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税金について    

「税金」は日本銀行券の仕組みに由来します。
だから、税金を必要としない別のお金の仕組みは可能です。
まずはこの事実を確認します。

日本銀行券を独占的に発行する日本銀行は、日本銀行券についてこのように説明しています。

やがて、発行者がそもそも金属との引換えを約束しない不思議な券(不換<ふかん>紙幣)が発行され始めます。この不思議なおさつの特徴は、それ自体ただの紙片であり、しかも金属とも何とも引換えてもらえないにもかかわらず、誰もがなぜか「ああ、それが手に入るなら交換に応じてもよい」と考えてしまうところにあります。そこには「私が欲しいものを売っている人は、必ずこのおさつを受け取ってくれるはずだ(だから私はこのおさつを受け取ってよいのだ)」という、人々に共有された信念があるわけです。
このように、人々の信念によって支えられたおかねのことを「信用貨幣」と呼びます

日本銀行券という「不思議ちゃん」がお金である原因は
「これはお金なのだ!」と人々が共有する信念
だそうです。
であれば、「これはお金でなのだ!」と皆が共有すれば、
僕らは何でもお金にする事が出来ます。

例えば、「子供の10分間肩たたき券」を周りの大人が
「これはお金なのだ!」と認めさえすれば、その紙きれが紙幣になります。
同様に「一時間何でもやります。」「秋に収穫するお米1Kgと交換します」
など、それぞれが誰かに提供できるモノやサービスが書かれた紙を
「これはお金なのだ!」とお互いに認め合えば、その紙きれは紙幣になります。これがワットシステムの原理です。

以下が僕が作成したワット券の試作品になります。

 ワットシステムの場合、お互いが発行するお金をお互いに認め合う仕組みです。この仕組みの場合、誰もがお金を発行できますから、所得が確定せず、従って確定申告が不可能になります。

 税金とは「国家権力がお金の分布を強制的に変化させる手段」です。
「日本銀行は、日本銀行法第46条に基づき、銀行券(お札)を独占的に発行することになっています。」
日本銀行だけが日本銀行券を発行できる、国民は発行できない。
だから、国民の所得が確定し、確定申告が可能になるのであり、
税金という仕組みは、この人民民主主義独裁体制の元で成り立っています。
よってこの独裁体制が崩れれば、税金という仕組みも崩れることになります。

日本銀行は、日本銀行法第46条に基づき、銀行券(お札)を独占的に発行することになっています。

国債について


国債のサンプル
国債のサンプルその2

国債のサンプルに
「2 この国債は、・・・、5万円づつ、毎年4月15日に償還します。」
と書かれているように、
国債とは
「決められた期日に、決められた額の銀行券を引き渡す約束が書かれた紙」
です。
名目上の発行者は財務大臣ですが、発行額や条件の決定権は国会ですので、実質的な発行主体は「国会」となります。

 中世の国王は、「返せない借金は踏み倒す」が基本でした。
国王にお金を貸すと踏み倒される恐れがあるから、貸す時の金利を上げる。こうして財政がさらに悪化する。結局国王が借金を踏み倒す。
この悪循環から抜け出すために考え出された方法が、
「税金を集める議会が国債を発行する」でした。

 国王が亡くなった時、前国王の借金を新国王は相続しない=踏み倒す。
この決定は、新国王の判断次第でしたし、実際に頻発していました。
議会であれば、人間の寿命よりは長く続くと考えられるので、相続拒否による借金踏み倒しは起こらない。

 税金を集める議会が発行する国債であれば、国債を購入する投資家も安心して(=低金利で)購入できます。安心して投資家から資金が集まれれれば、国の財政も安定します。こうして国債が誕生しました。

 1692年12月10日、人類史上始めて国債が発行されたイギリスにて、国債発行と同時に船舶税や酒税の増税が行われました。
国債とは「税金として議会が集める銀行券との引換券」ですので、そもそも「国債を発行する=税収を確保する」となります。
日本の場合、令和7年度の国債発行予定額が約177兆円で、令和6年の総税収約75兆円の二倍以上ですから、既存の税収で追いつける額では無いはずで、
「増税する」が基本政策にならざるを得ないでしょう。
 また、一般国民から税金を集めて、そのお金を投資家に支払う国債とは、働く人からお金持ちへお金を吸い上げるトリクルアップの仕組みである、
となります。

 日本においてなぜ税金が必要かといえば、
国会が発行する国債が「日本銀行券との引換券」であるからです。
国会が日本銀行券の引き渡しを国債の持ち主に約束しているからこそ、
国会は日本銀行券を国民から集める税金の必要性が生まれます。
よって、国債が約束する引換物を「日本銀行券」から「行政サービス」に書き換えれば、国会は日本銀行券を国民から集める必要がなくなります。
 国債の約束する引換物を「行政サービス」に書き換え、国会がその紙を「国立大学の授業料」や「高速道路の料金」など「行政サービスの支払い手段」として受け入れば、その紙は流通する紙幣として成り立ち得ます。
よって、もし国債をワット券に書き換えれば、もはや税金は必要が無い、
となります。

 もしワット券で取引を行う際、その記録は一切政府に申告する必要はありません。何か政府が言ってきたら
「国民から金を集めるのでは無く、自分で発行しろ。」
と言い返せば良いでしょう。

 なお、「誰かに提供できるモノやサービスが書かれた紙」で取引が行われる世界では、商品は商品としか交換されません。これは不労所得の廃止を意味します。よって、不労所得の廃止のために、暴力革命や共産党一党独裁は、必要がない、となります。

日本円の持ち越し税について

 ワット券の話は日本銀行券とは別の世界を付け加えるという話です。
現在日本では、具体的な紙幣である日本銀行券だけでなく、数字情報だけである銀行預金も含む日本円によって運営されていますので
現在日本国民が共有している日本円の活用について考えてみます。

日本円とは日本国民が共有するお金の仕組みですので、
個人の持ち物であると同時に、公共施設です。
「公共施設である皆の土地を個人の駐車場として使う人は、
その使用料を公共に対して支払うべき。」
同じ理屈で
「公共施設である日本円を個人の財産とする持ち主は、
その使用料を国会に対して支払うべき。」
具体的には、国会が日本円の持ち主に持ち越し税を課すことになります。

実務は無視した計算値ですが
2023年12月の時点で、日本円の総額は1,600兆円(通貨供給量M3)だとすれば
5%の持ち越し税を掛けると、国会の税収は80兆円となります。
所得税、法人税、消費税などを全て廃止し、持ち越し税だけにしても
令和6年の総税収約75兆円とほぼ同額の税収が得られることになります。

 全然小さい規模ですが
1932年7月にオーストリアの地方都市ヴェルグルで、
町当局が持ち越し税を徴収する労働証明書=減価する地域通貨が発行され、
世界恐慌のまっただ中にて、ヴェルグルだけが繁栄すると言う事態が起こりました。

お金に持ち越し税を課す=減価するお金の考え方について

日本銀行は、法律に書かれた強制通用力が日本銀行券の仕組みを支える仕掛けの一つと説明しています。

「いつでもどこでも必ず受け取ってもらえる」
=「買い物した店におさつを受け取らせることができる。」
仕掛けの3つめは、この共通の信念を法律に書いてしまうことです。

日本銀行法第46条第二項に
「日本銀行券は法貨として無制限に通用する。」
と書かれています。
 1000円でお米を販売する売り手は、買い手が1000円分の大根や1000円分のもやしとの交換を要求したとき、拒否できます。しかし買い手が1000円の日本銀行券との交換を要求した時、売り手は交換を拒否できません。
=「買い物した店におさつを受け取らせることができる。」
日本国民の代表者が集う国会で成立した法律によって、これが定められています。
よって、日本銀行券さえ持っていれば、必ず何でも手に入る。
という仕組みによって現在の日本は運営されております。
トランプで言えばジョーカー、ドンジャラで言えばオールマイティのように
数ある商品の中で日本銀行券は常に交換可能な特権を与えられている、と見ることが出来ます。

 この仕組みの元では、
お金さえあれば、何でも手に入れられる、
という考え方が国民の中で、育まれることになります。
そして現実に、お金があれば権力を手に入れる事が出来ます。
ゆえに「政治とカネ」の問題が発生する事になります。
お金が無いととんでもないことになる、と子供は脅されて育ち、実際に体験をして、「世の中そういうものなのだ」とあきらめつつ成長することによって、現在の日本銀行券が「価値の保存機能」を獲得することになります。

 ワットシステムの場合
自然の摂理に沿って生まれたエネルギーがあれば、何でも手に入れられる、という世界です。人間の営みを自然に沿うべきだという価値観を育むことをワットシステムは目指しています。
日本には、自然、人間、神々は一体であるとする在所共同体という考え方があります。
 この在所共同体の考え方が大事なのだ、
この考え方を世に問う手段として、ワットシステムは開発されました。
よって、在所共同体の考えに賛同する仲間と出会うために、
ワットシステムは活用できるはずと僕は判断しています。
そして、在所共同体が代々受け継がれてゆく事で、
ワット券は「価値の保存機能」を獲得することになります。

今の世界の実態とは、
お金持ち上位62人が全世界の半分の資産を持っている。
世界中のお金の95%は実態とは関係なく単なる金融取引上の数字として存在している。
このような出来事が世界で実際に起こっています。

世界の実態が
「商品に対してお金が特権を持っている」であるならば、
お金の特権を打ち倒して、お金を商品と対等な存在とする事
これらが解決策の一つとして考えられます。

時間と供に劣化する商品と同様に、お金も時間と供に劣化するべきである。
こうしてお金と商品が対等な存在になる。
お金の持ち主と商品の持ち主が出会う市場という場所を
対等な人間関係が結べる場になるのだ。
お金に課す持ち越し税は、対等な人間関係を目指す考えで成り立っています。

なお、「資本論」にて展開されるマルクス理論は
「お金と商品は対等な存在である」という前提で成り立っています。
もし、世界の実態が
「お金と商品は対等な存在ではない」であるならば、
マルクス理論は世界の実態とは関係ない理論となります。

補足

「消費税-5%案」について
マイナス消費税とは、
「消費した国民に政府がお金を配る」
という提案です。
政府が国民に配るお金を、月々1%の持ち越し税を課すとすれば、100ヶ月後には政府が全額を回収することになるので、政府の財政を痛める事にはならないと思われます。

マイナス消費税については、1936年カナダのアルバータ州で実践されたと聞いているのですが、その詳細や結果については確認できていません。


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