そりゃデカい方が勝つだろ。うん、でも、そうじゃないんだよ!――東京女子プロレス SUMMER SUN PRINCESS ’26観戦記
いつの間にか恒例となった後楽園ホールでの東京女子プロレス観戦。今回の席は、南側K列だった。
リング全体を見渡しやすく、選手の動きや試合の組み立てを追いやすい。一方で、近い席ほどには表情や息遣いが伝わってこない。身体がマットへ落ちる痛みも、少し遠く感じられた。
近い席では、一人の身体を見る。
遠い席では、大会全体に並べられた関係を見る。
7月18日の「SUMMER SUN PRINCESS ’26」は、そんな距離から見る大会だった。
誰かの第一話と、誰かの最終章
以前、東京女子プロレスの大会を、昔の東映まんがまつりの同時上映のようだと思ったことがある。
コミカルな試合もあれば、激しくベルトを争う試合もある。雰囲気の違う物語が、一つのリングで次々に上映されていく。
今回、その感覚を改めて強くした。
さとうもも選手にとってはデビュー戦。上福ゆき選手にとっては引退へ向かうロードの始まり。初対決があり、再戦があり、初めての王座挑戦があり、過去から続くライバル同士のタイトルマッチもあった。
誰かの第一話と、誰かの最終章。
新作と続編と完結編が、同じリングに並んでいた。
三つのタイトル戦には、それぞれ大会の柱となる大きな物語があった。それでも今回、あとから何度も思い返したのは、試合が始まる前から有利と不利が見えていたカードだった。
勝敗以前から、差が見えていた
さとうもも選手は、デビュー戦となるタッグマッチで高見汐珠選手のコアラクラッチに敗れた。
今大会デビューの試合をする選手と、すでにリングで経験を積んできた選手。その間には、強いか弱いかを論じる以前に、大きな経験の差がある。
試合で見ていたのは、現在の強さだけではない。さとうもも選手が最初の試合で何を見せ、ここからどんなプロレスラーになっていくのか。その始まりを見ていたのだと思う。

遠藤有栖選手とアジャコング選手の間には、体格だけでなく、経験、実績、知名度、威圧感まで含めた大きな差があった。
有栖選手は何度もドロップキックを放ち、アジャ選手の巨体を動かそうとした。結果は、アジャ選手のダイビング・エルボードロップによる勝利だった。
それでも試合後、アジャ選手は、有栖選手がトーナメントを優勝してベルトを獲ったら挑戦しに行くと告げた。
敗北は、その場で完結しなかった。
今は届かなかったという事実が、次にもう一度向き合うための宿題になった。
リングに立ち続ける限り、戦いは続いているのだ。

瑞希選手とクリス・ブルックス選手には、ひと目で分かる体格差があった。
クリス選手は男子で、身体も大きい。まともにぶつかれば有利なのは明らかだった。それでも瑞希選手の反撃が一発入るたびに、もう一発、もう一歩と期待してしまう。
二人の差が、本当は存在しなかったと美化する必要はないと思う。
差が見えているからこそ、瑞希選手がどこまで届くのかが気になる。予想どおり敗れたとしても、勝者だけでなく、向かっていった側の姿が記憶に残る。

自分が見たかったのは、番狂わせだけではなかった。
不利に見える選手が何を返すのか。何を残すのか。その敗北が、次の時間へつながっていくのか。
勝敗とは別の問いが、そこにあった。
最後に届かせた荒井優希
そしてメインイベントでは、不利な局面を実際の勝利までひっくり返す姿を見た。
王者は荒井優希選手だった。しかし相手は、東京女子のリーダーであり、荒井選手がプロレスを始めた頃から指導を受けてきた山下実優選手である。
山下選手の蹴りを受け、荒井選手の身体は何度も止まりかけているように見えた。
それでも、勝つ意思だけは止まっていなかった。
最後は新人賞、フルネルソンバスター、Finallyとつなぎ、山下選手から3カウントを奪った。
あれを意地や根性と呼ぶのだと思う。
もちろん、根性だけで山下選手に勝てるはずはない。技術を積み上げ、勝利できるところまでたどり着いた。そのうえで最後に技を出し切らせたものが、意地だった。
だからこそ、すごかった。
届かなかった選手もいた。
最後に届かせた選手もいた。
不利であることは、敗北を意味しない。しかし、不利に立ち向かえば必ず勝てるという美談でもない。
その両方が、一つの大会にあった。

違いを残したまま、同じリングに立つ
大会で見た不均衡について考えていたとき、プロレスリングHEAT-UP代表・田村和宏選手の記事を読んだ。
HEAT-UPでは、小学生レスラーが大人と試合をする際、大人側の打撃やスープレックスを制限するという。同じ条件では大人が圧倒的に有利になる。そこで使える技を制限し、試合が成立する形を考えている。
もちろん、これはサマーサンで見た成人レスラー同士の試合とは、状況も目的も異なる。
それでも、違いを排除の理由にせず、同じリングに立つための形式を考えるという理念には強く共感した。
プロレスは、条件の違いをすべて消してから向き合うとは限らない。
違う身体、違う経験、違う経歴を持ったままリングに立ち、その差も含めて試合にすることができる。
ただ、「敗れても価値がある」というだけで、いつまでも同じ関係を見続けたいわけでもない。
だから、有栖選手とアジャ選手の「次」が示され、瑞希選手がクリス選手からの3カウントを誓い、荒井選手が目標としてきた山下選手へついに届いたことには意味がある。
差があるところから始まっても、その関係まで固定されているわけではない。
差だけでは終わらない
遠い席では、選手の痛みが少し遠ざかる。
その分、不均衡な組み合わせを物語として面白がっている自分の残酷さも、忘れやすくなるのかもしれない。
それでも、遠くからリング全体を眺めたことで見えたものもあった。
始まったばかりの選手。終わりへ向かう選手。過去の相手と再び向き合う選手。大きな差へ挑む選手。そして、長く目標にしてきた相手へ最後に届いた選手。
それぞれが違う身体と経歴と時間を持ったまま、同じ大会を作っていた。
この日のリングは、差を隠さなかった。
差を見せたまま、その差だけで試合の意味も、その選手の未来も決めなかった。
勝つ側が見えていたとしても、リングを見る理由はそこにあるのだと思う。
もちろんいつでも奇跡の大逆転を夢見ながら。
