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忘却刑事 人情派|||シン小説 No.064

彼は、往年の名刑事だった。

引退後も、後輩の刑事たちが、事あるごとに、事件について相談に訪れた。

長年培った、警察組織を超えた人脈も、また事件解決に一役かっていた。

だが、長年の貢献も虚しく、認知症を患ってしまった。

刑事たちは、行き詰まると相談に来る。

裏を返せば、行き詰まらないときは、相談に来ない。

同じ事件を解決するまで、連続して捜査していたわけではないということ。

さらに、彼の認知症は、過去の記憶は残っている段階だった。

日々、東奔西走、血と汗と涙を噴き出しながらの、膨大な捜査の記憶は色褪せない。

ただし、新しい記憶は、翌日まで持てばいい方。

その日のうちに、下手すると数時間のうちに、そのすべてを忘れてしまう。

ある日。
若い刑事が相談に来た。

老人は言った。

「最初から話してくれ」

若い刑事は笑った。

「またですか」

そう言いながら説明した。

老人は頷いた。

途中で何度も、
前回と同じ質問もされる。

若い刑事は、
「さすがですね」
と、たびたび感心する。

事件の本質に近い質問ばかり。

だからこそ、あえて繰り返すのだろう。

若い刑事は礼を言って帰った。

同じ事件を、再び相談に来ることもある。

そのたび、最初から、順を追って、すべてを説明しなおす。

相手は、往年の名刑事。
名を馳せた大先輩。

あえて、最初から説明させている。
考えがあってのこと。

そう、認識された。

刑事たちは、行き詰まったときに相談しに来ている。

混みいっていて。
縺れていて。
絡みあっていて。

たいていの場合、最初から話してるうちに、新たな糸口を閃くのである。

そして、あたふたと去っていく。

老人は窓の外を見ていた。

しばらくして、介護士がやって来た。

「終わりましたか?」

「最近、めっきり来なくなって、つまらんよ」

「先生がいいからでは?
 皆さん、優秀になって」

「嗚呼、そうか。
 それは、良いことだな」

介護士は、それ以上何も言わない。

認知症であることを説明したところで、忘れてしまうのだから。

そういえば、同僚の介護士が、

「捜査専用のAIみたいですよね」

そんなことを言っていた。

そういうものなのかもしれない。

日々、刑事たちは、老人を訪ねてくる。

が、いまだに、気がついていない。

介護士は、そちらの方が心配だった。




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