爆破キョウソウ曲|||シン小説 No.035
それは、奇妙な募集であった。
世界中で名を馳せている動画配信サービスが、オリジナル作品をつくる。
その映像制作会社が、実在する大型ホテルを、実際に爆破するというのである。
対象は、廃業、もしくは使用停止中の施設。
そう説明されていた。
ところが、募集開始からほどなくして、噂の向きが変わった。
営業中のホテルが、応募している、というのである。しかも多数。
最初は、誰も信じなかった。
だが、数が増えるにつれて、それは、事実として受け入れられていった。
しかも、買い取りの条件が付いていた。
金額は公表されなかったが、関係者のあいだでは、ひとつの理解が共有されていた。
それは、“やめるための金額”であると。
ーーー
夜になると、私は必ず湖を見ることにしている。
理由と呼べるほどのものではない。
ただ、そこにあるものを、毎晩、確かめておきたいだけのことだ。
この建物は、よく出来ている。
出来すぎている、と言ってもいい。
一晩に千人を受け入れることができる。
厨房はそれに耐えるよう設計され、廊下は人の流れを滞らせない幅を持ち、宴会場は声がよく通るように作られている。
実際、その通りに使われていた時代があった。
年に数百万人の人々が大挙して訪れていた。
あの頃は、考える必要がなかった。
人は来るものだったし、部屋は埋まるものだった。
灯りは、自然に点いていた。
それは、徐々に変わっていった。
様々な理由が錯綜し、いまは違う。
人は、来る。来てはいる。
だが、それだけでは足りない。
この建物は、その大挙を前提に作られている。
足りない分は、どこかで補われなければならない。
そうでなければ、均衡が崩れる。
いや、すでに崩れているのかもしれない。
だとしても、逃れるすべはない。
壊せばいいのか。
この巨大かつ古い建物は、壊すことさえ容易に許さない。
鍵は、すべて揃っている。
私は、それを毎日確かめる。
欠けているものがあれば、気づくはずだ。
だが、欠けたことは一度もない。
ときどき、音がする。
ドアの閉まる音だ。
廊下の奥で、誰かが帰るような音。
私は、それを確認しない。
確認する必要がないからだ。
それで、問題はない。
利益?
そんなものは遥か昔のことだ。
いまでは、赤字であっても、なにも感じなくなってしまっている。
それを怖いこととも、もう思わない。
それどころか、この規模にしては、よく持ちこたえている方だ。
慰めているのか。
鼓舞しているのか。
どちらでもいい。
続けるしかないのだから。
まわりは、ひとつ、またひとつと、その巨大な様相を遺したまま、人だけが消えていく。
この建物は、続けるために作られている。
やめるようには、出来ていない。
止めるには、壊すしかない。
すべてを無かったことにしてくれる。
そんな世界資本からの募集。
あまりに、理にかなっている。
金額も、悪くない。
いや、正確には、十分すぎる。
あれは、対価ではない。
終わりの、保証だ。
ーーー
夜になり、久しぶりにすべての灯りをつけた。
すべての部屋に。
湖に、それが映る。
私は、それを見ている。
どちらが本当か、確かめるために。
灯りは、すべて映っている。
だが、
水面の方が、わずかに多い。
だから、もう、いいのだと思う。
これで、ようやく静かになる。


