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消費社会の中の殺し屋(『キルアオ』)

アミューズメント・パーク・エンターテインメント

 敗戦から立ち直り、豊かさへの坂を駆けあがりつつあった日本の1950年代後半から1960年代初頭にかけて、小学校高学年を向かえた団塊の世代をターゲットにして、少年漫画誌が相次いで創刊されたが、のちに『少年ジャンプ』となる『少年ブック』の編集長長野規は、「都内の小学校数校に依頼し、小学四年生、五年生を対象にアンケート調査を実施した」と、西村繁男は回想している(『さらば、わが青春の『少年ジャンプ』』)。西村繁男は、長野のもとで編集者として働き、のちに編集長として『少年ジャンプ』の発行部数を400万部へと押し上げた人物である。そのアンケートの中には、「五十の言葉を羅列し設問にそった言葉を選ばせるイメージ調査」もあったが、その結果次のような言葉が浮かび上がったという。

一番心あたたまることは……友情
一番大切に思うことは……努力
一番嬉しいことは……勝利 

『さらば、わが青春の『少年ジャンプ』』

 以降このキーワードは『少年ジャンプ』の編集方針として継承され続けてゆく。ヒット作『黒子のバスケ』の作者、藤巻忠俊による『キルアオ』もまた、このテーマの圏域にいる(アニメ化もされた)。むろんこの作品の舞台が中学校なのであるから、そうなるのは当然と言えば当然ではある。とはいえ、『キルアオ』の主人公は中学生ではない。妻子のいる39歳の中年男である。

 『キルアオ』の設定はこうである。子供の頃組織に拾われた大狼十三は、成功率100パーセントの「伝説の殺し屋」と呼ばれている。今回請け負った仕事でも、標的を壊滅させるが、その標的の取引相手が生物の遺伝子操作を研究していることから、驚きの展開となる。現場にいた謎の蜂に刺されたことにより、十三は強面の中年男から、いかにもオタクっぽそうな12~13歳の少年へと変貌を遂げるのだ。そのことを知らされた十三のボスは、十三に任務を与える。自分の娘が入学予定の私立の中学校に潜り込み内部調査せよ、と。このようなSF的設定を背景に、王道の学園ものをベースにした異種ジャンルのごった煮のようなコメディ漫画が開始される。

 少年ジャンプの創刊1968年から『キルアオ』連載開始の2023年まで45年の歴史があるわけだが、蓄積された漫画の財産を再利用しながら、作者は卓越した技術で読者を楽しませてくれる。それらの要素を取り上げると、次のようなものになるだろうか。

・友情
・恋愛
・疎外
・バトル
・美少女
・世代間あるある
・濃すぎるキャラ
・スパイもの
・逆転勝利
・努力(訓練)

 ほかにも数え上げていけばあるのだろうが、それらの既知の要素が、既知であるがゆえに読者に安心感を与えつつ、巧みな組み合わせの技術によって、古臭さにしらけることもなく、読ませ続ける力を発揮する。

 物語の大枠としては、同じ作者の出世作『黒子のバスケ』のパターンを踏襲していて、『黒子のバスケ』の主人公、黒子テツヤが影の薄い存在であったように、中学生に戻った『キルアオ』の大狼十三も陰キャのオタクとしてクラスでは認知され、周囲の蔑視の対象となっている。このような設定は、作者藤巻忠俊の専売特許というわけではなくて、必殺シリーズの中村主水やスーパーマンに変身する前の気弱な新聞記者クラーク・ケント、あるいは日ごろは柔和な神様でありそうであるがゆえに悪代官から痛めつけられる大魔神、はたまたアンデルセンの「みにくいアヒルの子」まで、物語りの王道パターンである。

 スポーツ大会での下馬評を覆しての逆転劇や、プロの殺し屋相手のバトルでの高度なテクニックの披露、なぜか所属することになった家庭科部の食バトルなど少年マンガ定番の勝利のカタルシスに加えて、さらには身分を隠しての三者面談や世代間格差がおかしくも顕わとなるダブルデートなどしっかりギャグの要素も入れ込みつつ、特筆すべきはキャラの多様さで、作品の性質上絶対的な悪人が不在であるものの、ユニークではあるが一般的な市民の感覚の許容度をはみだすことはない人物が次々と登場し、おいしさがてんこ盛りとなる総合アミューズメント・パークのような世界が展開する。一切の皮肉なしに言えば、口当たりのよい、コスパ、タイパが極めて高い作品なのである。伝説の殺し屋が主人公ではあるが、『ゴルゴ13』のように修羅場を潜り抜けるわけではなく、あくまでもアミューズメント・パーク内でのサバイバルゲームにとどまっている。じっさい主人公が中学に入学した直後の自己紹介では「サバゲ―好きの中二病を患うオタク」として認知され、以後、彼は冴えないオタクと凄腕の狙撃手としての二重生活をおくることになるのだが、この設定がサスペンスやコメディ的要素となって、作品を活気づけることになる。ゴルゴ13の名が登場したが、『ゴルゴ13』の発表媒体である『ビッグコミック』と『キルアオ』の発表媒体である『少年ジャンプ』の違いがそのまま両作品の世界観の違いとなって反映している。要するに劇画調とアニメ調の違いである。マンガの世界を軸として文化の推移を見た場合、1974年あたりに切断線が走っているだろう。

ポストモダンのはしり

 『キルアオ』を一読すればわかるように、そこにあるのはキャラ・ゲームである。小学生から大学生まで(あるいは社会人でさえも)、みんなキャラ・ゲームに必死である。このことはテレビの影響が強いかなとは思うが(テレビのニュースキャスターさえもがキャラ・コードを必死になぞろうとするので、鬱陶しくてしかたがないが)、私が小学生の頃は「キャラ」などという言葉はなかった。それらしいものを感じたのは中学1年の時に『少年チャンピオン』を読んでいて、明らかにいくつかの作品でトーンが変化したのを目の当たりにしてであった。

 私は『少年ジャンプ』は、小学5年の時にしか読んだことがなく、中学生時代はほとんど『少年チャンピオン』を読んで過ごしていたが、中学1年の夏を境に『ブラックジャック』『エコエコアザラク』『750ライダー』(この作品は1977年あたりだったろうか)といった作品が、それまでの劇画調からアニメ調に画風が変わっていったのである。この一大変化は、『少年チャンピオン』のみならず、少年マンガ全体で起こっていたことで、劇画路線を走っていた『少年マガジン』が売り上げの落ち込みから路線変更を図り、その旗頭として手塚治虫を起用し『三つ目がとおる』の連載が始まった(1974年の夏のことである)。私は第一話から読んだが、それほど違和感を持つことはなかったが、全体的には文化から劇画的なものが消えつつはあった。そもそも手塚治虫はドストエフスキーの愛読者であり、その世界観はしっかりしたものであった。

 この頃からドストエフスキー的なものの沈下が始まったように思う。今現在、ドストエフスキーの読者は間違いなく危険人物視されるだろう。『少年ジャンプ』の人気作『鬼滅の刃』に登場する鬼も悲哀の歴史を背負ったキャラとして善意の解釈へと回収され、理解を越えた力が中和されてしまう。『少年ジャンプ』からは、『悪霊』のスタヴローギンのような人物が出ることはないだろう。

 劇画はもともと、労働者階級の若者を読者層とした貸本屋を出自としているが、そこには宗教的とも呼べる情念が渦巻いていた世界であった。であるがゆえに60年代から70年代前半まで、それが魅力と活力を持つことができた。真の意味での「意味」があり、「労働」があった。70年代後半から覇権を握ったのは意味とは無関係に増殖してゆくマネーの運動感である。資本主義にとっては異物であった労働が駆逐され、資本主義が本来の姿を取り戻し始めたのが70年代後半の特徴であった。高度消費社会の登場であり、ポストモダンと呼ばれる文化運動があった。ポストモダンの唯一の功績は宗教の鬱陶しさを駆逐したことであった。その現象は劇画の衰退とパラレルにある。肉体のリアリティや血しぶきが上がるような生々しい意味が消えていった。すべてがカワイイの圏域に収斂されてゆく。

 白土三平が消え、ジョージ秋山の『アシュラ』や影丸穣也の『ワル』のような作品もなくなった。あるいは日野日出志の「わたしの赤ちゃん」のような作品も、70年代以降もアンダーグラウンドのような場ではあったようだが、前景からは消えていった。この作品は、小学生の時に読んだことがあるのだが、強烈なグロテスクさで、よく言われるようにトラウマもののインパクトがあり、私は何かの漫画雑誌で読んだと思うのだが、2ページくらいで挫折した。読み通すことはできなかった。子供の手が届くところにあっていいのかわからないが、一つ言えることは、現在は管理の論理が貫徹しているということだ。この論理はマネーに近いところからきていると思う。キャラ社会はマネー社会なのだ。ポストモダンの思想は結局はファッションアイテムであり、特権階級の道楽であった。それ以上でも以下でもない。ただ当事者がうっすらと感じているように、このマーケットは急速に小さくなっている。大学にしか居場所がない状況となっているが、大学自体がマーケットの力に晒されている。資本と手を結んだポストモダンにとっては皮肉なことではあるが。感性と思考がマネーの運動とべったりと同調するようになってから久しい。宗教の芽のような「推し」の情熱も、結局、壺を買わされるように、同じCDを大量購入させられて、消費の論理に回収されている。純粋宗教なるものはいかに可能か?

「キル」と「アオ」と「学園もの」の音楽

 『キルアオ』にちなんで、「kill」と「blue」と「ティーン」ものの音楽を特集。まずはクイーンの「キラー・クイーン」。癖の強いクイーンの作品の中にあっては一番ポップス度が高い作品ではなかったか。中学生の時、クイーン好きの女生徒たちがやたらとこの作品を連呼していた。

 「青」ものからは、高中正義の「Blue  Lagoon」。数ある高中作品の名作の中でも、リスナーが先ず最初に思い浮かぶのがこの曲ではないか。最近海外から再評価されているようだが、テクニックと音楽教養の高さからいって当然ではある。

 「ティーン」ものからは、まずは原田真二の「てぃーんずぶるーす」。デビュー曲である。1977年10月から驚異の3か月連続シングル・リリースであった。この記録はいまだ破られていないのではないか。

 次いでT・レックスの「ティーンエイジ・ドリーム」。グラム・ロックのブーム終焉の頃に発表されてマイナーな作品であるが、T・レックスの作品の中では一番好きである。

 ラストはフジファブリックの「若者のすべて」。バンド名から知られるように、山梨県富士吉田出身。だが地方性はあまり感じさせない。ヴォーカルの志村正彦は1960~70年代の洋楽ロックを聞きこんでいたというが、そう感じさせる音楽性である。80年代の匂いはしない。志村は29歳の若さで歿する。惜しいことである。