機能不全家族育ちの私は、なぜ、帰ったあとに相手の欠点ばかり探してしまうんだろう。
なぜ私は、帰ったあとに相手の欠点ばかり探してしまうんだろう。
会っている間は、普通にしていた。
笑った。うなずいた。相手の話も聞いた。
別れ際にも、たぶん変なことは言っていない。
「またね」
そう言って、手を振った。
でも、帰ったあとで何かが変わる。
部屋に入る。鞄を置く。上着を脱ぐ。
そのあたりまでは、まだ身体が外にいる。
靴下を脱いだあたりで、急に静かになる。
スマホを開く。
メモ欄を開く。
別に、書こうと決めていたわけではない。
でも、指が先に動く。
あの言い方、少し引っかかった。あの時、こっちを見ていなかった。あの返事、ほんまは雑やったんちゃうか。あの沈黙、何か隠していたんちゃうか。
一つ書くと、次が出てくる。
相手のよかったところは、なぜか出てこない。
ちゃんと待ってくれたこと。責めなかったこと。こちらの歩幅に合わせてくれたこと。
そういうものは、画面の外に落ちる。
目線は、粗だけを拾う。
指は、拾ったものを並べる。
並べている間だけ、少し息がしやすくなる。
嫌いになったわけではない。
本当に嫌だったなら、こんなに何度も思い返さない。
どうでもいい相手なら、帰ってからメモ欄を開かない。
でも、近づきすぎたあとで、そのまま温かいままでいることができない。
温かいままだと、身体が落ち着かない。
だから、どこかを冷やしにいく。
相手の欠点を探す。
この人は完璧じゃない。この人も雑なところがある。この人にも、信用しきれないところがある。
そうやって一つずつ置くと、さっきまで近かった距離が少し戻る。
戻ると、身体が少しだけ安心する。
ここで、自分の性格の話にしてしまうと、順番が見えなくなる。
私は性格が悪い。人の悪いところばかり見る。大事にしてくれる人を大事にできない。
そう言えば、たしかに説明はつく。
でも、指は性格より先に動いている。
目線は反省より先に、相手の粗を探している。
胃は、相手を減点できた瞬間に少しだけ沈む。
減点は、攻撃だけではない。
自分を守るための距離でもある。
相手が悪いことにできれば、近づかなくて済む。
相手に問題があることにできれば、逃げてもいい理由ができる。
理由ができると、身体は少し楽になる。
楽になるから、また探す。
もう一つ。もう一つだけ。これも違和感だった。あれも本当は嫌だった。
画面の中に、相手の欠点が増えていく。
増えれば増えるほど、自分の逃げ道が太くなる。
でも、その太さは安心とは少し違う。
安心に見える。
正しさにも見える。
けれど、胃の底はまだ重い。
本当に相手が嫌いになったなら、もっと簡単なはずだ。
もう会わない。もう返さない。もう終わり。
そう切ればいい。
でも、切れない。
切りたいのに、切れない。
切れないから、欠点だけを集める。
それを見て、また迷う。
この人はやっぱり無理かもしれない。
そう思った次の瞬間に、でもあの時は優しかった、と戻ってくる。
戻ってくるから、また別の欠点を探す。
身体が、近づく理由と離れる理由を同じ画面の中で交互に並べている。
昔の家では、近いものがそのまま安全とは限らなかった。
優しい時間があった。
笑う顔もあった。
でも、そのあとで急に空気が変わることもあった。
だから、温かい場面の中にいると、身体は先に出口を探す。
出口が見つからない時、欠点を探す。
相手を少し小さくする。
信用しきれない人にしておく。
そうすれば、失くした時の落差が少しだけ減る。
そういう名前で説明されることもある。
でも、名前より先に、帰ったあとの指がある。
メモ欄を開く指。
よかったことを飛ばして、粗だけを拾う目。
書けば書くほど少し落ち着いて、それでも消せない胃の重さ。
相手の欠点を探している時、こちらは相手だけを見ているようで、ほんとうは距離を測っている。
どこまで近づいたら危ないのか。
どこから先なら逃げられるのか。
どの欠点を持っていれば、自分は離れても許されるのか。
その計算が、言葉になる前に指へ落ちる。
だから、メモ欄は相手の記録ではない。
自分が逃げるための地図になっている。
そこに書かれているのは、相手の本当の姿だけではない。
自分が近づきすぎたあとに、どうやって後ろへ下がろうとしたか。
その跡も混じっている。
画面を閉じようとする。
でも、消せない。
消したら、また近づいてしまう気がする。
消したら、相手の優しかったところだけが残ってしまう気がする。
それが怖い。
だから残す。
残したまま、スマホを伏せる。
部屋は静かだ。
誰も責めていない。
相手も、ここにはいない。
それでも指先だけが、まだ冷たい。
メモ欄の中で、相手は少し悪い人になっている。
その分だけ、こちらは少し遠くにいる。
遠くにいるはずなのに、胃の底だけが重い。
治らないまま、それでも生きている人間が、ここにいる。
