『This コミュニケーション』は色々ヤバかったっす…
これはすごい作品を読んだ。似た作品は一つも読んだことがない。とにかくデルウハの言動から目が離せないし、次々と起こる展開に心が動きっぱなしだった。作品のクオリティとしてもAランクだと思う。
とりあえず概要と、自分の考えたことを書きとめよう
概要
イペリットという謎の生物に追いやられ、人類は滅亡寸前である。そんな中、ある施設では、身寄りのない6人の少女たちに改造を施し、防衛戦を行わせていた。
少女たちのチームワークは最悪だ。何しろまだ幼いのだし、出自の問題もあるのだから。当然、防衛戦の度に死者が出る。しかし、彼女たちは死ぬ1時間前までの記憶を無くし、復活するのだ。 この復活能力に甘え、ゴリ押しの危うい防衛戦を繰り返している。
そんな施設に、軍人のデルウハが流れ着く。彼は「一日に三度の食事を確保し続けること」を人生の至上命題とし、そのためなら手段を択ばない、悪魔のような存在だった。
デルウハは、少女たちと協力して施設を防衛することが、食事の確保に最適だと判断し、コミュニケーションを取り始める。コミュニケーションが失敗しても大丈夫。失敗から1時間以内に皆殺しにして、コミュニケーションをやり直せばいいのだから…
タイトルの意味
This コミュニケーションというタイトルには2重の意味がある。まずはそこから語ろう。
”この”コミュニケーション
本来、コミュニケーションというのはやり直しのきかないものだ。
「あの時こう言っていれば。」
「あの時なんであんなことを言ってしまったのか。」
こんな後悔を抱えながら、誰もがコミュニケーションの一回性に向き合っている。
しかし、「死ぬ前の記憶を無くして復活する少女たち」と、「仲間殺しも厭わないデルウハ」の間では、コミュニケーションの一回性は失われる。
少女Aが少女Bの心を救う言葉をかけたなら、二人とも殺してリセットだ。復活後にタイミングをみて、デルウハから少女Bにその言葉をかければ、好感度は爆上がりである。
一回性を喪失した、リセゲーの一部のようなコミュニケーション。これがThis Communication(このコミュニケーション)ということなのだろう。
何度も少女たちを殺しながら、涼しい顔で最善の人間関係を作っていこうとするデルウハは、悪魔そのものだ。でも所長は、一緒に地獄に落ちる覚悟でデルウハを起用し続ける。なにしろ防衛に一度でも失敗したら、全員が死んで終わりなのだから。
「互いを尊重し、議論を尽くして時間をかけて最善策を見出し、合意形成を…」だなんて、有事には言ってられない。あなたが所長と同じ立場だったら、地獄に落ちる覚悟でデルウハを起用し続けるしかないんじゃないだろうか。
ディスコミュニケーション
さらにこのタイトルは、発音としてはDiscommunicationと同一になる。つまり本作は、コミュニケーションの失敗を描いた作品でもあるのだ。
実際、デルウハと少女たちのコミュニケーションは困難に満ちている。意図せずして嫌われ、防衛戦ごとピンチに陥ることもあれば、必要以上に好感度が上がってしまうこともある。
何より鮮烈だったのは、デルウハと少女たちの最後のコミュニケーションである。そのディスコミュニケーションは、意図せぬ奇跡を世界に残していった。
…いや、なんと言ったらいいものか。凄いシーンだったな。
コミュニケーションは、その受け手の欲望に沿って解釈をゆがめられる。それは困難でもあるし、でも希望でもあるということなのかな。
デルウハの悪魔性と有能さ、展開の速さ、目まぐるしさ。最高のエンタメの傍らでけっこうな揺さぶりも与える、まさに名作と言っていいだろう。
※なお、いつかちゃんが一番かわいいと思う。
