人種差別? いやいや 『区別』 といえばセーフみたいなアレ|||シン小説 No.014
川沿いの堤防に、男はひとり立っていた。
薄い霧が街灯を滲ませ、対岸のネオンが水面で揺れている。風に押されたコンビニの袋が、音もなく流れていく。
男の足元には、目に見えない線があった。
それは誰かが引いた線ではない。
インターネットという巨大で無感情な海が、長い時間をかけて堆積させた線だった。
名前が検索される人と、されない人。
記事として残る人生と、ログに残らない人生。
データとして可視化される人間と、そこからこぼれ落ちる人間。
結局、この世界では ――
「ネット上で有名か、無名か」が、静かな基準になっている。
男は一度、「差別」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
差別には悪意がいる。
だがこの線には、はっきりした加害者がいなかった。
悪意ではなく、仕様とデータと社会の慣性が作ったものだった。
だから男は、あえてそれを「区別」と呼んだ。冷たく、機械的で、誰の責任とも言い切れない線として。
――――――
会議室は、やけに明るかった。
長い楕円形のテーブル。中央にはノートPCが並び、全員の前にタブレットが置かれている。
壁のスクリーンには、企画書の AI 要約が大きく映し出されていた。
審査員は六人。
誰も企画書そのものを開いていない。
画面には整ったレポートが並ぶ。
評価スコア:62/100
市場適合性:中
実績可視性:低
リスク指数:高
小さく AI のロゴが光っている。
「この人、検索ヒット数が少ないですね」
スーツの男が、天気を読むように言った。
別の審査員がスクロールする。AI の文章が流れる。
“ 公的な実績の可視化が限定的であり、社会的信頼度の測定が困難である ”
誰かが小さく息を吐いた。
「まあ、AI がこう言ってるなら……」
スクリーンの片隅に、父の写真と名前。
横には検索結果の画面。ほとんど空白だった。
「企画は面白いんですけどね」
「うん、でもAIのリスク判定が高いし」
「実績スコアも低いしね」
誰も企画内容に触れない。
背景も、意図も、議論されない。
画面に青い文字が浮かぶ。
“ 推奨判断:見送り ”
「じゃあ、AI の判断に従って、今回は見送りで」
ペンが走る音。
軽く乾いた音を立てた。
会議は、わずか3分で終わった。
カップ麺でさえ、まだできていない。
誰も父の顔を思い浮かべなかった。
誰も企画書をめくらなかった。
誰も「本当にこれでいいのか」と言わなかった。
蛍光灯だけが、白く光り続けていた。
―――
数か月後、父は死んだ。
自殺だ、と警察は言った。
企画はボツになり、借金だけが残った。
理由は曖昧だった。
「市場性がない」「実績が薄い」「リスクが高い」―― そんな言葉が並んでいた。
審査会議の席で、誰かが小さく言ったらしい。
「ネットで調べたけど、名前、出てこないよね」
審査する側は、もう考えていなかった。
もはや、印鑑はない。
それは、なにかを確かめる余韻だったかもしれないが、もうない。
プログラムを閉じ、
パソコンを閉じる。
人の人生を、ひとつの検索結果の薄さで測る。
父は悪人ではなかった。
不正をしたわけでも、怠けたわけでもない。
ただ ―― 検索に引っかからなかった。
――ー
男は再び、川のほとりに立っていた。
男は石を拾い、水に投げた。
波紋が広がり、すぐに消える。
まるで、記録に残らない人生のように。
だが男は知っている。
水底には確かに石がある。
名前がなくても、痕跡がなくても、そこに在った人生があることを。
夜が降りてくる。
川面は黒く沈み、街の灯りだけが揺れていた。

👉️シン小説マガジン
nvn
