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Ninh Bình[寧平]省に行ってみた

 たまには普通の旅行記も書いてみたい。テト(旧正月)休みを利用して(筆者の職場は2月9日からテト休みに入った)ベトナム北部のNinh Bình[寧平]省を訪れたので、その記録を書いておこうと思う。これから訪れる方の参考になれば幸いである。

 Ninh Bình[寧平]省は北部に属するが、ハノイからは南に100㎞ほど行ったところにある。今回筆者はハノイから列車で移動した。テト前なので、行きはテトで帰省すると思しきベトナム人が多かったが、帰りはベトナム人が少なく、西洋人の観光客が目立った。地方出身でハノイで働いているという人は多くとも逆はほとんどいないのだろう。列車は途中でPhủ Lý[府里]市、Nam Định[南定]市という二つの都市で停車しつつ、Ninh Bình[寧平]省の省都があるHoa Lư[華閭]市へ2時間ほどかけて到着する。


1,Bái Dính[沛嵿]寺


 筆者が最初に訪れたのはベトナム最大級の仏教寺院、Bái Đính[沛嵿]寺である。文章ばかりでは何なので、ここからは写真を中心に紹介したい。

境内に入って最初に迎えてくれるのは五百羅漢像である。羅漢(Lá han)とは仏典の編纂に結集した500人の弟子のこと。このサイズの像が500体並べられており、圧巻である
ベトナム語表記はTôn giả[尊者]という語が先行する形(ベトナム語の語順)で統一されているが、漢字表記は「尊者」が先だったり後だったりで一貫性がなかった
五百羅漢の達磨真尊者。いわゆる達磨大師とは同名(サンスクリット語:Dharma)の別人である
最初のエリアにある立派な鐘楼
鐘の大きさが規格外である
観世音殿
観世音殿にある千手観音像
釈迦佛殿。この写真では分かりにくいのだが、入り口にあるピンク色の飾りつけの両サイドにそれぞれTừ bi[慈悲]、Hỷ xả[喜捨]と書いてある
釈迦佛殿の大仏
高さ100メートルを超える、東南アジア最大級の仏塔
仏塔の最上階。仏塔は全12階だが、エレベーターで上まで昇れる
仏塔の最上階からの景色。Tam Thế[三世]殿がよくみえる
Di-lặc[弥勒]菩薩像
弥勒菩薩像からの風景
Tam thế[三世]殿。Bái Đính[沛嵿]寺では全てが印象的であったが、その中でも特に圧倒的だったのはこの三世殿のサイズである。日本の東大寺大仏殿にも引けを取らない大きさであった


 筆者の撮影スキルの低さもあって、写真ではあまりサイズ感が伝わらないかもしれない。しかし、Bái Đính[沛嵿]寺の見どころは何といってもその破格の規模だろう。昔からこういったサイズだったわけではなく、写真で紹介した建築物などは2003年に建て直したものらしいが、そのことに言及するのが野暮に感じるほどの体験であった。敷地が広大で、山中にあるゆえ階段の昇り降りが多く、全部見て回ると結構な運動量になる。なので、参拝時は汗拭きタオルを持参することを強くおすすめする。2月だというのに結構汗をかいてしまったので、冬以外の時期ならなおさらタオル必須だろう。

2,Cố đô Hoa Lư[古都華閭]


 Ninh Bình[寧平]省の省都Hoa lư[華閭]市は、968年から1010年にかけて前黎朝(国号:Đại Cồ Việt[大瞿越])の都が置かれていた場所である。現在の市の中心部からは少し離れた場所に、初代皇帝のĐinh Bộ Lĩnh[丁部領]と二代目皇帝の黎大行[Lê Đại Hành]を祀る祠が建っている。それら遺跡が残っているエリアがCố đô Hoa Lư[古都華閭]と呼ばれており、観光地となっている。


この門からが古都ホアルーのエリア
Hoa lư[華閭]市の歴史を紹介するパネル。Đinh Bộ Lĩnh[丁部領]は豪族が群雄割拠する時代にあって向かうところ敵なしだったため、Vạn thắng vương[万勝王]と呼ばれていた
Đinh Bộ Lĩnh[丁部領]の時代の年号はThái Bình[太平](970-979)。この時代以前のベトナムは中国に従属していたため(北属期)、太平が本格的なベトナムの歴史の幕開けとなった
1010年、Lý Thái Tổ[李太祖]によって都はHoa lư[華閭]からThăng Long[昇龍](現ハノイ)に遷都された。パネル中のDời đô Hưng quốcという言葉や遷都の詔はこの出来事を指す
黎大行[Lê Đại Hành]祠の敷地の中に小さな孔子廟があった。Nhà thờ Đức Khổng Tử[徳孔子]と書かれているが、Đức[徳]とは聖人などに対する尊称
孟子の位牌。「亜聖孟子神位」と書かれている。「亜聖」とは孔子ほどの聖人ではないが、聖人に準ずる存在という意味。余談だが、日本の東方正教会はカトリックやプロテスタントと異なって、キリストの弟子のいわゆる十二使徒のことを「十二亜聖」と呼ぶ。これは翻訳にあたった沢辺琢磨という人物が東方正教に改宗しはしたものの、水戸藩で儒学を学んだ人物だったためである
孔子の位牌。「大成至聖先師孔子神位」と書かれている。「大成」というのは孔子の尊称で、古代の聖王の道を体系化し集大成した人物、 という意味。東京の湯島聖堂にある孔子を祀る殿堂も「大成殿」である
黎大行[Lê Đại Hành]祠
Đinh Tiên Hoàng[丁先皇]祠。Đinh Tiên Hoàng[丁先皇]とはĐinh Bộ Lĩnh[丁部領]のこと
説明が特に書かれていなかった(おそらく筆者が見逃した)が、Đinh Bộ Lĩnh[丁部領]の輿のようだ。実に立派である
Cố đô Hoa Lư[古都華閭]の周辺はかなり落ち着いていてチルな雰囲気である
Ninh Bình[寧平]省はヤギ肉がĐặc sản[特産]らしいので、Cố đô Hoa Lư[古都華閭]の周辺のレストランでヤギ肉を炒めたものを夕食にいただいた

 Cố đô Hoa Lư[古都華閭]はそれほど広大な観光地ではなく、ゆっくり過ごしても2時間ほど、急げば1時間程度で全て見て回れると思う。ただ、18時ごろには閉じられてしまうので、余裕をもってスケジュールに組み込んでいただきたい。

3,Tràng An[長安]


 Tràng An[長安]はユネスコの世界複合遺産(自然と文化の複合遺産)にも登録されている景勝地である。映画『キングコング:髑髏島の巨神』(2017)の撮影地にもなった。ボートで川下りするツアーが楽しめる。川下りのルートは3つあり、いずれのルートもかかる時間は2時間半ー3時間程度。複合遺産というだけあって、ルートの途中には寺院なども建っている。その景色はまさに絶景だ。

Tràng An[長安]周辺はかなり観光地として整備されていて、駐車場、飲食店、お土産屋などが完備されている
現地でもらったパンフレット。筆者はルート2を選んだ。こうして見ると、ルート2と3はほぼ同じだが、ルート1は他の二つと大きく違う。もしまた行く機会があればルート1を選ぼうと思う
ボートは観光客4人+漕ぎ手1人の5人乗り。筆者が乗った時はフランス人の観光客3人と同乗した
ルートの途中では何度か洞窟を通過する。RPGの世界に紛れ込んだような冒険気分が味わえる
Tràng An[長安]の景色には圧倒される。キングコングが棲息していてもおかしくはないような雄大な自然があり、映画の撮影地に選ばれたのも納得
途中で立ち寄る島などには寺院や祠が建っており、実に神秘的な雰囲気である
川の中に建つ祠。日本の厳島神社を思い出す
ルートの途中にある寺、福開寺
例によって食事はヤギ肉料理をいただいた


 ボートでの川下りツアーの価格は大人1人30万ドンである。これは現在(2026年2月14日)のレートで1,764円ほど。お金を払う価値は十分すぎるほどあるので、Ninh Bình[寧平]省を訪れたら是非川下りツアーに参加することをおすすめする。

おわりに


 いかがだっただろうか。冒頭で述べたとおり、Ninh Bình[寧平]省はハノイから列車で2時間ほど。ハノイから日帰りでも行けなくはないが、主要な観光地を全て巡ろうと思うと早朝からの強行軍になるので、一泊することをおすすめする。なお、筆者は今回Ninh Bình駅(Hoa lư[華閭]市の中心部)すぐ近くのホテルを予約してしまったが、主要な観光地の多くは市の北西部に集中しているため、観光地に繰り出す上でやや便が悪かった。なので、北西部の観光地付近のホテルを利用したほうがよかったかもしれない。

 筆者は以前、ベトナムの都市について説明する文章で、「ハノイは東京の機能を持った京都、ホーチミン市は東京の規模を持った大阪」という記述を見たことがある。言い得て妙だと思った。Hoa lư[華閭]市について日本で例えるとすれば、さしずめ奈良にあたるような街と言えるだろう。今後ベトナムに来られる方にはぜひ訪れてほしい観光地である。

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