友達のTシャツ
Photo: by StokedWay
友達が死んでから、初めての夏がやってきた。
めったに会えなかったけど、去年の夏まで、気が向けば連絡していたんだ。「今日もクソ暑いな」なんて、たわいのないメッセージをLINEでやりとりしていたんだ。
でも今年は違う。友達はもういない。
友達の美学
友達はボーダー柄のTシャツを愛していた。それも、ただのボーダーじゃない。胸ポケット付きダメだった。
周りの友達が「また今日もボーダーか」って冷やかすほど、毎日のようにボーダーを着ていた。僕らがそんなことを言うのを覚えているくらいだから、よほど高頻度で着ていたんだろう。友達にとって、それが当たり前だった。
ある日、友達のTシャツには、いつも胸ポケットがついていることに気づいて、「胸ポケットのTシャツを選んでるの?」って聞いたことがある。そうしたら友達は、いつもより真剣な顔で力説するんだ。
「タバコをしまう場所として必要なんだよ!」
セブンスターを胸ポケットにしまって、歩く姿。今思い出すと、なんだか愛おしい。あの時は理解できなかったけれど、あれが友達なりの美学だったんだ。
分からなかった価値観
正直に言うと、僕はあの組み合わせがよく分からなかった。ポケット付きボーダー柄Tシャツなんて、マルカワのおつとめ品でも売ってないような代物だ。いったいどこでそんなシャツを見つけてくるんだよ、「ウォーリーを探せかよ!」と心の中でいつもツッコミを入れていた。
センス的にはいかがなものかと思っていたんだ、あの頃は。
でも今になって分かる。それが友達のトレードマークだった。あの独特のこだわり、誰がなんと言おうと自分の価値観を貫く強さ。そういうところも含めて、友達という人間だったんだ。
僕なんかは値段ばかりを気にして、マルカワのおつとめ品ばかりを選んでいた。でも友達は違った。自分が好きなものを、堂々と着ていた。
当たり前が当たり前でなくなった日
そんな友達は、ある日突然、死んだ。
僕らが当たり前だと思っていた日常が、当たり前じゃなくなった。もう二度と、あのボーダーTシャツを見ることはできない。もう二度と、胸ポケットからセブンスターを取り出す仕草を見ることもできない。
初めての夏が来て、僕はそのことを改めて実感している。
去年の夏は、まだ友達がいた最後の夏だったんだ。僕らが知らない間に、それが最後になっていた。
友達を想って
最近、ふと思った。友達を偲んで、胸ポケット付きのボーダーTシャツを探してみようかって。
ZOZOTOWNを開いて「胸ポケット ボーダー Tシャツ」なんて検索してみる。意外とあるものなのかもしれない。友達が愛用していたようなTシャツが、どこかで売られているかもしれない。
それを着て街を歩いたら、なんだか友達が隣にいるような気がするだろうか。鏡を見た時、少しだけ友達の面影を感じられるだろうか。
センス的にはいかがなものかと思うけれど、一度やってみるか。
友達なら、きっと笑って言うんだろう。
「やっと分かったか」って。
友達が死んでから初めての夏。僕は今、友達の変てこなTシャツのことを、こんなにも愛おしく思っている。あの時は理解できなかった美学が、今になって少しだけ分かるような気がしている。
人は、いなくなってから本当の価値が分かるものなのかもしれない。
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