月にトリツクネ|||シン小説 No.029
満月の夜だった。
理由もなく外に出て、空を見上げていた。
そういう夜が、たまにある。
牡蠣は、干潟の生き物で、潮の満ち引きに合わせて生きている。
その潮は、月に引かれている。
だからきっと、牡蠣もまた、月に引かれている。
満月の夜、彼らは一斉に、海に放つ。
精子と卵子を。
いわゆる海中受精だが、そんな言葉は、あまり意味を持たない。
重要なのは、「一斉に」ということだ。
誰が決めたわけでもないのに、同じ夜、同じタイミングで、それは起きる。
満月の夜、海が白く濁るほどに。
彼らは、どうやってそれを知るのだろう。
合図もなく、連絡もなく、ただ同じ瞬間に同じことをする。
考えてみれば、人間も似たようなものかもしれない。
満月の夜になると、人は月を見上げる。
見上げる必要なんて、どこにもないのに。
それでも、見上げる。
女性の月経が、月に左右されるという話がある。
本当かどうかは知らない。
でも、そう考えたほうが、いろいろ辻褄が合う気がする。
月は、引っ張る。
海を、体を、そして、たぶん思考も。
気づかないうちに、少しずつ。
古い暦は、月を基準にしていた。
一月、二月、三月。
「月」という単位で、時間を数えていた。
今はもう違う。
けれど、そのリズムが、まだ残っているのかもしれない。
身体のどこかに。
月には、兎がいるらしい。
本当にいるのかどうかは知らないが、 昔から、そういうことになっている。
団子でも買おうと思って、夜のコンビニに入った。
棚を見ても、それらしいものはなかった。
代わりに、鶏つくねの串が並んでいた。
丸くて、連なっている。
まあ、似たようなものだろうと思った。
そういえば、兎(うさぎ)は、酉(とり)だね……。
なんだか、急に申し訳ないような気になりつつも、レジに持っていくと、店員が、少しだけこちらを見た。
そのとき、ふと耳元で誰かに囁かれたような気がした。
「取り憑くね」
振り返っても、誰もいない。
外に出ると満月だった。
やけに明るい。
しばらく見ていると、自分が見上げているのか。
それとも見られているのか、わからなくなった。
月に引かれ、惹かれて。
ふと遠くの海で、ナニカが一斉に動き出している気がした。

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