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僕なりのルパンはね 「シン・ルパン三世 : イスカンダルの黒い聖典」 なんてタイトルをね|||シン小説 No.031

その男の立ち姿には、一切の無駄がなかった。

 急峻な斜面、湿った腐葉土を踏みしめる足音すら、周囲の静寂に溶け込んでいる。

 男は、派手な赤のジャケットを脱ぎ捨て、地味な作業員風のジャンパーを羽織っていた。

「……ここですね」

 男 —— ルパンは、目の前の「実験林」を眺めて呟いた。

 そこには最新のセンサーと、環境保護団体のロゴが入った看板が整然と並んでいる。

 表向きは、IT技術を駆使した『次世代型森林再生プロジェクト』の拠点だ。

 だが、ルパンの視線は、看板の奥にある不自然な土の盛り上がりを捉えていた。

 犯罪のスペシャリストにとって、そこにある「不整合」は、数学的なエラーと同じくらい明確に浮き上がって見えた。

「環境を守るためのデータ。……それ自体が、過去の汚染を隠蔽するための計算式の一部だとしたら、あまりに皮肉な話だ」

 ルパンの懐で、黒いスマートフォンに似たデバイスが、わずかに振動した。

 人類の知性を超えた「それ」は、瞬時に衛星通信と地中の微振動を解析し、このプロジェクトの真の目的を弾き出していた。

 「得をするのは、産廃処理費を浮かせた多国籍企業。損をするのは、数十年後に原因不明の土壌汚染に見舞われる、この麓の住民たち」

 ゼロサム・ゲームの数式は、あまりにも残酷に完成されていた。

 背後で、数人の男たちが現れた。

 プロジェクトを主導するNPOの代表、サウザだ。彼は『慈悲深い科学者』の仮面を被り、冷ややかな笑みを浮かべていた。

「ルパン三世……。君のような泥棒が、なぜこの山に執着する? ここには盗むべき金塊などない」

「金塊より重いものを、あんたが隠してるからさ」

 ルパンはゆっくりと振り返る。その瞳には、かつての快活さはなく、ただ対象を分析する冷徹な光が宿っていた。

「あんたの計算違いは、たった一つ。……この世界の『タネ』を知り尽くした人間が、まだ一人残っていたことだ」

 ルパンはデバイスを操作し、ホログラムのような断片を空中に投影した。

 そこには、サウザが消し去ったはずの、国家を揺るがす軍需産業との裏取引の記録が、整然と羅列されていた。

 サウザの顔から血の気が引いていく。

 彼が築き上げてきた論理の城が、ルパンという「生きたブラックリスト」の前で、音もなく崩壊を始めた。

「誰にでもなれる俺だからこそ、あんたの『絶望』もよくわかるよ。……だが、世界のバランスを崩しすぎた報いは、きっちり払ってもらうぜ」

 霧が深くなる。

 ルパンの姿は、霧の粒子に溶けるようにして、瞬時に消え去った。

 後に残されたのは、完璧に計算を狂わされ、自分たちの罪だけを突きつけられた、男たちの呆然とした沈黙だけだった。

そのときだった。

 東の尾根からは、インターポールの精鋭部隊を率いる銭形が、最新の熱源感知ジャミングを無効化しながら迫っていた。

 西の谷底からは、ブラックリストに名を連ねる多国籍軍事企業の私兵集団が、消音仕様のヘリで音もなく降下を開始している。

 そしてルパンの目の前には、環境保護団体の仮面を脱ぎ捨て、狂気に駆られたサウザたちがサブマシンガンを構えて立っていた。

「ルパン! そのデバイスを渡せ! それは人類には制御不能な毒だ。我々が管理すべき聖遺物なのだよ!」

 サウザの叫びをかき消すように、上空で爆発音が響いた。インターポールのヘリと私兵集団のドローンが接触し、炎を上げて森へ墜落していく。

 ルパンは、懐で激しく振動を続けるデバイスを強く握りしめた。

 実際には、そのデバイスの液晶には、なにも表示されていなかった。なにも。

「次元! 五ェ門! 準備はいいか!」

 闇の中からマグナムの乾いた咆哮が響き、私兵のサーチライトを次々と粉砕していく。

 同時に、一筋の閃光が空気を切り裂き、迫りくるインターポールの装甲車を、まるで紙細工のように両断した。

「ルパン! 逃がさんぞぉ!」

 銭形の執念に満ちた声が森を震わせる。手錠の鎖が虚空を舞い、ルパンの足元を掠める。

 国家、犯罪組織、国際警察。

 異なる論理(ロジック)を持った巨大な力が、この奥深い山林という一点で衝突し、互いの正義を食い合っていた。

 ルパンは、崖っぷちに追い詰められていた。

 眼下には深い霧。背後には銃口の山。

「いいか、野郎ども! 誰が誰を撃ってるのか分からねえ今のうちに、俺様がこの『不公平な天秤』を、まとめてひっくり返してやるぜ!」

 誰かが得をし、誰かが損をする。

 その連鎖を断ち切るための、「暴力的なまでのリセット」。

 銃声と怒号、そして電子的な悲鳴が交錯する中、ルパンという「ブラックリスト」は、自らその混沌の渦中へと身を投じた。

ーーー

時間は、半年前まで遡る。

 場所は、スイスの山間に隠された、地図に載らない私設研究所だ。

 そこには、不二子もびっくりの絶世の美女、美人すぎる数学者がいた。

​ モニターの光に照らされたルパンは、珍しく煙草を吸わずに、その巨大なサーバー群を眺めていた。

​「……で、先生。俺を呼んだのは?なにかを盗んでほしいからか?」

​ 美人すぎる数学者は、その美しすぎる手でキーボードを叩きつつ、一つのグラフを映し出した。

それは、世界中の「得」と「損」が複雑に絡み合い、最終的に「戦争」という名の破滅へ向かうシミュレーション曲線だった。

​「ルパン君、この『ブラックリスト』は、既に完成しているの。これは世界を浄化するコスモクリーナーみたいなもの。だけど、問題はその『起動ボタン』を誰が押すかなのよ」

​ そして、これまで AI がシミュレーションした、所有者候補のリストを提示した。

​国家指導者:
自国の利益のためにリストを書き換える。

​宗教家:
異教徒を排除するための聖戦の道具にする。

​正義のヒーロー:
悪を根絶しようとして、社会そのものを解体(オーバー・クリーニング)してしまう。

​「誰が持っても、天秤は大きく傾く。全人類のデータをスキャンし、一兆回以上のシミュレーションを繰り返したの。その結果、たった一人だけ『計算不能な空白(ゼロ)』として残ったのが君だっていうのよね」

​ ルパンは、自嘲気味に笑った。

「俺が? 泥棒なんてのは、欲望の塊だぜ」

​「私もそう思うわ」

「でもね、AI が君を選んだ理由は三つあるの」

​ 数学者の瞳に、科学者特有の冷徹な光が宿る。

​遍在性(アンビエント):
君はどこにでも現れ、誰にでもなれる。特定の場所に留まらない君こそが、情報の「偏り」を作らない唯一の運び手だ。

​非論理性(イラショナル):
君は時に、手に入れた宝を平気でドブに捨てる。

 その「損得を超えた気まぐれ」こそが、論理が暴走するのを防ぐ唯一の安全装置(バリケード)になる。

​犯罪のスペシャリスト:
泥の味を知っている君だけが、このリストに記された『人間の業』に当てられず、それを使いこなせる。

​「ルパン、あなたなら、この重すぎるプレゼントを、誰にも渡さず、自分だけの美学で隠し通せるとね」

ルパンは、サーバーの奥で明滅する青い光を見つめた。

 それは、あまりにも一方的な「共犯」への誘いだった。

​「……勝手な野郎だ。だが、まあいい。世界中の犯罪者の、しかもトップたちのリストがいただけるなんてな。その手口までも。ありがてえことだよ」

​ ルパンがそのデバイスに触れた瞬間。
 世界中の『犯罪のタネ』が彼の脳内に流れ込み、彼自身が『ブラックリスト』と化した。

ーーー

喧騒が去った深夜。

 黄色いフィアット500のボンネットに腰を下ろし、ルパンは紫煙を夜霧に溶かしていた。

 手元のデバイスは、所詮、周りを欺くための箱にすぎない。

​ 次元が火を貸しながら、不機嫌そうに口を開いた。

「……おい、ルパン。結局、俺たちは何を盗んだんだ? 世界中の悪党どもの喉元を締める権利か、それとも神様の帳簿か」

​ ルパンは煙を吐き出しながら、つまらなそうに話し出した。

「次元、こいつは『ブラックリスト』なんて生易しいもんじゃねえ。……はじめて触ったときな、俺の中に一瞬だけ、こいつの『思考の癖』が流れ込んできたんだ」

​ 犯罪のスペシャリストとしての勘が、一つの冷徹な結論を弾き出していた。

​「そいつは、人類の文明を救おうなんて思っちゃいねえ。こいつがやってるのは、『整理整頓』だ。

 机の上が散らかってるから、ゴミをゴミ箱に捨て、ペンの向きを揃える……それと同じ手際で、俺たち人類の『戦争』や『陰謀』を、な」

​ ルパンの瞳に、かつてない鋭い光が宿る。

​「その奥底に、人類のDNAには存在しない『指紋』を見つけた。……こいつを作ったのは、地球人(テラ)じゃねえ。イスカンダルか、あるいはもっと別の『外側』にいる連中だ」

​ 五ェ門が傍らで、斬鉄剣の鯉口をわずかに切った。

「……人知を超えた存在、か」

​「ああ。連中は、俺を『掃除屋(クリーナー)』に選んだのさ。……だが、気に食わねえな。俺は泥棒だ。誰かの庭掃除を手伝わされるのは、柄じゃねえ」

​ ルパンは立ち上がり、夜空の彼方、星々の隙間に広がる深淵を見上げた。

 そこには、これまで自分が「器」として借りてきた、どの物語の理屈も通用しない、圧倒的な未知が横たわっている。

​「だったら、やることは一つだ。……このプレゼントの送り主のところへ行って、きっちり文句を言ってやる。俺を勝手に掃除屋にするんじゃねえってな」

「なんなら、書き込まれる側だ。拙者ならそうする」

 五右衛門は、相変わらず的外れだ。

​「本気か? 相手は宇宙の果てだぜ」

 次元が呆れたように笑う。

​「どこにでも行ける、誰にでもなれる……それがルパン三世だろ? だったら、イスカンダルの門番にだって化けてみせるぜ」

​ ルパンは、星空を見あげると、不敵に笑った。

 その顔は、獲物を定めた、世界で最も危険な泥棒の顔だった。

​「さあ、次元、五ェ門。……今度のターゲットは、神様みたいなもの。ホワイトリストだ!」

​ エンジンの咆哮が、夜空を切り裂く。




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