私のこよなく愛する〇〇
このテーマについて、
彼以外の存在が思いつかない。
他のものや場所でも書いてみようと思ったけれど、
どうしても体温がのらない。
最後まで書けない。
やっぱり私は、
ドーマスについて書こう。
ここにありったけの、
ドーマスへの愛を残しておきたい。
朝、目が覚めると、
足元にはドーマスが眠っている。
いつもベッドの半分を、
惜しげもなく、
当たり前のように使って、
わが物顔で眠る彼を見るたび、
思わずくすっと笑ってしまう。
保護犬だったドーマス。
わが家に来てしばらくは、
警戒心から、
ケージから出ようとしなかった。
それなのに、
お迎えして1ヶ月ほど経った頃から、
今度は早朝になると、
ケージの中から遠吠えをするようになった。
「何を鳴いているんだろう。」
ご近所のことも気になっていたある日、
犬と暮らした経験のある夫が言った。
「寂しいんじゃない?」
それからずっと、
ドーマスは私たち夫婦のベッドで
眠るようになった。
ドーマスと毎日過ごす日々の中で、
ひとつ、不思議だなと思うことがある。
人は言葉以外でも、
人ではない存在と、
ちゃんと心を通わせられるということ。
ドーマスは言葉を話さない。
けれど、
その身振り手振りで、
まっすぐな目で、
いつも私たちに話しかけてくる。
「何を食べているの?」
「ぼくにもありますか?」
「ほんの少しでいいので、
ぼくにもくれませんか?」
「なんでくれないんですか!」
だんだんと、
圧が強くなる。笑
元野犬だったドーマスは、
食べ物への執着がとても強い。
その姿を見ていると、
生きることに必死だった時間が、
きっと長くあったのだろうと思う。
過酷な日々を生き延びて、
私たち家族のもとへ来てくれて、
ありがとう。
そんな感謝が、
ふと胸に湧いてくる。
ドーマスを迎えたのは、
彼が推定一歳半くらいの頃だった。
だから私たちは、
ドーマスが仔犬だった頃を知らない。
きっと可愛かったんだろうな。
白くて、
ふわふわで。
その姿を見てみたくて、
ChatGPTさんにお願いして、
こんな画像まで作ってもらった。笑

するとしばらくして、
保護犬団体のスタッフだった方が、
ドーマスが9ヶ月頃の写真を送ってくださった。

その写真を見たときの、
私たち家族の喜びようといったら。
「こんなコロコロして、
あどけない頃があったんだね。」
そんな会話をしながら、
何度も写真を眺めた。
ドーマスは、
私たちの暮らしに、
人生に、
そっと彩りを添えてくれる。
そして、
言葉にならない安らぎを、
いつも運んできてくれる。
私の偏愛について
書くつもりだったのに、
愛を与えてもらっているのは、
私の方なのかもしれない。
かぜの帽子(内省エッセイスト)さんのメンバーシップの企画に参加しています。
自分の大切な存在に、
改めて気づかせてくださり、
ありがとうございました。
