「なぜ絵を描くのか」わかった話
「タヌキの絵がほしい」
この言葉が、すべての始まり。
私は、ある人に「4匹のタヌキ」の絵を描いて贈ることになった。
私にとって「タヌキの絵を描くこと」「人に絵を届けること」がどういうことなのか。
思いがけず大事なことを考えたので、今回、その舞台裏を記事にしました。
(今回のnoteは7千字と長く、ちょっと真面目です。いつもは大真面目です。タヌキはかわいいです。タヌタヌ)
思いがけずタヌキ絵を贈ることに!?!?
話はさかのぼること今年の4月。
喫茶店で友人と話していたときのことだった。
「タヌキが好きで、タヌキの絵を描いている」
と、その人に伝えた。
その友人というのは、昔から相談にのってもらっていた、私にとっては大切な存在である。
じつは、「タヌキにハマっている」ことを今回初めて打ち明けたのだが、案の定「なんでポンポコタヌキ!?(笑)」と爆笑された。
(「なんで」って言われても、そりゃ「タヌキが好き」だからに決まってる)
どうぞ笑いのネタにしてくださいという気分だったが、爆笑以上に、すごくニッコリして「どんぐり子が特定の何かにハマるって初めてだね」と喜んでいたのが印象的だった。
そう言われると、たしかにそうだったかも。
ハマるものがまったくなかったわけではない。
周りの人や家族の影響とか、流行っててなんとなくハマっていた。
基本受け身だったことが多かった。
友人は、私がタヌキに会いに動物園へ遠征して、さらにはタヌキを描くため絵を描き始めて――と、何かに熱中している私の様子がよほど嬉しかったらしい。
「タヌキの絵がほしい!」
テンション高めにそう言われた。友人は近々引っ越しをする。引っ越し祝いにほしい、飾りたいと言ってきたのだ。
私は「いいよ」と引受けた。
あとから思う。
「たくさん描いてるし、趣味の延長線で喜んでくれるんだったら」と、そんなに深くは考えていなかった。
究極言えば、「タヌキが好きで絵を描く」だけなら、それが「友人(タヌキ好きではない)に贈る理由」にすぐ直結するわけではない。
なぜ私はタヌキの絵を贈ることを快く引き受けたんだろう。
考え始めてしまった。
ふだんは「それすなわちタヌキ!」で済ませるけど、せっかくなので考えてみた。
まず頭に浮かんだのは、「絵を贈る機会って初めてだったから」だった。
「プレゼントするために描くよ」なんて、自分から提案するのは恥ずかしい。
相手から「ほしい」と言われたこの時を逃したら、うやむやになって、今後その人に描いて贈ることなんてない気がした。
あと、その人にはこれまでお世話になっていた。
何かと心配をしてくれる人だった。
「私はいま、好きなことをしてこんなに楽しんで、まあ元気にやってますよ」
絵を贈って、安心させたかった。
感謝を形にして伝えたかった。
毎日顔を合わしはしないけど、新居に絵を飾って楽しんでほしかった。
自分が好きになったものを、その人と共有したかった。
そんな気持ちが、心の底にあったんだなぁと思う。
もちろん、初めからプレゼントや飾ることを目的として、ゼロから絵を描いたことは今までない。
気持ちを確認したところで「タヌキの絵を贈ろう」プロジェクトが始まった。
大変だったのはここからだった。

【構想】さて、どんな絵にしよう、、、
さて。何を描こう。
いや、タヌキではあるんですけど、、。
どんな絵だったら喜んでもらえるのか。
ただでさえ、プレゼントを考えるのも苦手なほうなので、けっこう悩んだ。
・どんな絵が喜ばれる?
スマホの画面で絵を見せたとき、
「こんなに丁寧に細かく毛を描くんだね!」
「タヌキって顔がシュッとしてるんだね!」
「けっこう目力あるんだね!」
と友人から言われたのを思い出した。
そう!タヌキの毛ってモフモフで!!だけど硬めで細いところもあって!!!モフモフの真ん中にある顔の暗さがたまんなくて!!!!それでそれでー!!
とは流石に説明はしていない。
けれど、好きだと思うタヌキポイントに注目してくれたのは嬉しかった。
タヌキの魅力が伝わるよう、自分の好きないろんなタヌキの表情をピックアップすることにした。
あと、1匹より複数いたほうが寂しくもない。
色鉛筆でしっかりめに描いて、特徴がわかるようにしようと思った。
・殺風景っていうのもなぁ、、何匹登場させようかなぁ、、
いつもは描きたいタヌキを描きたいように描いている。
しかし今回はプレゼント。飾られることを意識する必要がある。
となれば、白い紙にタヌキだけだと味気ない。
何か差し色になりそうな色を背景に敷こうと考えた。
飾ったときに部屋のイメージを損ねないよう、ここは友人に「何色が好き?」と聞いた。
好きな色は「セージグリーン」だという。
お茶っ葉のような、落ち着きのある上品な緑色だ。
(「好きな色はなに?」と聞かれて、こんなおしゃれカラーを即答できる大人になりたい)
緑といえばタヌキ。
多分「どん兵衛」さんによる功績で、物心ついたときから染み付いている一般常識だ。
いい組み合わせ。
いろんな緑を紙に塗って、草むらから数匹のタヌキが顔を出して見守っている。
そんな構図がいいな。
タヌキが森に溶け込んでいる感じを出したい。
タヌキの数はどうしようか。
信楽焼のたぬきの縁起の意味を表す「〝八〟相縁起」から8も一瞬考えた。
が、流石に多すぎる。
1匹あたりの大きさが小さくなってしまう。
2、いや3か、、など考えて、そういえば「風水で4の数字はいいのだ」と知人が昔言っていたのを思い出した。
家をぐるっと見守るにも、ちょうどいい数字な気がして、「4ひきのタヌキ」にすることにした。
・「幸福」を込めたくなった
前述の風水もだが、引っ越し祝いなので「縁起の良さ」も出したい。
タヌキ以外に何か「お守り」になるようなモチーフを描きたかった。
4だから四葉のクローバー?
いや、ちょっとありきたりか。
その人は四つ葉のクローバーというイメージでもない。
本来だったら色鉛筆でリアルなタッチのタヌキより、ポンポコポン!と腹太鼓をして踊り狂うタヌキのほうが、その人に合ってる気もしなくない。

(ちなみに踊っているのは盛岡さんさ)
信楽焼風に傘か?
ありがたい通帳か?
いや酒好きにはたまらん徳利か?
・・・
いろいろ悩んだ末、「金色の葉っぱ」にすることにした。
中央に配置して「なにかあったら見守りタヌキがドロンと変身して助けに行きますよ」という意味を込めることにした。
金色なら金運もアップで貰って嬉しいはず。
だいたい内容が固まってきたところで、下絵をサラサラ描いてみた。

紙はおなじみmarumanスケッチブックA4
いろんな角度のタヌキがいっぱいで、描くのがワクワクする!
「金色の葉っぱ」は、タヌキを全部描いてから考えることにした。
(この葉っぱ、あとあと仕上げ段階でヒヤヒヤすることになるのだが、、)
知らなかったよ! 額縁の世界
ちなみにスケッチブックの後ろに映っているのは、ニトリの「ポスターフレーム」(A4〜B5対応)。
手にするまでに時間がかかった背景がある。
「飾るってことは、額縁を用意しなきゃ」とは頭にあったのだが、買ったことがない。
ネットで調べてもピンキリでよくわからないので、買わないままになっていた。
遠出した際、とあるニトリ大型店に寄る。そこでたまたまこのフレームが目につき、「ここで買わないといけない気がする」と即決購入。
大きなニトリのフレームをかかえながら、新幹線に乗るという、間抜けな構図で家に持ち帰った。
まあこれにしてよかったんじゃないかなと思う。
さて、構想もできて、準備もできた。
いよいよ描き始めるわけだが、ここまでで5月半ばぐらい。
引っ越しと渡すタイミングから、6月上旬には描いておきたい。
いっちょやるかーと、ケツに火が少しつきはじめる。
のちに大変な目にあうことを、このときの私はまだ知らない。
1/4匹目:描き始め好調の「兄タヌキ」
いざ、お絵かきスタート!
私は右利きなので、描いた絵が手で擦れないように左上→左下→右上→右下の順で描くことにした。
まずは左上、1匹目のタヌキさんから。

首の襟巻きと、肩の間にある毛の密集地帯が、個人的に気に入っています。
耳がピンと立っていて、なんだか賢そうな顔立ち。
それぞれの目の色を変えてみようと思ったので、このタヌキにはオレンジを使用してみた。
周囲を警戒気味に見渡すようで、4匹のなかで兄貴分を張ってもいい感じがする。
頼りがいのありそうなこのタヌキを「兄タヌキ」と名付けた。
兄タヌキを描くのにかかった時間は、合計すると半日ぐらい。
2匹目、3匹目…となれば、慣れて時間も短縮されるはず。
大体1週間あれば完成すると見込んだ。
このペースであればいける!
順調順調。
2/4匹目:誤算の「弟タヌキ」
つづいて2匹目。
兄タヌキとは、少し違ったタヌキさんにした。

たれ耳タヌキ。こういうタヌキもいるんですよー!
耳がピンとした兄タヌキとは反対に、たれ耳のタヌキ。
毛の色はグレーと黄色を多めにして、身体のまるさを意識して塗った。
ちょっとわかりづらいけど目は深緑。額の狭さと目の落ち窪んだあたりに、思慮深さが宿ってらっしゃる(と私は思ってます)。
穏やかでのんびりして、どこか気弱そうでもある。
1匹目が兄貴分なら、これは弟分タヌキだな!
ここまで描くのに、見込んでいた倍以上の時間がかかってしまった。
というのも、1匹目の兄タヌキと比べると色の塗り加減が濃くなった気がして、弟を塗ったら兄を塗り足す、兄を塗ったらまた気になり出して弟を塗り足す、、と行ったり来たりしていたからだ。
飾ったときに色の差があったら台無しである。
進めれば早まると思っていたけど、複数のタヌキがいるというのは、「後から見るとここ気になるな」と注意するタヌキのポイントが増えることでもあった。タヌキ負債である。
4匹にしたのを後悔し始める。
ケツについた火が煙をあげはじめた。
いや、まだいける。
とにかく進むしかない。
(ここらへんから自分へプレッシャーをかけるために、制作過程をXに投稿しはじめたのであった)
3/4匹目:足止めの「姉タヌキ」
つづいて、右上の3匹目にとりかかった。
ところが、、。
タヌキのアイマスクを描いて目の色を塗ったころ、アクシデントが発生。
発熱と喉の痛み、咳が急にやってきた。
すぐに引くかと思いきやどんどん悪化。
喉の奥が火事のように熱い。
一気にペースダウン、、。
家にはいるけど、頭がぼーっとして描けない。
目の前の紙に集中ができない。
「よりによってこんなときに、、」と思うも仕方ない。
絵を描くにも体力がいるのに気付かされた。
いったんやむなくストップ。

外にも出れず頭も働かないので、ここは割り切って小休止。
ずっと気になっていたアニメ『違国日記』(原作ヤマシタトモコ)を視聴した。
「心が救われる」と話題になった本作。
身体が弱っていたのもあるかもしれないが、胸に響く言葉がたくさん出てきた。
あなたの感じ方はあなただけのもので誰にも責める権利はない
自分がどう感じるか。
それは「どう思われるか」「こうあるべき」とは違う次元にある。
自分の中だけにある。
それに気づかない期間が人生で長かった私にとって、「タヌキが好きだ!!」と楽しんでる今は、ある意味前進なのかなと思う。
ひとつ好きなものが見つかって、「そういえばあれもよかったな」「こういうのも好きだな」と、いろいろなことが見えた。
タヌキが好き
↓
タヌキののんびりと動く雰囲気、昔話で語られるような愛らしさが好き
↓
動物園でタヌキに会う・タヌキの創作物を集めだす
↓
タヌキの絵を描いて、好きなタヌキの世界観を自分で表現したくなる
↓
絵の勉強を始めて楽しくなる
↓
絵の鑑賞や、「世界観のある創作物」(語彙力が乏しいのですが、、絵だったらその一枚で景色がバーっと広がってワーッとなる)が好きになる
…と、これはほんのひとつの道筋である。
動物の生態に興味を持ったり、色んな場所に行きたくなったり、動物や絵が好きな人と話すのが楽しくなったり、作品の背景を知りたくなったり、好きなものを語る人の文章に惹かれたり、頑張る人の姿に胸が熱くなったり――
ほかにも枝分かれした。
結果、やりたいことがたくさん増えた。
私の世界が広がった。
友人が喜んでくれたのも、そこにあるような気がした。
心の栄養をチャージして、症状のピークが過ぎた頃にまたスタートする。
3匹目を描いた。お待たせ。

しなやかに波打つ首もとに感じるムジナ感
鼻先を向け、憂いをたたえていそうな紫の眼差し。
いかにも話を聞いてくれそうな、前を向いた耳。
「大丈夫?」と弱っている私に今にも寄り添ってくれそうである。
いや、私が弱っているからそう見えているかも。
人に会えない日が続いて、タヌキへ自己投影を始めた。
兄、弟ときたので、単純に姉タヌキとした。
まだ先は長い。
兄のときに予定していた1週間はとうに過ぎていた。
ケツの火は完全に燃え上がった。
スケジュールカツカツの、カチカチ山タヌキモードに突入する。
4/4匹目:大誤算「妹タヌキ」
病院で薬を処方してもらってから症状も少しずつおさまり、最終の4匹目に突入する。
ふと今まで描いた3匹のタヌキを見返す。

残すは右下の1匹
当初の下書きだと「正面を向いたタヌキ」だったが、なんだかバランスが悪いような気がしてきた。

いや悪いわけじゃない、けど、もうちょっとひねりを加えたい。
スケジュールはカツカツだが、完全に手が止まってしまった。
「あえてタヌキのお尻を描く?」
「上を見上げる?」
「モフモフな後頭部?」
突拍子のないアイデアが、あっちにこっちに、ウサギのように飛び出してくる。
もちろん、手間をかければよくなるというものでないのはわかっていた。
でも、
「差し上げる以上、少しでも楽しんでもらえる工夫をした」かった。
アイデアに寄って、ここまでの作業が水の泡になるかもしれない。
ウサギによって、大火傷して、泥舟に乗って沈むかもしれない。
だとしても、ギリギリまで考えたい。
ここにきて「おもてなし精神」が私に現れ始めた。
・・・
考えた末、「振り向く感じ」にすることにした。
文字どおり、タヌキの身体に「ひねり」をいれようという単純な発想。
だけど、見返りタヌキポーズ、見れたらさぞ嬉しいだろう。
(タヌケツにはしなくてよかったと思う。それはそれで面白そうだけど、見守りというテーマからは外れてる。危なかった)

視線をもらえる瞬間は嬉しすぎる
気持ちがかたまったところで、さっそく描く。

見守るというより、にらんでる、、?
これでは、もらった相手がびっくりしてしまうだろう。
やってしまった、、下書きどおり描けばよかった、と正直思った。
(その後悔が、左側の茶色い消しあとに現れてます)
冷静になって見返すと、4匹のなかでいちばんしっかりしてそう。
「ねえねえ。それ、ほんとうに大丈夫なの?」
と、詐欺電話や裏のあるおいしすぎる話が来た日には、このジト目で疑ってくれそうな慎重ささえ感じる。
新生活には気を引き締めることも大事だよね!
フォローに無理やり感は否めないが、これ以上は手が尽くせないので、背景を描きながら色味で調整することにした。
いちばん難産であった末っ子タヌキは、しっかりものの「妹タヌキ」とした。
【完成】背景と仕上げで迎えたケツ末
4匹をそろえてからも、描いては直し描いては直しで、なかなか背景に着手できなかった。
背景に入ったら入ったで、毎日ちょっとずつ色んな色を塗り足して、部屋の遠くに置き、どう見えるかを何度も見直した。
「完成」とは、一体何がどうなったら完成といえるのか?
頭に浮かぶ問い。
誰かに「これでいいよ」と言われたらどんなに安心するか。
私が絵を塗り足している間、日本列島に台風がやってきて、気づけばどこかに去っていった。
症状は喉と声枯れだけになったので、予定も少しずつ立て始めた。
これだったら、喜んでもらえるかな、、!
描き出すのも自分だけど、終わりを決めるのも自分である。
問いの答えは見つかった。
こちらが最後の難所だった「金色の木の葉」。

ここだけ色を抜き、金色のクーピーで一気に描いた
全体をほぼ描ききったところに、木の葉を「ええい!」と描くのはとてもヒヤヒヤした!
背景に塗った色鉛筆に負けないよう、べったりと塗る必要がある。けれど、変に太かったり細かったり、線がガタガタになりでもしたら縁起が悪い。清水寺のお坊さんが書く「今年の漢字」のように、一気に描くからこそ特別な意味が生まれるのだ、とか考えた。
(人間は追い込まれると視野が狭くなる)
握りしめたクーピーが紙についたとき、清水の舞台から飛び降りる気分でした、、。
完成品がこちらです。

描き終えた。
写真にすると少々強めな気もするけど、妹タヌキも他の3匹とバランスよくおさまった。
背景の緑も梅雨時の蒸し暑さを吹き飛ばしてくれそうな、爽やかな色合いになった。
草むらにタヌキが溶け込んでいるよう。
めでたくプレゼント
こうして、引っ越し祝いとして格好がつく日に渡せた。
1週間のはずが約1か月かかり、さまざまなアクシデントもあったけど、、。
最後は友人に「おおーぅ!!!」と喜んでもらえたのが嬉しかった。
最初から最後まで、友人のリアクションの大きさには救われる。
たった1枚の絵だけど、構想から完成まで、たくさん学んだ。
「誰かを楽しませたい」というのは、絵を描くとき、いつも忘れず心がけたいなと思う。
昔話で人々を笑かせてきたタヌキのように。

友人に絵を贈ったことで、「どうしてタヌキの絵を描くのか」をあらためて考えることになった。
そして、私の効率の悪さが露呈しましたが、締め切りにさらされながら、完成品を世に出している作家さんってマジですごいなと思いました。
舞台裏をつらつら書いてしまいましたが、見たままにどうぞ、もふもふを堪能してくだたぬ。
この記事と絵を見てくださった皆様、絵を捧げる貴方に幸あれ。
それではまた、ポンポコポン!

