ベトナムの地獄絵図―越南人の地獄観―
久しぶりにベトナムの仏教関係の記事を投稿する。
最近訪れたホーチミン市内のお寺で仏教における地獄を描いたイラストのパネルを見かけたので、それらの写真をアップしつつ書いてあった言葉を翻訳しようかと思う。ベトナム人の地獄観を知る手がかりになるのではないかと考えている。それでは早速みてみよう。

パネルの表題はMười cảnh địa ngục ở Diêm vương。「閻王の地獄10景」といったふうに訳せる。ベトナムでは「閻魔大王」という言い方はせず、Diêm vương[閻王]という言い方をするようだ。なお、中国語でも閻王(Yán wáng)という言い方が一般的なようである。ちなみに、韓国語では「閻羅大王」にあたる염라대왕(Yeomna Daewang)。
筆者が以前モンゴルの方から聞いた話では、モンゴル語で閻魔大王は「ヤマ・ハン」というらしい。「ハン」は明らかにチンギス・ハンなど騎馬遊牧民の世界における王を意味する言葉だろう。漢字圏の閻魔(閻羅)にせよ、モンゴルの「ヤマ・ハン」にせよ、元ネタは死者の主とされるインドの古い神「ヤマ」である。仏教は基本的に古代インドの世界観を継承しているため、ヤマの存在も受け継がれている。

-Đây là những hình ảnh của âm phủ, hình phạt những tội nhân, những người ở trên thế gian làm chuyện ác đức.
-Đức Phật Thích Ca dạy: Này A Nan ở trên thế gian chúng sanh(con người) thường làm việc ác.
-Diêm vương xử phạt nên giảm tuổi đời, ta khuyên các người nên bố thí, phóng sanh, tu phước, ăn chay, tụng kinh niệm Phật làm lành, lánh dữ để được thọ mạng lâu dài.
(Trích Kinh Dược Sư - Hòa Thượng Trí Quảng Dịch)
-Sự hình phạt này chúng sanh muôn lần chết muôn lần sống lại để chịu đau đớn thống khổ. Chứ không phải như người ta chết là hết đâu.
-Bởi có câu: "Âm phủ dương đồng nhứt lý" có nghĩa là dương gian âm phủ cũng giống nhau, chỉ vì chúng ta không có tuệ nhân thấy mà thôi.
(日本語訳)
-これは陰府、罪人の刑罰、現世で悪徳をなした人間の絵図です。
-お釈迦様は教えました:阿難※よ、現世で衆生(人類)は常に悪をなす。
閻王は寿命を縮める処罰をする。だから私は人々が長寿を得るように、布施をし、放生を行い、福徳を積み、菜食し、読経し、仏を念じ、善行を積み、悪を避けることを勧める。
(『薬師経』より―和尚智広訳)
-この刑罰で衆生は(責め苦の)苦痛を受けるために一万回死に、一万回生まれます。人間(界で)のように死ねば終わりというものではありません。
-「陰府陽同一理」という言葉があります。陽の世界と陰の世界は同じようであり、我々にはそれを見るための智慧がないだけです。
※筆者注:「阿難」は仏陀の弟子、アーナンダーのこと
では、ポイントを解説させていただこう。
放生(日:ほうじょう、越:Phóng sanh)というのは、わざと動物を自然に解放することで善徳を積むという仏教の慣習。日本でもかつては盛んに行われたようだが、今日では一部のお寺で放生会が行われているのみで、一般的な慣習ではなくなっている。ベトナムでは現在でも広く行われており、ベトナム在住の方やベトナムによく行かれる方なら放生用の鳥が売られているのをご覧になったこともあるかと思う。もっとも、放生のためにわざと動物を購入して放つというのはマッチポンプ感が否めない。

『薬師経』(Kinh Dược Sư[経薬師])というのは現世の人々を病気などの苦しみから解放することをテーマとした大乗仏教経典。西方極楽浄土には阿弥陀如来と呼ばれる存在がいるとされるが、東方浄瑠璃浄土というのもあって、そこには薬師如来と呼ばれる仏がいるとされる。その薬師如来に現世利益を願うのが主な内容である。訳者のHòa Thượng Trí Quảng[和尚智広]は、日本の立正大学に留学した経歴を持つ現代ベトナムの高僧。
「陰府陽同一理」というのは、中国語で検索しても出てこなかったので、もしかしたらベトナム独自の漢語かもしれない。ただ、表現されている内容は、「生者の世界も死者の世界も同じ道理(で動いている)」というもので、非常に中国的・東アジア的な考え方である。「寿命を縮める処罰」という発想といい、全体的にこの説明書きの内容は大乗仏教の中国化・東アジア化した部分が色濃く反映されている。原始仏教や上座部仏教には死後の世界が現世のような官僚制度で動かされていて、そこの役人が人間の寿命を管理するというような発想はない。
ここから先は死者が死後の世界で受ける裁きのプロセスについてのイラストをひとつひとつ見ていきたい。
第1殿 Tần Quảng Minh Vương[秦広明王]

秦広明王(しんこうみょうおう、Tần Quảng Minh Vương)とは冥界の裁判官で「十王」の一人。東アジアの仏教で死者は死後7日ごとに10人の王から順番に裁きを受けるとされる(最後の3回の審理はそれぞれ100日後、1年後、3年後)。秦広明王は初七日を担当する。
ヤマ(閻魔)は古代インドにもいたが、冥界の役人としての十王が行政手続きのように亡者を管理するという思想は仏教が中国を経て東アジア化した後の産物である。
なお、このパネルによれば、十王たちはベトナムではMinh Vương[明王]と呼ばれているようだが、日本の仏教では単に「王」と呼ぶのが一般的なようである。本記事ではベトナムに合わせて便宜的に「明王」と表記する。
第2殿 Sở Giang Minh Vương[初江明王]

初江明王(しょこうみょうおう、Sở Giang Minh Vương)は死後14日目(二七日)の裁判を担当する十王。
第3殿 Tống Đế Minh Vương[宋帝明王]

それにしても、イラストの下の方で鬼によって行われている拷問がえぐい
宋帝明王(そうていみょうおう、Tống Đế Minh Vương)は死者が亡くなってから21日目(初七日から数えて3回目)の裁判官。
第4殿 Ngũ Quan Minh Vương[五官明王]

五官明王(ごかんみょうおう、Ngũ Quan Minh Vương)は28日目(四七日)の審理を担当する。
第5殿 Diêm La Minh Vương[閻羅明王]

閻羅明王(えんらみょうおう、Diêm La Minh Vương)は35日目の担当裁判官。
なお、「閻魔」と「閻羅」は同一人物。元々インドではYama-rāja(Rājaは「王」の意)と呼ばれていたようだが、漢字の音写は閻魔羅闍で、前半のみを反映した省略形の閻魔と羅を含めた省略形の閻羅という呼称が両方存在しており、日本では閻魔と呼ぶのが定着したようである。
第6殿 Biến Thành Minh Vương[変成明王]

変成明王(へんじょうみょうおう、 Biến Thành Minh Vương)は42日目の審理を担当する。
第7殿 Thái Sơn Minh Vương[泰山明王]

49日目の審理を担当するのが泰山明王(たいざんみょうおう、Thái Sơn Minh Vương)。ここで最終的な判決が概ね決まる。仏教の法要で四十九日目に行うものが重要なのは、もともと現世の親族から行う泰山王への減刑の嘆願という性格を持っていたためである。
7回までの審理で概ね行き先が決まるようだが、追加の再審が3回行われる。ここから先の三柱の王の審理はそれぞれ、仏教の法要での百か日、一周忌、三回忌に相当する。
第8殿 Bình Đẳng Minh Vương[平等明王]

平等明王(びょうどうみょうおう、Bình Đẳng Minh Vương)は100日後の審理を担当する。
第9殿 Đô Thị Minh Vương[都市明王]

都市明王(としみょうおう、Đô Thị Minh Vương)は1年後の審理を担当する。仏教の法要の一周忌の日にあたる。
第10殿 Chuyển Luân Minh Vương[転輪明王]

のぼりに「轉輪大王」と書いてあり、イラストの下のほうには様々な人間や動物が描かれている
最後の転輪明王(てんりんみょうおう、Chuyển Luân Minh Vương)は死後3年後の審理担当者。三回忌の法要に対応している。転輪王が最終的にどの世界に転生するかを決定する。
いかがだっただろうか。閻魔大王などの冥界の裁判官が死者を裁き、赤い肌や青い肌をした地獄の鬼が亡者を拷問する様子など、日本人の地獄観と概ね同じだといえるだろう。筆者は「津軽のブラックサバス」こと人間椅子の以下の曲や漫画『鬼灯の冷徹』なんかを思い出した。
日本の地獄観は決して日本だけのものではなく、ベトナムにも共有された東アジア仏教文化の一部であることが、本記事で紹介したパネル中のイラストからもよく分かっていただけると思う。
さて、ベトナムの地獄観を示唆するイラストの紹介は以上になるが、最後にこのパネルを見つけたお寺の他の写真をいくらかお見せして締めとしたい。






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