『 幸せを知りたい? 』 🍀💚🔥
朝起きて、最初にあなたは何を考えますか?
命があるって感謝していますか?
私は、今日も生きている、生かされているって感謝します
それからは、お決まりのコースで、心身を鍛えます
鬱病や心の病に罹患されている人は、マイペースでいいので、ご自分を労り、無理をせず、他人からどう見られようが、気にしないことが大切です
私も以前、鬱病でしたから、病に罹患された方のお気持は推測できます
幸せを知りたいと思うなら記事を読むことをお勧めします
幸せの人にはあまり関係のない話かもしれませんので、これ以上読まなくても構いません
冒頭ですが、幸せは追い求めると逃げていきます

お金に執着すると、お金も貯まらなくなります
お金は逃げていきます
節約は必要なことでもありますが
今は、SNSを利用して、儲かった!
生活に余裕が出てきた! などの声が多く聴かれます
年収1000万円を稼いでいる方もいらっしゃいます
あなたさまも早く稼ぎたいのが本音だと思います
私の一個人としては、多少のお金に余裕があれば、良いのかな?と思います

まず、私がなぜ哲学や経営哲学にこだわるかをご説明させて頂きます
私が哲学書にハマった時期は、20代後半頃からと思います
最初のキッカケは、彼女に振られたことによるものでした
これは、素直に伝えます
以前の記事にも記載していますから、よければご参照ください
哲学とは、当たり前を疑うことになります
具体的にご説明させて頂きます
それは一言でいえば、当たり前を疑い、根本から考え直す論理にもなります
私たちは日々、無数の前提の上で生きています
世界は存在する、時間は流れる、善いことは善い
こうした前提を疑うことは、普通はありません

しかし哲学は、まさにその前提に問いを向けることになります
なぜ世界があると言えるのか?
善悪の基準はどこから来るのか?
そもそも「 わたし 」とはなんなのか?
哲学は答えを急がず、問いそのものを深めるものになります
古代ギリシアの哲学者 ソクラテス は、無知の知を唱えました
自分が知らないという事実を自覚することこそ、真の知への出発点だと考えたのであります
彼は対話を通じて人々の思い込みを揺さぶり、確かな知とは何かを探究した、その1人でした
その姿勢は、哲学が単なる知識の集積ではなく、思考の姿勢そのものであることを示しています
近代になると、フランスの哲学者デカルトは、すべてを疑う方法的懐疑を試みました
感覚も、常識も、数学さえも疑う
その極限で、代表的な言葉に、『 我思う、ゆえに我あり 』 という代表的な命題もあります
考えている限り、考えている主体の存在は否定できないと言ってます
ここから近代哲学は、主体を中心に据えて展開していくことになります
一方、19世紀のドイツの思想家 ニーチェ は、神は死んだと宣言しました
何? と思いましたが、多少納得のいく哲学書になりました
これは宗教の単純な否定ではなく、絶対的な価値の基盤が揺らいだ時代状況を示す言葉であると解いています
今すぐに伝統的な道徳や権威が力を失ったとき、人は何を拠り所に生きるのか?
ニーチェは、他者に与えられた価値ではなく、自ら価値を創造する生を提案したひとりでありました
哲学は、抽象的で難解な議論に見えるかも知れません
しかしその核心は、私たちの生と深く結びついています
私は生きる意味をずっと前から考えていました
しかし、適切な答えは、見つかりませんでした
率直に言えば私も、幸せを求めていました
しかし今は、深く考えずに生きています

例えば、『 幸せとは何か 』という問いは、進路や仕事、人間関係の選択に直結することが往々にしてあります
『 正義とは何か 』という問いは、社会制度や政治のあり方を考える基盤にもなります
哲学は、すぐに実用的な答えを与えるわけではないですが、問いを明確にし、思考を鍛えることで、より自覚的な生を可能にします
結局のところ、哲学とは『 どう生きるか 』を問い続ける姿勢になります
明確な最終解答はありませんでした
しかし問い続けること自体が、私たちを思慮深くし、世界を多面的に見る力を育てる要因にもなります
答えのない問いに向き合う勇気
それこそが哲学の本質なのかも知れません
私は、20代の頃、彼女に騙され、振られ、かなりのダメージを喰らいました
しかし、私がこうしているのも彼女のおかげだと思っています
『 早く社長になって 』『 有名な人の本をいっぱい読んで 』なんて、ふざけたことを言っているな!と、当初は思っていましたが、『 私、商人の人とは結婚しないから 』などと私の父親の仕事を馬鹿にしたような発言をしました
私の父親は、着物屋を経営していました
年に一回は、都内の有名なホテルの一角を貸切、芸能人を呼んで、着物のショーみたいなものを開催していました
正しく私は商人の息子でした
彼女とは、レベルの違う青年でした
大金持ちの人と、その辺の商人の息子
私は、自分の弱さや惨めさを感じました
振られてからは、約30年の間かなりの本を読みました
数え切れない量の本です

本題に入ります
『 禍福は糾える縄の如し 』
これが人生の本質になります
人生とは、禍いと幸福が縄のようになっていくものだという意味です
幸せっていうのは、人それぞれで、自分にとって大切なことや意味を感じられる『 瞬間 』にあるんじゃないかな思います
誰かとつながっていること、小さな喜びを感じること、ありのままの自分でいられること
一緒にいて、気を遣わなく安心すること
それを見つけることが幸せになります
幸せの定義は広く、ハードルを低くすれば、観える景色やちょっとした出来事に感謝をすることができます
生きているだけで幸せと思うひともいれば、愛されていることを実感して、幸せを感じるひともいます
潤沢なお金に満足して、幸せを感じるひともいます
しかし、幸せは永遠ではありません

瞬間、瞬間に思う心が、『 幸せになります 』
Photo & philosophy donchan✨
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