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2007年 中日ドラゴンズ(2位・日本一)

中日ドラゴンズは今年で球団創設89年目なのですが意外にも日本一になった回数は2回と少ないんですよね。
1回目は1954年。そして2回目は1回目の53年後の2007年です。
この頃の中日といえば落合博満監督のもと7年で4度の優勝を果たした黄金期ですがその期間で唯一日本一になったのはこの2007年のみ。今回は2007年の中日を見ていきましょう。


目指せ2連覇

前年の中日は投打においても最強で、球団史上最速でマジックナンバー点灯すると勢いそのままリーグ優勝を果たしました。しかし日本シリーズではパ優勝の日本ハムに敗れ日本一を逃しました。

連覇を狙う中日は2003年からチームを支えてきたアレックス・オチョアが退団。新外国人ではその代役でKBOのスター選手だった李炳圭(イ・ビョンギュ)を獲得。李は何といっても走攻守でチームに貢献した5ツールプレイヤーで1999年には李鍾範に次ぐ2人目のトリプルスリーを達成。2004年以降は手術の影響でモデルチェンジしてアベレージヒッターに変貌。来日2年前の2005年には首位打者も獲得しており、アレックスを上回る存在として期待されました。
また投手陣ではジョー・バレンタイン、サンティアゴ・ラミレス、フランクリン・グラセスキーの3名を獲得。そして育成選手でラファエル・クルスとオリックスを自由契約になった中村紀洋を獲得しました。

中村紀洋入団

2006年にドジャースからオリックスに復帰した中村ですが、故障続きのシーズンを送り打率.232 12HR 45打点とらしくない成績に。9月には9月には左手首を手術。契約交渉では中村が左手首の故障を「公傷」と主張したのに対し、球団側はそれを認めず、60%減の8000万円(推定)の単年契約を提示。中村はこれを戦力外通告と判断し自由契約を申し入れるが、球団はこれを認めずに交渉は長期化し翌年1月まで6度の交渉が行われるも球団は契約更改を断念。1月17日に自由契約になることが決定しました。

ただ球界を代表するスラッガーの自由契約に熾烈な獲得争い…とはなりませんでした。というかまじでどこの球団の見向きしていませんでした。

↑総スカンである。

結局どこも獲得しないまま2月を迎えてしまい、各球団キャンプインする中で中村は「架空のキャンプイン」と称して自主トレを続けました。
そんな中、中村に12日テスト生としてのキャンプ参加を呼び掛けた球団がありました。中日ドラゴンズです。これにはどうやら監督の落合博満が近鉄の監督だった梨田昌孝に頼まれたという経緯があったようですが、中村は15日からキャンプに参加。入団テストを受けました。
そして25日、育成選手枠での中日入団が決定。年俸はオリックスの提示を遥かに下回る400万円、背番号は205でした。
ちなみにこの一連の経緯が問題視された結果、これ以降制限額を超える減俸を提示された場合に選手側が早期に自由契約を選択できるような取り決めが作られることになりました。

中村はオープン戦で結果を残すと開幕直前の3月22日に年俸600万円で支配下登録。背番号は99に変更されました。

背番号205の中村紀洋

野手陣

この年の中日打線は8人が規定打席に到達しています。
上位打線はまずアライバ。この年は主に1番井端・2番荒木が起用され、井端は全試合出場で打率.296 出塁率.368ととにかく塁に出ており、荒木は不振で2軍落ちも経験したものの31盗塁(盗塁王)で井端の23盗塁と併せて走りまくりました。中日黄金期を象徴するアライバの守備ですがこの年もどちらもGG賞してこれで4年連続のW受賞となりました。
前年強力だった中軸ですが福留孝介が5月にダイビングキャッチを試みたときに負傷。8月には手術のため渡米したのでシーズン中の復帰ができずそのままシーズンを終えてしまいました。
そのためマークがキツくなったタイロン・ウッズでしたが、この年も打ちまくり35HR/102打点と38歳と高齢ながら大活躍。来日5年で200HRも達成しています。
前年レギュラーに定着した森野将彦はサードに中村が入るためレフトで出場機会を増やし、福留離脱後は3番や5番を主に打ち最終的には.294 18HR 97打点とチーム内2位の打点を稼ぎました。
そして中村は復活の20HRを放つ大活躍。広角に打ち分けるバッティングでチーム3位の打率.293、チーム内2位の20HR、チーム内3位の79打点を記録しチームに大きく貢献しました。

一方で鳴り物入りで入団した李炳圭は開幕9試合連続安打と出だしは好調でしたが、徐々にマークされてしまい結局は.262 9HR 46打点と思ったよりも微妙な成績。正捕手の谷繁元信も守備は良く、NPB新記録の1264守備機会連続無失策と記録更新したりリーグ1位の盗塁阻止率.404を記録したりしたのですが、打撃では打率.236とリーグ最下位。

また当時の中日はベンチメンバーが豪華。この年から代打の神様的存在になった立浪和義は2HR/31打点を打ち、1000打点も達成。
外野も井上一樹、堂上剛裕、そして守備固めで英智が出てくるこの控え陣。めちゃくちゃ良いですよね。
得点はリーグ2位の623。盗塁数83はリーグ1位で四球・出塁率もリーグ1位。
優勝した巨人が一発攻勢なのに対し中日はそういう感じではなく繋ぐ攻撃で戦っていた印象です。ただ福留が万全だったらな…とは思うんですけどね。
【タイトル(野手陣)】
荒木雅博(2B)=GG 盗塁王
井端弘和(SS)=GG B9
タイロン・ウッズ(1B)=B9
中村紀洋(3B)=GG
谷繁元信(C)=GG

アライバ(左:井端、右:荒木)
ちなみに井端は1000安打、荒木は200盗塁を達成している。

投手陣

投手陣で言うと三本柱が活躍が光ります。
エースで開幕投手を務めた川上憲伸は8月3日の横浜戦で球団3番目の速さで通算100勝を達成。実際規定投球回到達も完投は0だったのですが、K-BB%17.5%はリーグ1位の値。12勝を挙げ4年連続2桁勝利を達成しました。
その川上よりもK%が高かったのは中田賢一。3年目の中田は序盤無援護もあり、1ヶ月以上勝ちがつかない登板が続きましたが最終的にはチームトップの14勝を挙げ、逃したものの内海哲也(巨人)と熾烈な最多奪三振争いを展開していました。ちなみにK%は23.9%です(川上は20.8%)。
26歳の朝倉健太は前半戦は制球難で低迷も後半に尻上がりに調子を上げ、7月8月の夏場は7勝1敗の好成績、8月は4勝負けなしの防御率1.10で8月MVPを受賞しています。特筆すべきは被本塁打の少なさ。被本塁打9はリーグ1の少なさでした。最終的には12勝で2年連続の2桁勝利を達成しました。

先発陣はその一方で山本昌が不調で2勝しか挙げられなかったものの、小笠原孝がチーム唯一の防御率2点台で6勝(無援護定期)、山本の不調で先発ローテに入った山井大介は優勝争い中の9月に4勝1敗、防御率3.00の好成績で9月MVPになるなど活躍しました。

救援陣ではやはり岩瀬仁紀が9年連続50登板の偉業を成し遂げると、この年は61登板で防御率2.44、43Sを挙げてています。ちなみにこの年球団記録を更新する通算117Sを挙げ、NPB6人目の通算150S、さらに3年連続40Sとまさに守護神の働きを見せてくれました。
救援陣では岡本真也(62登板)、平井正史(45登板)、久本祐一(36登板)が主に投げており、特に岡本は前半戦を防御率0点台で終え、セットアッパーとして防御率2点台にまとめ38HPでリーグ3位のHP数を上げました。
あれ、外国人は?という人もいるかもしれませんが、6月8日にバレンタイン、8月17日にはグラセスキがウェーバー公示で退団と獲った助っ人はあまり活躍できなかったようです。
チーム防御率は3.59とリーグ3位でした。

中田賢一
ドラゴンズのエースナンバー背番号20を付けています。

2連覇を目指して

開幕カードは本拠地でのヤクルト戦。3年連続開幕投手を務め、ここまで1失点だった川上が8回に逆転を許してしまいます。2-3のビハインドで迎えたその裏に中村が移籍後初のタイムリー、その後代打立浪などのタイムリーでこの回一気に5点を取り7-3で開幕戦を取ると、このカード3連勝します。
6日の横浜戦では岩瀬が117S目を挙げて球団新記録。17日の阪神戦では山本昌がセ史上最年長で完封勝利を達成しました。この4月は11勝12敗1分でした。
5月も勝ち負けを繰り返していましたが、12日の巨人戦から7連勝と一時巨人を抜いて首位に立ちました。ちなみに12日には谷繁がNPBの捕手では新記録となる1264守備機会連続無失策を達成しています。
5月は大型連勝もあり、16勝10敗でした。
交流戦期間は12勝11敗1分の5位でした。
7月は11勝9敗で貯金2、オールスターには岩瀬・中田・谷繁・井端・森野・T.ウッズ・福留が選出されました。

後半戦は首位巨人、2位中日に加わり3位阪神も急浮上し00年代セを象徴する三者の優勝争いに。8月は14勝11敗とほぼ横ばい、9月も14勝12敗と勝ち越しました。特に8月は朝倉が4勝負けなし防御率1点台で月間MVPに、9月は山井が4勝1敗で月間MVPに選ばれるなど投手陣の頑張りは見られました。
しかし優勝できるほど勝てたわけではなく結局巨人がそのまま優勝、2連覇を逃しました。
10月4日の広島戦では3-2で延長12回に井端のサヨナラタイムリーで勝った試合があるのですが、この試合両軍合わせて19人の投手を使っており、中日は川上(5回)ーデニー(0.1回)ー平井(0.2回)ークルス(1回)ー岡本(1回)ー鈴木義広(1回)ー石井裕也(1回)ー久本(1回)ー髙橋聡文(0.2回)ー岩瀬(0.1回)と10人の継投リレーでなんとか勝利をもぎとりました。

最終成績は78勝64敗2分、勝率.549の2位でした。

CSそして日本シリーズへ

CS

この年からCSがセでも導入。2位中日はナゴヤドームで3位阪神と対戦し、2連勝で第1ステージを制すると、第2ステージでは巨人と対戦。
その巨人とは第1戦で奇襲先発で小笠原孝を起用するとこれが功を奏し5-2で初戦を取ると、第2戦は7-4で勝利。第3戦はウッズの3ラン・谷繁のソロで点を入れると先発中田も8回途中2失点の好投で3連勝で2年連続の日本シリーズへの切符を手にしたのです。

小笠原孝
ちなみにまさか小笠原が投げるとは思わなかった巨人はうっかり左を並べてしまう。
それに対し巨人原監督は「新聞が悪い」と親会社批判(?)をした。

日本シリーズ

日本シリーズでは前年と同じ中日vsパ2連覇した日本ハムとの顔合わせになりました。
札幌ドームでの第1戦は中日川上、日本ハムダルビッシュ有のエース対決でしたが、初回にセギノールに3ランを打たれてしまい、中日打線もダルビッシュ相手に13三振を喫し得点も森野の犠牲フライのみで1-3で敗戦。

第2戦は初回に森野のタイムリーで先制。4回には日本ハム先発R.グリンは3者連続四球を出し満塁とすると中村はタイムリー二塁打を放ち3点追加。
中日先発中田はその裏にF.セギノールにソロを被弾もその1点に抑えると6回には李の2ラン、7回には森野の2ランで計8得点。中田は8回1失点の好投を見せ1勝1敗でナゴヤドームに舞台を移します。


ナゴヤドームに戻った第3戦は日本ハム先発武田勝がいきなり中日1番の荒木に初球死球を与えたところからチャンスを作りウッズのタイムリーから6本のタイムリーヒットが飛び出しいきなり7点を先制。武田をKOしました。
2回にも谷繁のタイムリーで2点を追加した中日。大量援護を受けた中日先発朝倉は走者を出しながらの投球ではありましたが7回1失点の好投。9-1でシリーズ2勝目です。

第4戦は相手の守備のミスを突いて初回から2点を先制。中日先発小笠原は4回に金子誠のソロ、5回には押し出し四球もあり同点に追いつかれ降板。しかしその裏に満塁のチャンスを作ると日本ハム先発・吉川光夫の暴投で再び均衡を破ると7回には武田久から中村がダメ押しのタイムリーを放ち4-2と勝利。あと1勝で53年ぶりの日本一決定です。

第5戦は中日が山井、日本ハムは第1戦と同じダルビッシュが先発。
中日は2回に平田良介の犠牲フライで先制。しかしその後はダルビッシュも1点もやらない好投を見せます。しかしそのダルビッシュを上回ったのが山井。なんと山井、8回まで1人の走者も許さないパーフェクトペースで投げ抜いていました。試合は8回まで1-0と1点差のまま試合は9回に入ります。中日ファンは日本一はもちろん山井の完全試合を期待しますが、ベンチはここで動きます。場内の山井コールをよそに森繁和投手コーチはボールを持ってマウンドへ。場内の歓声はどよめきに変わります。そして場内アナウンスはこう告げました。「ドラゴンズピッチャー、山井に代わりまして岩瀬」
いつものように9回のマウンドに上がる岩瀬。山井があんな完璧なピッチングをしたもんですから岩瀬への重圧も凄いものでしょう。投球練習を終えた岩瀬は先頭の金子を空振り三振、続く代打髙橋信二は4球目を打たせてレフトフライ。53年ぶりの日本一、そして継投での完全試合まであと1人となって迎えるバッターは小谷野栄一。場内の中日ファンの大歓声を受けた岩瀬が投じた5球目を打った小谷野の打球はセカンド荒木へ。そして荒木がいつも通りファーストに転送して試合終了。この瞬間中日ドラゴンズの1954年以来53年ぶりの日本一が決定したのでした。3度選手たちに胴上げされた落合監督。思えばこれが3度目の日本一を賭けた挑戦。まさに3度目の正直でした。

日本シリーズMVPには中村紀洋が選ばれました。中村にとってもプロ野球人生初の日本一。この日本シリーズでは両軍最多の8安打を記録していました。「もう最高です」と笑顔で答えた中村。中村は続けて「今年1月からいろんなことがありましたけども、ドラゴンズさん本当に感謝しています。ありがとうございます。」と中日球団への感謝を述べました。中日ファンの大声援を受けて中村は号泣。年初は所属球団がなく、どん底状態だった中村。それが中日に入団して20HRと復活。そして日本シリーズMVPにまでなったのですから素晴らしいものです。

まとめ

レギュラーシーズンは2位ながらも短期決戦を勝ち抜き53年ぶりの日本一を達成したこの年の中日。
そんな中日ですがオフにチーム随一の強打者福留孝介がメジャー挑戦。外野に大きな穴ができてしまいました。
しかし中日は西武をFA宣言した和田一浩を獲得することに成功。35歳という高齢なこともありましたがなんとか大幅な戦力の低下は免れたでしょう。
次に狙うはリーグ優勝からの日本一連覇。2008年の中日はどのような戦いを演じるのでしょうか。

西武からFA宣言し中日入団した和田一浩。

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