2006年 千葉ロッテマリーンズ(4位)
2005年、この年のロッテはシーズンは勝率2位で通過もプレーオフにて下剋上、勝率1位のソフトバンクを破り日本シリーズに進出するとセの覇者・阪神タイガースを圧倒。33-4という今のネット民のおもちゃとしても通ずる圧倒的なスコアでこの年の球界を席巻していました。
この年のロッテ、平成以降のプロ野球史上でも屈指の強さを誇っておりマリンガン打線に2桁勝利6人、勝利の方程式YFKと本当に強いチームでした。
こうなると翌年にも期待がかかるものです。こんだけ強いチームなんだしメンバーも強いのでリーグ連覇だって勝率1位での優勝だって何なら日本一連覇もできそうなものです。
ただ現実はそうではなくこの翌年のロッテは4位。Aクラスにも残れなかったのです。一体なぜなんでしょうか。今回の記事ではなかなか注目されにくい2006年の千葉ロッテマリーンズを見てみましょう。
最強チーム、部分解体…?
05年のロッテは前述の通りマリンガン打線が躍動、特にボビー・バレンタイン監督が積極起用した西岡剛、今江敏晃の大活躍、ベニー・アグバヤニやマット・フランコ、李承燁など外国人が打ちまくり、もちろん日本人でも福浦和也やサブロー、捕手では里崎智也と橋本将の強打の捕手2枚併用など戦力的にはかなり厚いものでした。
投手陣では渡辺俊介、清水直行、小林宏之、D.セラフィニ、小野晋吾、ルーキーの久保康友が全員2桁勝利、7回以降は藪田安彦、藤田宗一、小林雅英で締めるYFKと野手陣投手陣共に素晴らしいものでした。強い(確信)。
しかしロッテはオフに契約条項で揉めて李承燁が退団、巨人へ移籍。今やただの大犯罪者になってしまったセラフィニもロッテとの交渉を拒否し退団、オリックスに移籍します。
さらに衝撃的だったのは小坂誠のトレードでしょう。この年の二遊間は主に西岡、堀幸一と小坂が代わる代わる出場しており小坂は遊撃でGG賞も獲得。そんな小坂がまさかの金銭トレードで巨人に放出されてしまったのです。実際小坂のトレードが告げられたのが契約更改の場ということもあり年俸が高いベテラン選手(言うて32歳)のコストカットなのかは知りませんがかなり思い切った放出劇だったと思います。
ドラフトでは(※この年から分離ドラフト)高校生ドラフトでは青森山田高の柳田将利投手を1位指名。大社ドラフトでは1巡目2巡目は指名なしで3巡目から指名に参加。3巡目で東北福祉大の内野手・根元俊一を獲得しました。
高校生では4名、大社では4名を獲得、うち6名が投手でした。
外国人ではフランコ、ベニー、ヴァル・パスクチが残留、新たにオリックスからケビン・バーン投手、新規でジャスティン・ミラー投手も獲得しました。
またこの年はWBCの第1回大会が開催。ロッテからは清水、藤田、薮田、渡辺、小林宏、里崎、西岡、今江と12球団最多の8名が選出。
特に西岡、里崎の成績では西岡が打率.355、里崎は.409と短期決戦の勢いそのままに打ちまくり里崎はWBC捕手ベストナインを獲得しました。

野手陣

前年同様の日替わり打線なのでやっぱりベストオーダー選定は苦慮しましたがこれが個人的なベストオーダーですね。
1番は西岡。前年は二遊間どっちもやらされてた西岡ですが膝を痛めたこと、そして小坂は退団したことで遊撃一本の起用になりました。成績は前年より打率がアップ。また33盗塁で2年連続の盗塁王を獲得し、遊撃の座を確固たるものにしました。
2番は堀が多かったのでそうしましたが堀は前年比で成績が急降下。37歳と高齢なこともあり打率は2割前半に低迷、OPSも.600台です。
3番福浦は開幕直後から飛ばしまくり3,4月は43安打で月間MVPを受賞。7月には死球により1ヶ月の離脱もありましたがリーグ5位の.312と6年連続の打率3割を記録。ほぼ前年と同じ成績です。
4番のベニーは7月までロッテの4番として活躍していましたがこの年も怪我で離脱。足を故障していたことからほとんどDHでの起用でしたが怪我明け後もしっかり打ちチーム内トップタイの17HRと奮闘。
ベニーがいない期間は4番里崎の日が多く見られました。この年も併用スタートでしたが橋本の極度の不振から里崎がガンガン使われ正捕手として起用。ベニーと並ぶ17HRを放ちOPSはチームトップの.815。さらに規定打席に到達しておりこれはロッテの捕手としては21年ぶり、1985年の袴田英利以来のことで強打の正捕手として牽引しました。
西岡と同じくボビーチルドレンの今江ですがこの年は不調。調子の波が激しくほとんど安定せず打率は.267と大きく下げました。それでも三塁をしっかり守りGG賞は受賞しているのですが…
ただこの年のロッテの大問題は外野でした。ベニーがDH出場を余儀なくされることになったこともありますが両翼のフランコとサブローがこの年大不振。WBCイタリア代表のパスクチが69試合の出場に留まるも前年を上回る13HRを放ちOPS.800と奮闘はしましたが得点圏ではあまり打てず。
この現状から後半くらいから大塚明や大卒2年目の大松尚逸、そして5月に新加入したマット・ワトソンなどが起用されましたが前年ほどの爆発力はなくここは大きな穴でした。
この年のロッテの得点数は502でリーグ4位。前年は740点ですから200点以上のダウンです。打率は前年リーグ1位から一転.252でリーグ最下位に低迷。前年より明らかスケールダウンしておりマリンガン打線の面影は見えませんね…

グラサンを付けたガラの悪い応援団が応援歌を歌っているイメージ
恐らく予備助っ人的扱いだっただろうにその割には結構打ててるような。
投手陣

先発陣では5人が規定到達。中でも最も多くのイニングを投げたのは清水。
安定した投球が続きQSやHQSはチーム内でも上位。5年連続で2桁勝利を記録しており1000イニングも達成。また一発病の癖もこの年はわずか被本塁打9と大きく減少。さすがの安定感です。
安定感でいえば小林宏之も圧巻。WBCで足を故障した小林宏之でしたが初登板から完封勝利を記録するとシーズン最終登板で2年連続の10勝目を記録。QS%は70%,HQS%は60%と抜群の安定感を誇っていました。
同じくWBC組の渡辺はなかなか安定せず、防御率は4点台で推移。結局2桁勝利は逃しリーグ最多の14死球を与えてしまうなど乱調でした。
小野は01年以来5年ぶりの規定到達、QS%は主要先発陣の中では小林宏之に次ぎましたが勝ち星が伸びず7勝止まり。
チーム事情から2年目ながら開幕投手を任せられた久保は前半戦まで6勝を挙げる活躍も交流戦以降は乱調でまさかの6連敗、初の規定到達も7勝13敗で終わってしまいリーグ最多敗を喫してしまいます。
オリックスから移籍したバーンもあまり活躍できず救援転向。28登板で防御率4.41と結果を残せず。一方で21歳の成瀬善久が5月の初昇格のマウンドで初先発初勝利、この年は13先発登板で5勝を挙げK%も25.5%と高く新たなエース候補の台頭も見られました。
救援陣ではWBC組の藪田、藤田は前年同様勝ちパターンとして活躍。藤田に関しては前年より良いスタッツを残しています。
幕張の防波堤こと小林雅英は6月から翌月にかけて10登板連続セーブと守護神として変わりなく活躍。プロ野球史上初の6年連続20Sを挙げた小林は8月18日の日本ハム戦で200Sに到達。この試合以降セーブは挙げることがありませんでしたが最終的に34Sと見事な抑え。劇場型とか言われがちですがWHIPも1.06ですし、BB%も3.7%ととても低いので安心できる守護神と言って良いでしょう。
ただ投手陣に関しては前年より悪化。防御率3.78でリーグ4位。先発陣では3.78でリーグ5位、救援陣は3.77でリーグ4位でした。
前年が良すぎたとは思いますがそれでもこのくらいに留まる投手陣ではないよなあとは思うのですが…

6完投はチームトップ。
あだ名は「地味様」だけどこういう投手は派手に凄いと俺は思います。
Let's us do it again.
開幕カードはアウェーでのソフトバンク2連戦。ロッテの開幕投手は前年新人王の久保、ソフトバンクはこの年の沢村賞エース・斉藤和巳です。
試合は2回に久保はソフトバンク打線に捕まり4失点。結局久保は6回5失点で降板、ロッテの反撃は8回の福浦のタイムリーにとどまり2-7で敗戦。翌日の試合も落とし2連敗スタート。
28日の日本ハム戦で清水が7回0封で初勝利を挙げると日本ハムにはスイープ。ただ続く西武とのカードでは3タテ、オリックスにも敗戦し2連敗→3連勝→4連敗の出だしに。
借金5で迎えた15日の西武戦から4連勝。次の日本ハムとのカードでは負け越しも25日オリックス戦から6連勝を記録。
26日のオリックス戦では先発小林が9回を98球の完封で投げ切りマダックスを達成。29日楽天戦では先発渡辺が好調で6回まで無安打投球。ノーノーの期待がかけられた7回でしたがなんと先頭・鉄平に頭部死球。これが危険球判定され渡辺は無安打投球を続けていたのに退場。その後は内竜也、藪田の継投で勝利。お立ち台には渡辺が上がりましたが「鉄平君、すみませんでした」と無安打投球も笑顔はありませんでした。
(鉄平「ノーノー阻止できて良かった笑←まじで言ってた)
5月の始めは調子が良くなかったものの9日からは交流戦が開幕。
去年優勝し大きく弾みをつけたこの期間に浮上したいロッテは阪神とのカードで2敗、しかし続く広島、横浜、中日とのカードで3連続スイープで9連勝と一気に浮上。5連勝目の17日横浜戦ではプロ初登板初先発の成瀬が6回途中2失点で初勝利。9連勝目の21日中日戦は3本の犠牲フライで勝利しました。
23日からの2廻り目の阪神戦では負け越しも25日阪神戦+巨人をスイープ+ヤクルト戦で勝利して5連勝。
6月の交流戦では大きな連勝こそありませんでしたが熾烈な交流戦優勝争いを見事に勝ち切って2年連続の優勝を手にしました。
36試合で23勝13敗、交流戦MVPにはこの期間19登板で13S、防御率も0.47とまさに鉄壁だった小林雅英が受賞しています。

リーグ戦再開後ですがロッテはなんと6連敗(20日阪神戦も含む)。6月終了時点では日本ハムに並ぶ3位になっていました。
7月の球宴前までは5勝6敗でほぼ五分。前半戦終了して貯金5の4位にいました。
オールスターには西岡、里崎、今江、小林雅英が選出されました。
後半戦開幕。いきなりソフトバンクとの3連戦で3タテを喫し、オリックス3連戦では勝ち越しも6月7月と2ヶ月連続で月間負け越し。
8月は5日ソフトバンク戦で代打パスクチが篠原貴行からサヨナラ弾を放ち勝利。ここから4連勝を記録します。
この後は3連敗→3連勝→4連敗という感じ。この3連勝期間の3戦目、18日日本ハム戦にて小林雅英が登板。3点差リードをしっかりと守り切った小林はこれが節目の200S。佐々木主浩、高津臣吾に続く3人目の200S達成者になったのでした。

ただ8月も負け越しが決定。これで3か月連続の負け越しで、遂に貯金も0。
9月は2日オリックス戦で清水が1000投球回を達成。この試合では勝利したものの翌日から痛い7連敗。1つ勝っても続く日本ハム3連戦で3タテと大きく負け越し9月は6勝12敗で終わり、さらに日本ハム、西武、ソフトバンクがプレーオフ進出を決めロッテのBクラスが確定。
シーズン成績は4位で65勝70敗1分。勝率.481で借金5でした。
勝率1位の日本ハムには16.5ゲーム差、3位ソフトバンクにも12ゲーム差離されてのBクラスでした。
カード別成績を見るとロッテがこの年リーグ内で勝ち越したのは楽天の14勝5敗1分のみ。他4球団には全部負け越しです。特に3位ソフトバンクには5勝15敗と大きく負け越しています。交流戦で貯金11をセから巻き上げましたがそれは全部パに持ってかれてしまってます。
見てきて分かる通りこの年のロッテは交流戦以降は投打共に調子が上がらず。特に9月は主要投手陣が軒並み打ち込まれる状態でした。
ただロッテも別に何もしなかったわけではありません。5月にはマシュー・ワトソン外野手とジャスティン・ミラー投手の途中補強、4月には前年トレード加入の山北茂利を放出して土居龍太郎と南竜介を獲得したり動きは見せましたが、ワトソンはまだしもミラーは12登板で防御率10.80と対応に苦しみ、土居は登板なし、南も7試合のみと成果はほぼありませんでした。
まとめ
圧倒的な戦力を持っていると思われたロッテですが2006年シーズンはまさかの4位転落ということになってしまいました。
やはり課題は野手陣の得点力、特に外野陣がこの年は打てなさ過ぎました。
とはいえ当時のロッテは主力選手が20代後半~30代前半の選手が多くまだまだ高齢化までは行っていないチーム状況でした。西岡や今江、成瀬もまだまだ若いですし。
外野に加えて二塁手の堀も37歳というだけあって世代交代は必須。つまり二塁と外野が強化するべきポイントでした。
ロッテはどのようにこの穴を埋めていったのでしょうか。ボビー・バレンタイン政権も来年で(2期目では)4年目。再び優勝を掴めるのでしょうか。

明るい性格であだ名は「モロ」。雨天中止の試合があればこのようなパフォーマンスを率先して
やる選手。選手としての実績では2度規定到達してロッテの攻守走を支えた。
ただ04年オフには契約更改に納得いかず自作の年俸リストを作るなどいろいろ熱い男だった。
