自分と向き合うということ。その先にあるもの|自分に還る余白をつくるプログラム
先日、以前から発信したいと思っていた
「自分に還る余白をつくるプログラム」を、
発信しました。
このプログラムの根底に流れているのは、
“自分に向き合う”ということです。
・空間
・お金
・時間
・人間関係
・身体
・心
この6つの層について、
それぞれと自分がどんな関わり方をしているのか、
少し立ち止まって見つめてみる。
そして、そのときにふっと湧き上がってきた
自分の感情に気づく。
その感情を、否定せずに受け止めてみる。
それが、このプログラムのいちばん大切な役割です。
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この6つの層は、
空間がいちばん外側にあり、
そこから
お金
時間
人間関係
身体
そして最後に心へと、
少しずつ自分の内側へ向かっていく構造になっています。
以前の私は、人生が停滞していた頃、
「自分の心と向き合いたい」と思っていました。
向き合って、本当に自分がしたいことや、自分が生きている意味をはっきりさせたいと思っていました。
けれど、
・心と向き合う
・心を変える
・思考を変える
自分の心に向き合うって、どうやって?
過去の悲しい思い出の中に答えが隠れていると聞き、
過去の記憶をたどり、思い出してみました。
そして自分なりに向き合ってみたものの、
まだその先の答えは見えてこない。
「ジャーナリングがいいよ」と聞き、
毎日、そのときどきの感情を書いてみました。
けれど、
その先にある自分の本当らしい気持ちには、
なかなかたどり着けませんでした。
当時憧れていた作家さんの
「自分について深く知る」オンラインサロンにも入会しました。
それでも、
本当の自分の願いを知ることはできませんでした。
何をやっても、
八方塞がりのように感じていました。
でも今振り返ると、
そのもがいていた時間は、決して無駄ではなかったと思います。
そのときどきに学んだ知恵や教えが、
自分の経験とふとつながる瞬間があり、
少しずつ、自己理解を深めてくれることもあるからです。
散々もがいたあとに、
私が気づいたことがあります。
それは、
自分のことが分かるのは、やはり自分しかいない
ということでした。
誰かにとって良い方法が、
必ずしも自分に合うとは限らない。
憧れていた人の言葉も、
すべてをそのまま鵜呑みにしてはいけない。
そんな当たり前のことを、
私は少し苦い経験とともに、
ゆっくりと学んでいきました。
そして私は、
外側に答えを求めることをやめました。
時間がかかってもいい。
遠回りでもいい。
納得できるところまで、
自分の足で歩いていこう。
そう決めたのです。
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当時は、
空間はある程度整い、
お金についての学びもピークを過ぎた頃でした。
その頃、私は
学校の非常勤講師と英語教室の仕事を、
並行して続けていました。
けれど、年々増えていく英語教室の生徒さんと
仕事時間に追われる日々の中で、
強制的に、
仕事と家族、そして自分自身の時間の使い方を
見直す機会が訪れます。
その後、仕事の時間を減らしたことをきっかけに、
自分について考える余白が人生の中に生まれました。
そして当時気になっていた
人間関係についても、
向き合い、整える時間ができました。
その後、わが家は犬を家族に迎えることになり、
毎日の散歩の習慣が生まれました。
散歩をきっかけに、それまでどこか避けてきた
「身体を大切にすること」とも、
自然と向き合うようになりました。
そして最後に訪れたのが、
何年も前に向き合おうとしてもできなかった
自分の心と向き合う時間でした。
その頃の私は、
以前の、心も思考も感情もぐちゃぐちゃだった頃の自分とは、
何かが違っていました。
その何かとは、
自分を取り巻く環境や人間関係、
無理のない時間の流れの中で生活することで、
少しずつ積み重なってきた安心感だったのだと思います。
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そして、
心と向き合い始めた矢先、
娘が不登校になるという出来事が起こりました。
当時は、娘も私たち家族も大きなショックを受けました。
けれど、
どん底から這い上がるように前を向こうとする娘の姿を
すぐそばで見ながら、
私はひとつのことを感じていました。
人は、何度でも立ち直ることができる。
そんな、
生命の温かくて強いエネルギーを、
私はその経験から教えてもらいました。
これまで「整える」ということに集中し、
色々なものを少しずつ積み重ねてきた矢先の、
娘の不登校。
その出来事は、
「これまで私がやってきたことは、
家族にとっても、自分にとっても
間違っていたのかもしれない。」
「整えるなんて、
何の意味もなかったのかもしれない。」
そんなふうに思ってしまうほど、
心が落ち込む出来事でもありました。
まるで、
すべてが壊れてしまうかのような感覚でした。
けれど――
そこからまた、
少しずつ前を向くことができる。
何があっても、
人生は続いていく。
そのことを、
もう一度深く確認する経験でもありました。
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そしてまた、
その辛い時間は、
多くの癒しに触れた時間でもありました。
子ども時代に抱えていた生きづらさや、
断片的な辛い記憶が呼び起こされ、
「今の自分なら、
あの頃の自分にどう寄り添うだろう。」
そんなふうに思う場面が、
何度もありました。
そして、本当に辛いときに、
そばに寄り添ってくれる人がいるという現実。
若い頃、
一人ぼっちで心の奥で震えていた私がいた。
けれど…
もう一人ではない。
そう分かったのです。
これが、
私の「自分に還る旅」の入り口です。
その後私は、
日々の生活を送りながら、
この経験を
必要としている人と共有したいと
思うようになりました。
それが、
「自分に還る余白をつくるプログラム」
の原点です。
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長い長い時間の中で、
さまざまな紆余曲折があり、
やっとできるようになってきた
自分と向き合うということ。
そして、その先には
確かに、私の願いがありました。
その願いは、
派手でもなく、
キラキラしているわけでもありません。
けれど、
とても自分らしくて、
小さな灯りのように静かに光っています。
そして私は、信じています。
誰もが、
自分の願いを持っていて、
誰もが、
その人らしいやり方で、
自分の願いに出会うことができる。
このプログラムを通して、
それぞれの「自分に還る旅」が始まることを、
心から願っています。
#自分に還る余白をつくるプログラム
