トッテ|||シン小説 No.025
取っ手なんてものは、普通は引き出しごとに一つか、せいぜい二つだ。
そのタンスには、取っ手が多すぎた。
少し大きめのタンスだった。
だが、どこが引き出しの境目なのか、見てもわからない。
取っ手が、びっしりと並んでいるのだ。
表面いっぱいに、小さな丸い取っ手が並んでいる。
まるで、岩に張りついたフジツボのよう。
見ていると、肌がむず痒くなってくる。
しばらく眺めていたが、やがて、ひとつ引いてみようと思った。
どうしてこんなに取っ手があるのか。
左端の、一番上の取っ手に手をかけた。
冷たかった。
ゆっくり引く。
開かない。
壁に取りつけられているみたいに、ぴくりとも動かなかった。
次の取っ手を引いてみる。
これも動かない。
少し強く引く。
上下に揺らしてみる。
やはり動かない。
三つ目を引くころには、手のひらが汗ばんでいた。
いつのまにか、心臓が速く打っている。
誰もいないはずの部屋で、自分の鼓動だけがよく聞こえた。
こんなタンスを見たせいかもしれない。
取っ手が多すぎる。
見ているだけで、何かよくないものに触れている気がする。
それでも、やめる気にはならなかった。
左から順に引いていく。
どれも動かない。
一段目を全部引いた。
何も起こらない。
二段目。
三段目。
四段目。
途中で、このタンスが十八段あることに気づいた。
どの取っ手も、同じだった。
固く、動かない。
もしかすると順番があるのか?
金庫みたいに、決められた順番で引かないと開かないのかもしれない。
そう思ったが、もう十段目まで引いてしまっていた。
そのまま続けることにした。
引く。
動かない。
次を引く。
それを繰り返す。
気がつくと、最後の取っ手だった。
右下の、一番端。
どうせ動かないのだろうと思いながらも、引いた。
その瞬間だった。
ばらばらばら、と音がした。
最初は何の音かわからなかった。
次の瞬間、タンスの表面が一斉に動いた。
すべての引き出しが、同時に飛び出したのだ。
思わず後ろに倒れた。
後頭部を、しこたま床に打ちつけた。
しばらく動けなかった。
頭の奥で、光がチラついていた。
痛みが少し引いてから、タンスを見た。
引き出しは全部開いていた。
取っ手の数だけ、引き出しがあった。
ひとつ残らず。
信じられない数だった。
どうして開いたのだろう。
最後の取っ手が鍵だったのか。
それとも、全部引いたからなのか。
よくわからなかった。
だが、せっかく開いているのだ。
中を見てみることにした。
一番上の引き出しをのぞく。
紙が一枚入っていた。
一文字だけ書いてある。
隣の引き出しも同じだった。
紙が一枚。
一文字。
その隣も、また同じだった。
どうやら、どの引き出しにも一枚ずつ紙が入っているらしい。
取り出して並べるのは面倒だったので、紙と鉛筆を出した。
文字をひとつ写して、引き出しを閉じる。
また次の文字を写す。
それを繰り返す。
三段目の途中で、手が止まった。
もう、続きを写す気がなくなっていた。
並んでいる文字を見て、なんとなくわかってしまったからだ。
どれも、どこかで聞いたことのあるような言葉ばかり。
きれいで、正しくて、
そして、妙に軽い。
まだ開いたままの引き出しが、びっしり並んでいる。
取っ手の数だけ。
その奥に、まだたくさんの言葉が眠っている。
どれもきっと、
「とってつけた」ような言葉なのだろう。

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