2018年 中日ドラゴンズ(5位)
5月24日、2016年に中日で、一時NPBを離れたものの2025年途中からDeNAに入団したダヤン・ビシエド選手が引退を発表しました。
突然の引退発表に驚いた選手も多いのではないでしょうか。ビシエドがNPBでプレーした期間は11年と長く特に印象深い中日時代は日本人以上に日本の文化に馴染み、普通の助っ人ならオフは母国で過ごす選手も多いですがビシエドはファン感謝祭や納会の時期まで日本にいたなどファンから愛される助っ人であったのは間違いないでしょう。
ということで今回紹介する記事はビシエド選手ありがとうということでそのキャリアハイの2018年のこと。ビシエドの状態はよそに5年連続でBクラスに沈むチームはこの年どのような戦いぶりを見せたのでしょうか。
5年連続Bクラスからの脱却
2000年代は黄金時代を築いていた中日。しかし2010年代はそうもいかなくなります。2013年に2001年以来12年ぶりにBクラスに沈んだ中日はここから17年まで5年連続でBクラスに沈むという低迷期を過ごしていました。
この時期の中日はやはり野手の得点力が課題で、リーグ内の得点力では2013年に526でワーストを記録するとそこから5年間リーグ内5位か6位という得点力不足に悩まされました。
ただ投手陣も良いわけではなく17年はチーム防御率が4点台を記録。中日の防御率が4点台になるのは2005年以来12年ぶり。ホームが広い球場だから得点力がない、でも失点は防げるなら分かるんですが得点力はそのままで失点も防げないというのが当時の中日の事情でした。
2017年の中日はビシエドをチームに連れてきたことで知られる森繁和監督の2年目のシーズン。良いところでいえばドラ2で獲得した京田陽太がショートのレギュラーに定着。新人王を獲得する活躍を見せたり、アレックス・ゲレーロが35HRで球団8年ぶりのHR王を獲得するなど野手では希望的な存在が現れたものの投手陣ではチーム最多勝がなんと救援の又吉克樹の8勝という有様で先発では大野雄大の7勝なのですが防御率4点台と不調でした。
オフにはゲレーロがあろうことか巨人へ移籍。チーム2冠王のゲレーロの同リーグ移籍は手痛いでしょう。
外国人では外国人4投手を自由契約にした上でオネルキ・ガルシアとディロン・ジーを獲得。野手ではソイロ・アルモンテとスティーブン・モヤ両外野手を獲得しました。
また日本ハムからFA宣言した大野奨太捕手を獲得。谷繁以降の正捕手が決まらないチーム状況において31歳の捕手が来るというのは期待されるところ。
さらにソフトバンクを自由契約になった大物・松坂大輔の入団も決定します。これは森監督が松坂とは西武時代にコーチ選手の間柄だったこともあり入団テストを実施、見事合格して入団することになりました。ちなみに年俸は1500万と凄い格安。
ドラフトではこの年甲子園1大会歴代最多のHRを放った広陵高の中村奨成捕手を指名も外れ(→広島へ)、ヤマハの鈴木博志投手を獲得。支配下では即戦力は鈴木のみで2位以下は高卒選手で固めています。

鈴木は初対面の森監督に「最初は怖かった」とコメント
まあ…はい(何がとは言わない)
野手陣

1番打者は前半は大島洋平・京田の併用で後半くらいから平田良介がスタメンを張っていました。
大島は当初は1番として起用されていましたが途中から3番で起用。夏場には8打数連続安打の球団記録に並ぶなど打撃は好調。最終的には打率3割を切るもHRと打点は自身最多。まあでもなんか3番大島はちょっと暗黒感がしなくもない(個人的に)。
前年新人王の京田は開幕以降絶不調。開幕直後は23打席連続無安打、交流戦では31打席連続無安打となかなかヒットが出ない試合が続いていました。最終的には全試合出場も大島の21盗塁に次ぐ20盗塁をマークしたものの出塁率が3割を切り新人王の前年から一転攻撃面で精彩を欠きました。
そんな中で好調だったのが平田。5月から調子を上げると打率の高さを買われて1番に定着。8月16日のDeNA戦ではサイクルヒットを達成するなど自己最多の.328の打率をマーク。大砲として期待されていた平田ですがまさかこっち路線に行くとは。あとGG賞も初受賞してます。
そんな平田と首位打者争いをしたのがビシエド。ビシエドが大活躍したのはこの年の8月のこと。急激に調子を上げたビシエドはなんとこの月だけで47安打をマーク。これはイチローが持っている月間48安打に1つ足りないものではありましたがこれは凄い。最終的には.346 26 99 .974で首位打者と178安打で最多安打のタイトルを獲得。長打率も.555でリーグ4位でした。
開幕当初は3番だった新外国人アルモンテ。開幕直後はその拙守に注目が集まりましたが段々と日本に適応。特に勝負強い打撃でチームを支え5月は月間MVPも受賞。ちなみにビシエドも8月に受賞しているので両外国人大暴れ。後半は5番に座ることが多く後半戦では左手首の怪我から成績が落ちるときもありましたが最終的にはリーグ5位の打率.321を記録。またリーグトップとなる37二塁打も記録しました。こうしてみると巧打者が多いな。
三塁は福田が定着したことから二塁で高橋周平が多く出場。5/31から2試合にかけて4打席連続二塁打など印象的な活躍を見せた高橋は自身初の規定打席に到達。自身初かつ現時点唯一の2桁HRを放ったのもこの年。
新選手会長の福田も自身初の規定到達。前年よりはHRが減り13でしたが1年通しての活躍を見せました。
捕手は大野が機会を得るかと思いきや打撃でかなり苦しみ打率は2割を切る状態。結局多く出たのは松井雅人でしたが松井も2割2分くらいで明確な弱点なことには変わりません。捕手難はまだまだ続きそう。
この年の中日は打率TOP5にビシエド、平田、アルモンテの3人が入ったこともあってか安打数は1288でリーグトップ。得点数は598で前年比100以上も増えるという年でした。しかしこれでもリーグ4位の得点力。何なら得点はリーグ平均の625を下回ってます。確かにこれまでと比べたら打ってるほうですがそれでも現状はリーグ中位くらいの攻撃力に留まっていました。

中距離打者としては良い成績を残した両者。
まあでも外国人に得点力が依存する形なのもそれはそれでどうか…
投手陣

投手陣は正直2000年代で1番悪かったのではと思います。
規定に唯一乗ったのがO.ガルシア。ガルシアは防御率2.99と安定した投球を見せると13勝をマークし1年目から戦力になりました。そもそも中日で最後に2桁勝利を達成したのが15年(大野・若松駿太)というのを考えると本当によくやってると思います。
というわけで規定到達者は以上。
ガルシアに続く2番目に多くのイニングを投げた吉見一起は高い制球力は健在でしたが防御率4点台近くでさらに被弾するケースも多く5勝止まり。
高卒3年目の小笠原慎之介は開幕投手を務めるも8月に違和感を訴えそのままシーズン終了。こちらも5勝止まりです。
開幕ローテに入った2年目の笠原祥太郎は3,4月乱調の投球が続くも5月6月くらいになるとまとまりを見せ6勝をマーク。6月以降は防御率2.70だっただけに開幕の乱調が悔やまれる。
一方ソフトバンクから移籍した松坂は3度目の先発機会で勝利し4241日ぶりの日本での勝利を記録。この年の松坂は以降も全盛期ほどではないものの好投を披露。K%は低サンプルながら20%超えてます。この年は2位以下に15万票以上つける大差でASにも出場するなど話題が尽きずオフにはカムバック賞を受賞しています。
ただこの年は大野雄大の不調が痛く、噂では某投手コーチと全くそりが合わなかったと言われていますが1軍では6登板に終わり自身最低の成績に。しかも未勝利に終わってしまいました。
先発がこうも悪いと救援陣がキツそうですがやはりキツくて、前年34Sの守護神田島慎二が低調なピッチング続きでルーキーの鈴木に守護神の座を明け渡し2軍落ち。その鈴木はチーム最多の53登板も成績は良いものではなく。
51登板をした祖父江大輔ですが途中には2度の2軍落ちも経験。それでも自己最多の17Hを挙げ苦しい救援陣を支えました。
また鈴木も田島の苦しいときには佐藤優が守護神を経験。42登板で防御率2.08と凄い安定感。一方で前年8勝の又吉は開幕から大乱調。通算100Hを達成するも振るわず森監督から苦言を呈されることも多く2軍降格。40登板中3失点以上した登板が8度あり安定感はありませんでした。
そしてこの年は44歳の岩瀬仁紀が48登板。さすがに全盛期な訳ないのですがその岩瀬をそこまで使わないといけないほど救援事情は厳しかったようで。
ただ岩瀬もBB%は低くK%も44歳にしては高いですね。またこの年は1000登板というプロ野球唯一の大記録を打ち立てました。そしてこの年引退したのでした。
投手陣はかなり苦しく広いナゴヤドームを本拠地にしている割には打たれまくっていました。特に救援崩壊は深刻で前年の勝ちパはほとんどが成績不振に。ちなみにチーム防御率は4.36で最下位なのですがチーム防御率がリーグ最下位になるのは1995年以来のことだそう…

13勝のうち10勝がナゴヤドームでのこと。
とにかくナゴヤドームでは強かった。(写真はビジターだけどね。)
シーズン概要
開幕カードは目下リーグ2連覇中の広島。敵地に乗り込みます。
中日の開幕投手は3年目の小笠原。初の大任です。この試合はシーソーゲームで迎えた6回に京田のタイムリーなどで逆転し3-2としますが裏に小笠原がB.エルドレッドに被弾。その後田中広輔に逆転タイムリーを打たれ開幕戦を落とします。
翌日の試合では中日観客席からの「○○落ちろカープ!(○○を知りたい人は各自検索で)」というヤジが物議。当事者を特定するのは困難でしたが4/4巨人戦の試合前には異例の警告がドーム内で放送されるということもありました。
で結局広島にいきなり3タテを食らい3日巨人戦では10失点の大敗。4日の試合で遂に初勝利しました。5日の試合では松坂が移籍後初登板。松坂は5回5奪三振2失点と好投も打線の援護なく敗戦という結果に終わりました。
中日は8日阪神戦から4連勝と勝率を五分に戻すも13日DeNA戦から5連敗を喫しその後20日からの広島3連戦で広島をスイープ。ただ20日の敷島球場で行われた巨人戦では大野が4回5失点6四球の大乱調。さらに後続の投手も打たれまくり遂に20失点に到達。ちなみに巨人が20得点をするのが63年ぶりです。

ちなみにこれを利用したコラ画像とかも作られてた記憶。
30日DeNA戦では中日が初回に3点を先制。3度目の登板になった松坂は6回を6奪三振8四球も1失点に抑え勝利投手に。これが松坂の4241日ぶりの勝利でブランクで言うなら大家友和に次ぐ2番目の数字です。
4月終了時点では10勝15敗の5位でした。
5月。6日阪神戦で先発したのは先月27日に支配下登録されたライデル・マルティネス。マルティネスは5回2失点5Kと好投も敗戦投手に。今や球界を代表する守護神ですが最初は先発だったんですねー。なお15日広島戦で初勝利を記録してます。
22日DeNA戦では40歳の山井大介が9回6奪三振無失点の完投勝利。40代での完投勝利は史上9人目でした。なおこの試合は大島が2発打ってる。
5月は13勝11敗1分で勝ち越し。ただ依然チームは5位です。
29日からは交流戦が開幕。ただオリックス、日本ハムとカード負け越しが続いて迎えた6/7のロッテ戦。正直ロッテ相手でも1,2戦目で負けており3カード連続負け越しは決定しておりこの試合も先発吉見が2回6失点KO。
最大5点差を付けられほぼ負け確みたいな試合でしたが3回から7回にかけて1点ずつですが返し、8回終わって6-8とワンチャンある展開に。
9回にロッテは守護神内竜也がマウンドに上がるも中日は果敢に攻めて2アウト1,3塁のチャンスを作り打席には今季初打席の武山真吾。武山は内のボールを捉えるとセンターオーバーの二塁打になり同点。そして10回には平田の内野安打にエラーが絡んでサヨナラ勝ち。中日が大逆転勝利を果たしました。
6/8は松坂が前年までいたソフトバンク戦。この試合は松坂が5回1失点6Kのピッチングで松坂が勝利投手に。中日はソフトバンクに勝ち越しました。
ただ交流戦で勝ち越せたのはこれだけ。続く楽天・西武とのカードでは1勝2敗の負け越し。交流戦は7勝11敗の9位でフィニッシュ。
リーグ戦再開直後のDeNA3連戦では勝ち越しも24日から4連敗。6月は9勝14敗で終えました。実は交流戦期間、最下位だったヤクルトが好調で優勝したこともあっていつの間にか最下位にいました。
7月6日のナゴヤドームでのヤクルト戦はある変わった理由で中止に。
それがヤクルト側の用具運搬車の遅延でした。用具運搬車が来ないから試合中止なんてことあるんですねえ…ちなみにこれ39年ぶり2度目のことらしいです。こればっかりは豪雨のせいなので正当な理由はあるんですけどね。
ここで前半戦終了。前半戦は借金6の5位で終えました。
オールスターではガルシア、松坂、平田が選出。この年の第1戦の全セの先発が松坂でした。松坂が投げるとあって大注目されましたが結局は西武の秋山翔吾・森友哉にHRを打たれるなど5失点。なんとも苦い登板ですがオールスターなんで多少は良いもんでしょう。

2位菅野もこの年沢村賞選出項目全クリアしたほどの投手なんですが…

これが自身最後のオールスターになった。
オールスター明けは広島3連戦。ただこのカードでは負け越しを喫すると17日の試合の敗戦で中日の自力優勝が消滅。
さらに20日からのヤクルト3連戦で3タテ、24日のDeNA戦の勝利を挟んで25日から3連敗。27日巨人戦では山口俊にノーノーを献上してしまうなど後半戦はつまずき7月は10勝11敗で終えました。
また25日にはジョエリー・ロドリゲス投手を獲得しました。
8月は4日巨人戦から5連敗、1つ勝利を挟み11日ヤクルト戦から3連敗と今季最低の借金14に。
16日のDeNA戦では初回から1番の平田がHRを放つと2打席目以降二塁打、二塁打、三塁打を決めると最終5打席目でヒットを放ちサイクルヒットを達成。中日では2年前の大島以来の快記録でした。
その大島も22日巨人戦で8打数連続ヒットを記録。これは西沢道夫、タイロン・ウッズの球団記録に並ぶものでした。
8月後半はDeNAとの最下位争いに終始。後半は五分でしたが前半戦の低迷もあり11勝15敗でした。ただこの8月といえば前述の通りビシエドが月間47安打をマークした月で、月間47安打はセではトップ、球界においてもイチローに次ぐ2番目の好記録でした。

長打率も.723だし
9月は4日ヤクルト戦で最大6点差をつけておきながら6点差で登場した田島が大炎上。後続の祖父江・岩瀬も失点し追いつかれてしまうと11回裏には又吉が上田剛史にサヨナラ弾を浴び悪夢の大逆転敗戦を喫しました。5日には今季最大の借金16まで来てしまいました。
ただ6日ヤクルト戦から5連勝で巻き返すと急浮上を見せます。15日の広島戦ではジョエリー・ロドリゲスが159㎞を記録。この159㎞は当時の外国人左腕最速だったとか。↓※これは2019年版。
そこからは五分だったのですが21日DeNA戦から5連敗。こうなるとCS圏内から大きく外れることになり急落した阪神との5位争いを展開。
28日阪神戦では9回に岩瀬が登板。この登板がNPB史上初かつ唯一の1000登板目でした。死球は出したものの阪神打線をしっかりと抑えてセーブを記録。これで407S、これはNPB史上最多記録として燦然と輝く記録です。
野球殿堂入りおめでとうございます。(1年遅れ)

ただこの試合の裏で巨人がCS出場を決定。中日は6年連続Bクラスが決定してしまいました。なおこの時点ではほぼ5位決定みたいなもんでした。
29日阪神戦では引退を表明した浅尾拓也が3番手で登板。この試合9回に登場した浅尾は中谷将大を三振に取ってマウンドを降りるのですがその後コールされたのが岩瀬でした。浅尾→岩瀬というと落合中日時代の勝ちパ、粋なことをしますね。この試合結局は0-4で負けてるのですがだとしてもファンには感動的な試合となりました。
思えば岩瀬と浅尾って対照的なプロ生活を送っていると思うんですよ。
99年に入団した岩瀬は最初はセットアッパーも30歳のときに守護神転向。そこから15年で400S余りを記録したのですから凄いものです。しかも15年連続で50登板を達成しているのは個人的にもっと注目されていいえぐいポイントです。
一方の浅尾は09年から67→72→79登板とめちゃくちゃ投げており11年には防御率0.41というとんでもない数字を記録。MVPも獲得しました。
現役生活で挙げた200Hのうち62.5%がこの3年間で挙げられています。こう考えると長い期間かけて実績を積み重ねた岩瀬と短いながらもインパクトを与えた浅尾でかなり対照的だと思いませんか。
ちなみに岩瀬の最後の登板は10月13日の阪神戦。この試合の5番手で投げた岩瀬の最後の相手はドラフトでは同じ逆指名で入団した福留孝介。岩瀬vs福留の対決は最後岩瀬が福留を三振に切ってとってゲームセット。
こうしてNPB最多、恐らく不滅の記録になるだろう1002登板を記録した男は20年のプロ生活に別れを告げたのでした。

00年代のセーブ王争いをしたもの同士、感動的な場面となった。

中日の選手もそうだけど藤川や元同僚の髙橋聡文も胴上げに加わっている
シーズン最終成績は63勝78敗2分、借金15の勝率.447でした。
実はこの年優勝した広島相手には14勝11敗と相性が良かったんですよね。
相性が悪かったのが巨人戦で8勝16敗1分でした。
とはいえ正直最下位の阪神とはほとんど変わらない勝率でゲーム差も1。薄氷の5位だったという感じでしょうか。

森中日(荒木引退)
この年のオフに森繁和監督が退任。16年の8月に休養した谷繁監督の代行監督として就任した森監督。森自身外国に通じていることもあって個人的には良助っ人に恵まれた時代だとは思ってますし、この時期に入ったビシエドやゲレーロ、ライデル・マルティネスも中日で戦力になってるので後の時代にも与えた影響は大きいと思いますが、ただチーム力の向上というのはできてなかったように思えます。
森といえば落合監督の名参謀として言われておりコーチ歴も長い人なので監督ならどうか…とは言われてましたが思ったような実績は残せず、何なら投手力は低迷してましたしなんとも微妙な時代です。
またこの年は荒木雅博も引退しました。
荒木は95年のドラ1で入団。ただポジティブなものではなく2度クジを外した星野仙一監督が「もう誰でもええわ!」と怒った結果の単独指名で入団したのが荒木でした。本格的に試合に出始めたのが高卒6年目の01年。翌年の02年には初の規定到達を果たすと2004年の落合監督就任以降はショートの井端弘和と共にアライバコンビとしてチームの黄金期を支えました。
守備でもそうですが通算盗塁数は378でこれは中日史上1位(NPB歴代11位)なんですね。
同時期には赤星憲広や青木宣親がいたため盗塁王は2007年の1度きりですが6年連続30盗塁は十分盗塁巧者といって過言ではないでしょう。
2017年には22年目にして2000安打を記録。ほとんど期待されてなかったドラ1が名球会入りを果たすまで登り詰めたのはある意味シンデレラストーリーだと思います。

中日の二塁手、高木・立浪そして荒木と全員一筋で2000本安打やってるの凄いよね。
そして森の後任監督ですが球団OBの与田剛に内定。
6年連続Bクラスに沈む中日。果たして与田ドラゴンズで再び昇ることができるのでしょうか。

