ジジ、おはなしして #いつもの場所に座って
やってしまいました…うっかり削除。

以下、再掲します。応募作だったのですが、審査対象から外れてしまうかな…
みおちゃんのおうちには猫がいます。
それは、みおちゃんが小学生になって、はじめての夏休みをむかえた、七月のこと。
えんがわの下に、きらりんと光るものが二つあります。みおちゃんは、おきにいりの水色のティーシャツをよごさないようにしながら、もぐってみました。
うわあ。
びっくりさせないように、できるだけ小さな声で、庭の草とりをしているお母さんに知らせます。
「猫がいる」
「あらあら」とお母さんも、みおちゃんと同じくらい小さな声で言いました。
みおちゃんが、おいでおいでをしながら、えんがわの下から出てくると、猫はついてきます。お日さまにあたると、うにょーん、と、のびをしました。つやつやした毛なみの、黒い猫でした。
お母さんは、手をあらうとおうちにはいり、のこりもののごはんに、しらすぼしをまぜたものを、もってきてくれました。
「おうちにいれてあげてもいい? だって、とってもあついんだから」
みおちゃんがきくと、お母さんは古いタオルをとってきました。
「お手手、ふいてもいい?」とお母さんがはなしかけると、猫は言っていることがわかるみたいに、右の前あしをもちあげました。
そうやって、りょうほうの前あしと後ろあしをきれいにしたあと、さあどうぞ、とお母さんが言うと、猫は、ひらり、とえんがわへとびのりました。
みおちゃんが、そーっと手をちかづけても、猫はいやがりません。
おじいちゃんだったら、どんななまえをつけたかなあ。
そう、かんがえながらなでていると、猫はきもちよさそうに目をほそくしました。
「すべすべして、おじいちゃんのあたまみたい」と言うと、ぱっと大きく猫の目がひらいて、みおちゃんの目と、ぴたん、とあいました。
それで、この猫のなまえは「ジジ」ということになったのです。
おじいちゃんと、みおちゃんは、大のなかよしでした。
おじいちゃんは、お母さんのお父さんです。
いつもみおちゃんとお母さんとお父さんの三人で、となりの町まで、お父さんのうんてんする車に、二十分のってあそびに行きました。みおちゃんがドアをあけると、かならずげんかんにおじいちゃんが立っていて、にこにこしながら「やあ」と言ってくれるのです。
それから、みおちゃんはおじいちゃんといっしょに、庭のまんまえの部屋へいって、黒い椅子にすわります。これはおじいちゃんが、たいそうたいせつにしている椅子で、お母さんとお父さんはすわらせてもらえません。けれど、みおちゃんはとくべつです。
おじいちゃんとみおちゃんがくっつくと、ちょうどぴったり椅子におさまるのでした。そうして、みおちゃんが学校であったことをおしゃべりすると、おじいちゃんは「うん、うん、そうか」と、小さいけれどしっかりした声で、あいづちをうってくれるのでした。
おじいちゃんは、むかし、いっしょにくらした犬や、猫や、インコのことを、ものがたりのように、はなしてくれます。みおちゃんは、むすんだかみの毛をゆらしながら「それで、それで」とつづきをせがみました。
先月のはじめ、そんなおじいちゃんが、おうちから消えてしまいました。
「おじいちゃん、いなくなったの?」とみおちゃん。
「おじいちゃんは亡くなったんだよ」とお父さん。
みおちゃんは、ちがいがよくわからないなあ、と思いました。
おわかれだよ、と言われて、おじいちゃんの顔のそばに、まっ白なユリや黄色いキク、紫色のランをならべてあげました。動物だけでなく、お花や草や木のことも大好きなおじいちゃんでしたから、色とりどりのお花にかこまれて、にこにこして見えることに、みおちゃんは安心したのです。
さて、ジジがきた次の日、みおちゃんは、ともだちのかおりちゃんとあきらくんに、ジジのはなしをしにいきました。ふたりとも、猫がおうちにいるからです。
「ジジ、ってよぶとわたしの顔を見てくれるの」
「うちのきなこは、ごはんがほしいときに『ニャーン、ニャニャー』って言うよ」とかおりちゃん。
「ムサシは、おでかけからかえると『フニャー』って、ぼくの足にスリスリしてくれる。おかえり、って言ってるんだ」とあきらくん。
みおちゃんは、ジジの声を聞いたことがありません。
おうちへもどると、おかあさんに言いました。
「ジジは、なかないね」
「ほんとうだね。うんともニャーとも言わないね」
みおちゃんは、えんがわでねそべっているジジに、
「ジジ、ニャーっておはなしして」とおねがいしたのですが、ジジはしっぽをくねくね、しただけでした。
夏休みがおわるころになっても、ジジは、にゃんにも言いませんでした。
秋になってすずしくなると、お母さんとお父さんとみおちゃんの三人で、おじいちゃんのおうちをかたづけにいきました。げんかんにはいるとき、おじいちゃんが出てくるような気がして、みおちゃんはどきどきしました。
あの黒い椅子のところに、いるかなあ。
そう思って、庭のまんまえの部屋へ行ってみます。
みおちゃんは、ジジをなでるときのようにそーっと、椅子をなでながら言いました。
「おじいちゃんの背中のかたちだね」
お母さんもお父さんも、はっとしたような顔をしました。
「そうねえ。おじいちゃんはいつも、ここにこしかけてテレビを見たり、庭をながめたり、本を読んだり、していたからねえ」
そう言いながら、お母さんは少し涙ぐんでいるようでした。
みおちゃんは、この椅子がずうっと、おじいちゃんをまっているような気がしました。でも、おじいちゃんはもう、ここにすわることはありません。
それが、亡くなった、ということなのかなあ。
「よし。じゃあ、おじいちゃんの形見として、この椅子はうちへもっていこう」
お父さんが言うと、お母さんの顔がくしゃくしゃになりました。
椅子は、トラックで、はこんでもらうことになりました。
今日は、それがとどく日です。みおちゃんは、なんどもとけいを見たり、まどから外をのぞいたりしました。ジジがびっくりしないよう、二階へつれていこうと思いましたが、どこへ行ったのやら、みあたりません。
そうしているうちに、トラックがやってきて、椅子は、えんがわのつづきの部屋におかれました。
お母さんといっしょに、みおちゃんは布でみがいてやります。黒い背中がつやつやして、いつでもどうぞ、と言っているようです。
「だれがいちばんにすわる?」とみおちゃん。
「そりゃ、お母さんでしょ」とお父さん。
「やっぱり、お父さんからでしょ」とお母さん。
すると、しゅるるる、と目にもとまらぬ早さでとびのったものがあります。
黒い椅子に、黒い猫がすわって、目だけがきらんきらんと光ります。そして、小さいけれどしっかりした声でなきました。
「ミャーオウ」
みおちゃんは、いそいで、となりにすわります。
「ねえ、ジジ、もういっぺん、おはなしして」
ジジはまた、ミャーオウ、となきました。そして、ぴとっとひっついてきたので、みおちゃんも、くっつきかえしました。
おじいちゃんは亡くなったけれど、いなくなったわけじゃない。
みおちゃんは、ジジをなんども、なんども、なでました。
<了>
