そして、この「新しい第二小隊」の入口として、久我十和がかなり良かった。
彼女は、野明の再演ではないように見えた。
野明にはレイバーそのものへの強い思い入れを感じるが、十和はまず、前へ出る人間として立っていた。熱血肌で、少し猪突猛進で、行動力がある。
そして、そこに上坂すみれさんの声が乗ることで、可愛げと親しみやすさが生まれている。
男前さと可愛さの両立。
それが、久我十和の第一印象だった。
ただ勇ましいだけではない。勢いがあるのに、応援したくなる。落ち着いた雰囲気の桔平とのコンビ感も心地よく、この二人を軸にした新しい第二小隊をもっと見てみたいと思えた。
十和がどんなきっかけでレイバーに乗るようになったのか。これからどんな思いでレイバーと向き合っていくのか。
そこはまだ見えていない。だからこそ、次を見たくなる。
EZY File 1は、完成された大作というより、新しい第二小隊の始まりを見せる導入編だった。
だが、その始まり方がとてもよかった。
懐かしいものを見せられたから嬉しかったのではない。
懐かしいものが、今の時代の空気の中でちゃんと動いていたから嬉しかった。
旧作と同じものが見たいわけではない。
けれど、旧作が何で面白かったのかを間違えないでほしい。
EZYは少なくともFile 1の時点で、その期待にかなり応えてくれた。
パトレイバーが帰ってきた。
イングラムだけではない。
特車二課の日常が、2033年にもう一度動き出した。
そう思えた時点で、もうだいぶ負けである。
やったぜぶっちゃん。
