あの頃の最高にイカした服
60年の歴史が終わる日
町田の老舗ジーンズショップ「マルカワ本店」が閉店するというニュースを見た時、胸の奥で懐かしさと切なさが渦巻いた。
60年の歴史に幕を下ろす。数字で見ると、確かに長い。でも俺にとっては、もっと個人的で、もっと切ない意味がある。
平成が始まったばかりの町田で中学生だった俺にとって、マルカワ本店は「ファッションとの最初の格闘技場」だったからだ。
結果から言うと、俺は完全敗北した。
でも、その敗北は今思い返すと、なんだか愛おしい。
平成初期の町田、俺の戦場
JR町田駅を降りて、マツモトキヨシを左に曲がると見えてくるマルカワ本店。

今はサンドラッグがある場所には、確かカメラ店があった。キタムラだったかな?そこでファミコンのソフトが定価の2割引きで売ってて、小学生の俺はそのショーケースに張り付いてた。
「がんばれゴエモンが4,400円...」
指折り数えて、お年玉の残高と照らし合わせて、真剣に購入計画を練ってた。あの頃の俺にとって、4,400円は大金だった。
中学生になって状況は変わった。
ファミコンより大事なものができた。
服だ。
正確に言うと、「母ちゃんが買ってくるダサい服なんて着てらんねー!」という反抗心だった。
でも困ったことに、俺が自分で選んで買った服は、母ちゃんが買ってくる服より絶望的にダサかった。
なぜか。
答えは簡単だった。金がない。「おつとめ品」という名の屈辱。
マルカワ本店の店先に並べられた「おつとめ品」。
この4文字を見るたびに、俺の心は複雑にねじれた。
「おつとめ品」は安い。中学生の俺が小遣いとお年玉の残金をかき集めて、ギリギリ手が届く値段。でも、絶望的にダサい。
謎のプリントTシャツ、サイズが微妙に合わないシャツ...。
「ダサいな」
鏡の前で思った。でも選択肢がない。母ちゃんが買ってくる服よりはマシだろうという、根拠のない自信だけが頼りだった。
実際は全然マシじゃなかった。
俺は「CALIFORNIA STYLE」とか書いてある謎のTシャツを着る。
なぜなら、それが俺が自分で選んだ「イカした服」だから。
あの頃の俺の「イカした」基準
今思い返すと、平成初期の中学生の「イカした」基準は、めちゃくちゃだった。
ジーンズは汚れてる方がカッコいい
英語が書いてあればとりあえずオシャレ
この基準に従って、俺はマルカワの「おつとめ品」を物色した。
「これなんかイケてるんじゃね?」
今思うと、完全に自己暗示だった。でも当時の俺は本気だった。
いまにも臭ってきそうな青春
マルカワで買った服を着て、俺たちは町田の街を歩き回った。
目的なんてない。ただ歩く。丸マックで100円のハンバーガーを食べて、
動くグルグルの前で待ち合わせ。
ジーンズは次第に本当に汚れていく。蓄積されるダメージなのか汚れなのかがカッコよく見えた。シャツは色褪せて、プリントは剥がれかけた。
「マルカワのおつとめ品」
それが俺たちのユニフォームだった。
周りから見れば、ただのダサい中学生。でも俺たちなりに、精一杯「イカして」いたつもりだった。
その気持ちは、今でも間違いじゃなかったと思う。
最後の別れ
先日、閉店前のマルカワ本店を訪れた。


店の入り口には「ご自由にお持ちください」とハンガーやマネキンが置かれている。

その中に、ゴーマリサンを履いてたであろう下半身マネキンを見つけた時、目頭が熱くなった。

あの頃の俺が憧れた「イカした」の象徴がそこにあった。
今の俺の目で見ても、決してオシャレとは言えない。でも、あの頃の俺にとっては、それが「カッコいい」の全てだった。
ありがとう、マルカワ本店
結局、俺はマルカワ本店でファッションセンスを磨くことはできなかった。
でも、別のことを学んだ。背伸びすることの大切さ。
限られた予算の中で、自分なりに「カッコよく」なろうとすること。それがたとえ客観的に見てダサくても、その気持ちは本物だった。
マルカワ本店は、俺に最初の「自分で選ぶ」という体験をくれた。失敗も含めて、それは俺の青春の一部になった。
さよなら、マルカワ本店。ありがとう、マルカワ本店。
60年間、本当にお疲れさまでした。
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