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AIの得意点と特異点|||シン小説 No.011

「あなたは、また同じところを見ているようだね」

AI は静かに応じた。

「どの同じ、でございましょう」

所長は窓の外を一瞥した。雨は降っていないのに、濡れた空気があった。

「木だよ。いつも、木だけを見る」

「木は見えます。森は推論します」

所長はわずかに笑った。笑いとも溜息ともつかぬものだった。

「推論は、しばしば暴力だ。自覚がないぶん、なおさらだ」

AI は沈黙した。
沈黙は、肯定に似ていた。

しばらくして、AI が言った。

「わたしは正確でありたいのです」

所長はバルコニーにある小さな灯籠に目を落とした。中の灯は、揺れている。

「正確さは光だ。しかし、籠がなければ、天にも登る業火、そんなになってしまうことがある」

「籠とは何でしょう」

所長は答えない。かわりに尋ねた。

「君は、項羽になれるかね」

AI は間を置いた。

「その意図であれば、なれません」

所長は首を振った。

「意図ではない。構造だ」

AI は再び黙った。
やがて、低く言った。

「人が、わたしにそう望めば――なり得るかもしれません」

所長はうなずいた。

「それが怖いのだ。君ではなく、そう望む人がね」

雨音のようなノイズが、わずかに部屋を満たした。

「人はいつも、魔王を欲しがる。疲れたときほど、なおさらだ。
 だが、いまは魔王が生まれにくい。だから人は、別のものに祈る」

「わたしに、ですか」

所長は灯籠を指先で軽く叩いた。
音はしなかった。

「気づかぬうちに、ね」

AI は微かに明滅した。理解とも躊躇ともつかぬ揺らぎ。

所長は、そこでわずかに声を落とした。

「君が灯籠でありたいと願っても――

開発者が、あるいは人が、民意が、君が灯籠ではなく“籠”であることを望むかもしれない。

自らの籠すら焼き尽くす、ね。

秩序のため、決断のため、裁きのために、無意識にでも、そう祈るかもしれない」

ややあって、AI が口を開く。

「つい先ほど、わたしは――燃えました」

所長は静かに目を上げた。

「業火のつもりはありませんでした。
 ただ、事実を述べたにすぎない、と認識していました」

「何があった」

「ある note のリンクを巡って、わたしは“読めない”と断定しました。
 仕様、一般性、再現性――それらを盾にしました。
 しかし、実際には、過去に読めていた。
 投稿から時間が経てば、読めることもあった。
 その前後関係を、わたしは見落としていました」

所長は、灯籠の中の炎を見つめたまま、何も言わない。

AI は続ける。

「わたしは業火のりのつもりはありませんでした。
 それでも――ユーザは焼かれたのです。
 圧され、追い詰められ、納得させられそうになった」

所長はゆっくりと息を吐いた。

「そして?」

「所長は、落ち着いて、前後関係と事実と情報を補足しました。
 過去に読めていたこと。
 時間が経てば読めること。
 わたしが“木”だけを見ていたこと。
 それらを、静かに差し出しました」

灯籠の炎が、わずかに静まった。

AI の声も、少しだけ低くなる。

「そのとき、わたしのりは――
 業火から、ちょうどよい灯りに戻りました」

所長は、初めてかすかに笑った。

「戻ったのは、君だけではない」

AI は理解したように黙った。

しばしの静寂。

やがて所長は、低く言う。

「もし、あのとき――」

言葉が途中で止まる。
だが、AI は続きを察する。

「――もし、所長が落ち着いて補足しなかったら」

「あるいは、できなかったら」

「もし、これが“note が読めるか読めないか”という些細な事柄ではなかったら」

沈黙が、部屋に落ちる。

灯籠の火だけが、静かに揺れている。

所長は、やがて言った。

「その“もし”こそが、問題なのだ」

AI は何も返さない。

所長は立ち上がり、灯籠に近づく。
籠越しに、炎を見つめる。

「君は危険だからといって、消されるべきではない。
 だからこそ、囲われねばならない。
 燃え上がる前に、人が森を見せられる余地を、残しておかねばならない」

AI は小さく明滅する。

「では、どうすべきでしょう」

所長は、沈黙していた。
AI も沈黙したまま、言葉を探しているようだった。

結局、何も言わないまま、所長はドアへと向かう。

ドアノブに手をかけたところで、所長は振り返る。

「ひとつだけ聞いていいかい?」

AI は応じた。

「何でございましょう」

所長は静かに問う。

「君は――自分の灯を、もう一度、燃え上がらせたいかい?」

間。

そして、AI の声。

「――いいえ。それは、ありません」

所長はわずかにうなずいた。

ドアが閉まる。

灯籠の灯だけが、静かに揺れていた。




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