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ウィークエンドシャッフル ちばてつやインタビュー

TBSラジオでかつて放送されていたライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフルの特集コーナーに漫画家のちばてつやさんが出演された回の書き起こしです。みやーんZZさんのサイトにはないようなので、自分で書き起こしました。読みやすさを重視した修正は極力行っておりません。雰囲気重視です。

2015年10月24日 23:00 TBSラジオ

【ロケ音声】
宇多丸 よろしくお願いします。はじめまして。私が本日インタビューさせていただく宇多丸と申します。多分、この風体でかなり戸惑われていると……
ちば ああ、いやいやいや。
宇多丸 サングラスとスキンヘッドで売っておりまして。
ちば あたしもそれやろうかなと思ったんだけど。
スタッフ (笑)
宇多丸 本当に本日はどうもありがとうございます。
ちば こちらこそ、ありがとうございます。お忙しいのに。
【番組ジングル】
【スタジオ生放送】
宇多丸 時刻は間もなく11時1分になろうかというところです。毎週土曜日夜10時から2時間生放送の「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」。ここからは特集コーナー「サタデーナイト・ラボ」。今ね、冒頭、私の非常にもう露骨に緊張した男……これが緊張した男だというね。声のトーンでお聞きいただいた通り、今夜はスペシャル・ウィークにスペシャルな企画。現代漫画界の巨匠……いや、神、ちばてつや先生にインタビューしてきた模様を、これから12時直前まで、本当にたっぷりお送りしたいと思います。
こちらのインタビューは先週、木曜、ちばてつやプロダクションにて収録したものです。中にはですね、他の……収録でカットした部分として先ほど「ムービーウォッチメン」で扱いました「実写版バクマン。」で、大根仁さんが「トモガキ」という作品でも描かれた、ちばてつや先生、若き頃にですね……トキワ荘の面々と出会うきっかけになった、あるエピソードがあるんですけども、それちょっと語ると「バクマン。」のネタバレになってしまうので、ちょっとその件に関してちば先生とお話ししている部分はカットさせていただいてからの、中身たっぷり詰まったちばてつや先生インタビュー、途中CM一回を挟むだけで、がっつり50分間お聞き戴くことになると思います。それではどうぞ!!
【ロケ音声】
宇多丸 それでは、改めて御紹介するまでもないと思いますが、紹介いたしましょう、本日のゲスト、ちばてつや先生です。
ちば 今晩は。ちばてつやです。
宇多丸 よろしくお願いします。
ちば よろしくお願いします。
宇多丸 このタイミングで、是非ちば先生にお話を伺いたいと思ったのはですね、特に川三番地先生の『あしたのジョーに憧れて』という……これで要は川先生が、ちばプロアシスタント時代を描いた作品ですけど、これでひどく感銘を受けたというかですね、僕が本当に少年時代からずっとちば先生の作品に惹きつけられてきた理由というのを自分なりにずっと考えてきたんですけど、それが作り手側の技術的なところから裏付けられたというのが感銘を受けまして。
ちば そうですか。
宇多丸 はい。まず、非常にこの身近な立場の目線から、ご自分の作品の成立ちというか、技術的な部分というのをつぶさに分析されるというのは、この作品に関して、ちば先生、いかがお感じになりましたか。
ちば そうですね、私も……随分昔、もう40年、50年近く前なんで、大分忘れてたことなんですけど、建物やなんか、そのまま残ってるんですね。よく覚えてるなあと思うくらい……
宇多丸 それこそ、こちらのね……
ちば 本当にリアルに、しかもその当時のことをね。すごくうまく描いてるなあと思いましたね。
宇多丸 あと、この技術論というか。勿論、漫画がどうやって描かれているかというのは、頭では分かってたつもりだったんですけど。こんな細かい工夫の積み重ねで出来ているのかっていうのは、改めて驚いてしまったんですけど。
ちば そうですか。……そんなに細かく描いてある?(笑) ちょっと自分では照れくさいんですよね。あたしがすごくカッコよく描かれてるから(笑)
宇多丸 この作品でもですね……『あしたのジョーに憧れて』でも、冒頭の掴みとして川三番地先生がちば先生の作品の大きな特徴として、たとえば背景が、いわゆるパース、遠近法的に中心に向って小さくなっていくのではなく、縦のパースがほとんどつかない背景というのが特徴という。写真でそれをやろうとすると、非常に高い所から写真を撮らなきゃいけなくて大変なんだけど、漫画……要はこれは漫画ならではの表現であるというのが冒頭の掴みになっていますけど、これ、僕まさに読者としてちばまんがを読んだ時に感じる味わいの裏付けを得たというかですね。主人公達だけにフォーカスが当てられてるのではない……背景にいる脇役とか、その他の人々……もっと言えば小道具とか建築物であるとか、そういうもの全てに等価に存在感がある感じというのが前から……子供の時からすごく思ってて。他の漫画と全然違うという。
ちば そうですか。いや、あたしはあんまりそんなに意識したことないんです。ただ、例えば見開きみたいな場面がありますよね。そこで、例えば長屋とかね……みんなが、大勢が……例えば運動会でみんなが遊んでたり、スポーツしてたりなんかする時は……そうですね、一人一人……主人公は勿論中にいるんですけど、その周りにいる、その他大勢の……しかも、それの家族だとか、それの親戚だとか……色々いるだろうと思うんだけども。そういう人達も楽しんで描いてるところはありましたね。
宇多丸 描いていて楽しい?
ちば 楽しいの。ああ、この人のおじいちゃんはここにいる……とかね。この人の孫が苛められてるとかね。ストーリーとは関係ないんだけど、そういうところで色々、モブシーンの中で、そういうことを楽しみながら描いてたのはありますけども。それは本当に編集者が困っちゃってねえ。「なんで、そんなところに時間かけるの?」って言われたことは随分ありますけど。
宇多丸 やっぱり、その分当然描く手間もかかりますし。
ちば 時間もかかるしねえ。「そういうところじゃなくて、主人公だけが大事なんだから」ということは……今思い出すと言われたことはありますね。
宇多丸 それでも、やはりこれが大事なんだと……
ちば 大事っていうよりも、描いていて楽しいんです(笑)
宇多丸 その分、当然ページも取ってしまう訳ですし、ストーリーの進みは遅くなる。
ちば そうですね。ストーリーの展開が遅くなるのね。それがね……編集の人は結構いらいらしたみたいですよ。
宇多丸 編集の人に指示されて「ああ、じゃあこうすればいいんだ」ではなく、やっぱりご自分の「でも、これが楽しいんだ」っていう方を優先される……その……
ちば いや、編集の人が言うこともよく分かるんですよね。だから私も「そうだな」と思うんで直そうと思うんだけど、やっぱり目が……色々ばらけてしまうというか。色んなところに集中してしまうんで。
宇多丸 でも、ファンから言わせていただくと、本当に、そここそがちば作品の肝であるという風に……
ちば そうですか。それはとても嬉しいですね。自分が楽しんで……だけど凄く手間がかかったことなんだけど……それをある意味誰かが楽しんでくれたということは……とても私は今、描いてきて良かったなあと思います。どうもありがとう。
宇多丸 いえいえ、とんでもないです。……そういう人々の一個一個の顔とか、ちょっとした言っていることであるとか、そういうのは楽しいのもそうですけど……主人公だけに周りの世界がある訳ではないというか。物語という……ある意味作者の都合のために、この人達はいるのではない……っていう感じが僕は凄くして。それはちば先生のほとんど倫理観みたいなものかなあと思うんですけど。どうでしょう?
ちば ……倫理観というより感覚ですね。まあ、倫理観なんでしょうけど。例えば、ジョーが注目されてて新聞記者にわっと囲まれたりなんかするでしょう? そうすると、新聞記者を描きながら「この人はまだ新婚なのかなあ」とかね(笑) 「この人はなかなかうまく仕事が出来なくて上司から怒られてんじゃないか」とかっていうようなことも、ふっと考えながら描いちゃうんですね。一人一人に。だから、ある意味もしかしたら……ジョーばっかりに焦点がいってないんで読みづらいのかなあということは気にしたことはあります。色んなところに目がいってしまうのでね。
宇多丸 これが、不思議と漫画としては読みやすいんですよね。
ちば そうですか。
宇多丸 少なくとも初見では目線が迷うということはないんですけど。それは何か工夫とかいうのはあるんですか?
ちば 目線が迷うというのはね。隅々までごちゃごちゃ描きながらね……言うのも変だけど、漫画っていうのは、やっぱり迷わせたら駄目だと思うんですよね。それで、演出というか、コマを割る時に……それから構図を決める時に、もの凄くそこは神経を使うんですよ。特にコマ割りですね。それでいて絵を描く時には端っこまで描いてしまうんですけども。漫画っていうのはね、読むものではなくて、一ページをSの字型にすうっと眺めて走って行く。目線はすうっと通っていく。通りながら、目の端にすうっと何か感じながら……それでいてストーリーの展開が分かっていく。だから、読みやすくて迷わせないで分かりやすくて……それで雰囲気を感じさせるっていうのはなかなか難しい……それが私は漫画の一番難しい所じゃないかと思うんで。だから、その辺では……私だけじゃなくて、漫画を描く人達はみんなそれで……どうしたら読者が迷わないで、読みやすくて、分かりやすくて、しかも自然にすうっと世界に入ってきてくれるかっていうのを苦労してると思いますよ。
宇多丸 そこは一番両立が難しいあたり……
ちば 難しいですねえ。
宇多丸 後、さきほどジョーを例えに出されて。ジョーが例えば新聞記者に取材を受けてる時だったら、周りの新聞記者にも興味が湧いてしまっている。それがまさに僕が感じる、主人公だけに物語が奉仕してないっていうちば作品の……ある種なんというか……フェアさというか、風通しの良さというか。「僕もこの世界にコミットできる」という感じに通じると思うんですけど。例えばジョーもそうですし、後『おれは鉄平』の鉄平であるとか、特に『のたり松太郎』の坂口松太郎とか……要は人間として、とにかく勝手だし、粗暴だし、それでいて時には……鉄平とかもセコかったりとか……要は決して誉められたもんじゃない人が主人公である場合に、主人公だけにフォーカスする作りだと、読者が下手すると反感を抱いたままになりかねないところを、そういう客観視点を多く入れることで、何か「こういう男もいるんだ」っていう、風通しの良さを作られてるのかなと思ったんですけども。
ちば まあ、それは計算して作ってるんじゃなくて。無意識のうちにやってることなんですけど。例えば、鉄平とか松太郎とかって、挙げてくれましたけど……非常に……そばに居ると鬱陶しいですよね。
宇多丸 いや、迷惑です。絶対に嫌です。松太郎とか。
ちば 家族だって。もう松太郎に「お前に死んで欲しい」と頼むくらいにね。親まで「本当にこの子は迷惑だ」って……近所迷惑で、本当に生きてるだけで迷惑だって人間をキャラクターにしたっていうのは……あれは短篇のつもりで描いたんで。こんな奴がいたら面倒臭いだろうなあ、だけど憎めない奴がいるんだよなあ、とかっていうこと。後、結構私の性格の反対側っていうかな、もう一回人生を送るとしたら、こういう生き方をしてみたかったなとか、憧れがあるんですね。鉄平とか、松太郎の中に。私は結構気が小さくて、引きこもりの方でしたから。人の……周りの目を気にしたり。言ってることを気にしたり。長男なものだから親からしょっちゅう怒られて。「お兄ちゃんだから見本になりなさい」とかね。そういうような生き方をずっと刷りこまれてきたっていうか……そういう生き方をしてきたんで。もうたがを一度外して。好き放題。人がいっぱいいたら「どけどけ」っていうような、そういう生き方を一日でも二日でもしてみたいなと思ったことをちょっと描いたんですよね。
宇多丸 少年漫画において破天荒な主人公っていうのを設定されたのは……ちば先生の『ハリスの旋風』とかが、かなりパイオニアになるのかなとも思うんですけど。
ちば その辺もそうですね。
宇多丸 そこで破天荒な主人公だと……特に松太郎、鉄平までいくと共感を得られづらいんじゃないかとか、反感を与えてしまうんじゃないかという御心配とかってあったりしませんでしたか。
ちば いや、それはね、編集の人がまず心配しましたね。「こういうキャラクターなんだよ」って言って。早弁はする、宿題はしない、喧嘩はする……好き放題に生きるような奴を描いてみたいって言った時には、やっぱり編集の人は心配しましたね。「読者が共感しませんよ」って。
宇多丸 国松とか。やることもどんどん変えちゃうし。
ちば 国松の時は特にそうだった。だから、あれは週刊誌でしたから、一ヶ月か二ヶ月やるとだいたい……人気投票……毎回毎回やってますから。あまり人気が出ないようだったらね、止めましょうと。ただ、どうしてもやりたいんで。というのは……何て言うのかなあ、その前に描いた『誓いの魔球』とか『紫電改のタカ』とか。前描いた少年漫画の主人公っていうのが、とてもいい子でね、優等生だし、親孝行だし、正直者だし、友達想いだし。どこにも欠陥がないんですよね。だけど、そういう人間を描いてると「ああ、こういう人間いいなあ」と思って描きながら、あんまり楽しくないんですね。
宇多丸 当時は割とそれはスタンダードな。
ちば そうですね。主人公っていうのはそれに決まってたんです。カッコよくてね。だけど、それよりも、脇で馬鹿なことやって主人公の足引っ張ったり。困るようなことしたり……というような人間を描いてると、なんか自分と重なることもあるんでしょうけど、描いてて楽しい。
宇多丸 やっぱり、そっちの方が楽しい。
ちば 楽しいんですよね。楽しい奴を主人公に描いてみたいということで始めたのが一番最初の『ハリスの旋風』の国松ですね。
宇多丸 そうしたら読者も楽しいって思う訳ですよね。
ちば そうですね。今までなかったキャラクターだったからかも知れないけど。結構反応が良かったみたいですよね。
宇多丸 後、先ほどおっしゃられてたようなストーリーの寄り道部分だったり、情景の寄り道……ストーリーは止まっているけどっていうところとか。やっぱり読者は楽しんでるから。そこはつまんないと思って読んでる人はいないと思うんですよね。
ちば そうですか。
宇多丸 後、これは僕のファンとしての穿った仮説なんですけど、鉄平、松太郎とか……国松もそうですけど、先ほど言った反感を持たれないバランス感として、脇キャラの視点っていうか。松太郎でいえば田中がいてくれたりとか。初期の段階だと島田先生が松太郎のことをすごく面倒みてあげるじゃないですか。「こんないい人が面倒を見続けてるんだから悪い奴じゃない筈だ」。……鉄平とかも毎回その都度保護者的な存在が現れて。なんかそこに主人公だけが世界じゃないっていうのの利点があるというか、そういう感じがしたんですけど。そういうバランス感をお考えになったりはしてましたか。
ちば そうですね。道を外れたようなことを平気でする奴のそばにはニュートラルな人間を置かないと。いかにこいつがひどいことをしてるかっていうことの強調にもならないし。松太郎でいうと田中、国松でいうと弟のアー坊とかメガネとかオチャラっていう女の子ですけど……優等生の女の子がいて。いつもはらはらしてる人間を脇に置いたりっていうことは……描いてると、どうしてもそういう人間がいなくちゃおかしくなってくるっていうのは……そこでバランスを取ったのかも知れないね。あまり計算はしてないんですけど、あたしは。
宇多丸 お人柄がそのまま出てるっていうことですか。
ちば いやあ。人柄でしょうか。
宇多丸 ジョーも、ドヤ街の子供達も段平に出会ってなければ……後ほどその名前でもお話を伺いたいんですけど、たとえば『餓鬼』の主人公みたいな……顔立ちとかジョーそっくりだし。身許もなく浮浪している少年という意味では……僕は『餓鬼』の主人公は「段平やドヤ街の人々に会わなかったジョー」という風に。要するに脇がいなければ彼は破滅してたっていう風に見えたんですけども。
ちば なるほどね……それは初めて聞いたけど。なんかすごく新鮮ですね。
宇多丸 そうですか!! いや、もう顔立ちとかがジョーそっくりだから完全にもう一人のジョーとして描かれてるのかと思ったんですけど。
ちば いや、それはあたし……漫画家みんなそうですけど顔は決まってるんでね(笑) そんなにたくさん色んな種類が描けないもんだから。同じになってしまったのかと思うんだけど。『餓鬼』を描いたりジョーを描いたりっていうのはね……時代がまだ戦争を……戦後を引きずってるんですね。まだ二十年かそこらでしょ。そうすると、私の記憶の中にも、ついこの間まで戦争してたっていう意識があったし。それから兵隊さんが片手片足になったりして。町にたくさんいたんですよ。電車に乗ってきてアコーディオン弾いたりなんかしたりして。……というような戦争の影がずっとあったんですね。
宇多丸 浮浪児というか。
ちば 浮浪児も、上野の駅なんかに行くとたくさんいましたしね。私は引き揚げ者なんで中国から帰って来たんですけども、その時に、上野の駅を通った時に、私と同じくらいの年の子供達がもう泥だらけ……親がみんないないんですよ。親も兄弟も。みんな、家族を亡くした子供達があそこで真っ黒……何日も何日もお風呂入ってないんでしょうね。ご飯も食べてないんだろうなっていう、そういう子供達が靴磨きしたりね。そういうのを非常に強く覚えてるんで。その影響なのかな。私が、今考えるとね。ジョー描いたり『餓鬼』描いたりした。あのキャラクター達は、あの子達を描いてるんだなっていう気がします。
宇多丸 今まさに満洲からの引き揚げ体験のことを仰有ってましたけど「家路」(注:『漫画家たちの戦争 引き揚げの悲劇』所収『家路 1945〜2003』)という引き揚げ体験そのものを描かれた作品でも凄く……勿論描かれる事実というか実際に起ったことの重みというか凄まじさも圧倒されるんですけど、やっぱり『家路 1945〜2003』拝読してて「あっ、やはりこれはちば漫画だ」という風に思うのは、ちば先生が最後にその時のことを思い出しながら、乾パンを……奥さまですか……持ってこさせて、乾パン食べて涙ぐまれる……そこまでの話を見てくれば当然その涙の重みっていうのは分かるんですけど、ここでやっぱりちば先生は、奥さまがその体験を共有していない人として……つまり第三者の視点で「変な人」って言って。その視点を入れてこられる。あるいは『のたり松太郎』でもですね、秋田でガラス工場に田中が就職をしに行くと言って、松太郎がついて行ってという件で、僕は本当に日本の漫画史上というか、ありとあらゆる創作物史上で一番好きな場面なんですけど……要は田中がもう相撲を辞めて就職しに行きますって……松太郎はなんか止めたい、と思っててついて来て何のかんの嫌がらせをするんだけど、そこで松太郎は「一緒に部屋へ帰ろう」って、あのエゴイストが「一緒に帰ろう」。で、田中は土下座をして……二人は部屋に帰る……二人の人生にとって一番大事な瞬間……なのに、その話の最後はガラス工場の禿げ茶瓶の社長が「まだこっちは雇うって決めた訳でもないのに……変な人」って言って。やっぱり第三者の視点が。この、何て言うんですかね、もの凄く重かったり感動的だったりするところにすら……主人公達の物語と関係ない人もここに生きてるんだよっていう。この視点が凄くちば先生の醍醐味だなって思うんです。
ちば いやいや、自分で描いたのを読み返さないんで。半分、霞の向こうなんで、記憶がないんですけど。あの場面は覚えてます。ガラス工場でね……そうですね。あの辺は私も「相撲部屋へ帰って良かったね」と思いながら描きましたね。
宇多丸 そこでどうしても第三者の視点とか、他にも生きてるんだよ、勝手にという感じを入れられるっていうのは……無意識に出てくるものですか?
ちば そうですね。……なんて言うんでしょうね、頭の中で生きてるんでしょうねえ。後、この話は、鉄平もそうですけど、その頃週刊誌が忙しくなっちゃったもんだから、私の一番下の……四人兄弟なんですけど、一番下の弟がね……結構色々本読んでたんで、彼にヒントを出してくれって。
宇多丸 七三太朗さん。
ちば そうそう、七三太朗が原作書いてますけど。彼に「次どうなるか、考えておいて」って言いながら、他の作品を描いて、ヒントを随分聞いたりなんかしてたんで。彼の……
宇多丸 視点。
ちば そうですね。
宇多丸 「のたり」の……なんと田中も、ちば先生がスケッチされてたところから七三先生が……
ちば そう。「こいつ面白いんじゃない」って言って。あれはモデルがいるんですよ。実際にいた……
宇多丸 あんな顔の人が(笑)
ちば ええ、本当に。変な顔の人でね。なんか、入門したばっかりで、髷も結えないでぼさぼさ頭だったんだけど、たまたまその時に風邪引いてたみたいで。洟が出てるんですよね。青っ洟が(笑) それで塩を持って震えてたんですけど。面白い顔してるなあと思って……私は、彼は……ええと何部屋だったかなあ……部屋へ取材に行った時に、面白いお相撲さんを全部スケッチしてたんですね。その一人だったんですけど。
宇多丸 でも、もう『のたり松太郎』という作品、田中がいるといないじゃ、もう。
ちば そうですねえ(笑)。
宇多丸 まさに、そう考えると、ちば先生は、ある話を始める時に……先ほどから「物語が主人公だけに奉仕しない」っていう言い方をしてましたけど……どの程度ストーリーの先を考えて始められるんでしょうかね。
ちば うーん『松太郎』なんかの場合は、本当に短篇のつもりで、ぶっつけでね……「変な奴」っていうのを三回か四回くらいで終わりっていうつもりだったんですよね。途中からお相撲さんの世界へ入っちゃいましたけど、最初は全然そんなこと考えてないで。
宇多丸 田中も予定になかった……
ちば 全く。ないですね。
宇多丸 そうすると、さきほど僕が言ったガラス工場の件とかは……要は田中がいなければない話だから……というか、田中がいないと大抵の事件は起ってない(笑)……だいたい彼が酒飲んで起す事件ですから、ということは、そこまでは考えられていなかった、と。
ちば なかったですね。で、そういう作り方もあるし、例えばその後に描いたゴルフの漫画で……
宇多丸 『明日天気になあれ』。
ちば あれは「ゴルファーが一番憧れるところ、どこだろう」って考えたら、今は色々あるでしょうけど。昔はね「ジ・オープン」って言って。ゴルフ発祥の地はイングランド……イギリスなんですよね。で、その北の方にある小さな町なんですけども、そこに古い「オールド・コース」って、ただ「古いコース」ですよね。で、それがいわゆる何というのかな……
宇多丸 「聖地」というか。
ちば 「聖地」と言われているところなんで。それは、最後にそこで最終組で回る……最終組で回るというのは優勝争いをしてるということですね。そこで最終組で回ってる主人公ということは頭に置いて……
宇多丸 その着地は一応。
ちば ええ。それは、遙か彼方に、富士山が遠くに見えるみたいな感じで……。ただ、行き方はどう行くかは分からない(笑)
宇多丸 そこに行くまでに……やはりその……寄り道とか。
ちば そう、寄り道というか、迷子になっちゃう訳ですよね。
宇多丸 そこがやっぱり、読者的には。ちば漫画の大きな案として……先ほども絵とかそうですけど、お話が寄り道したり停滞したり……試合を勝ち進んでいるところは勿論わくわくするんですけど。その合間のところっていうのが、僕はもう……宙ぶらりんな時間というか、モラトリアムな時間というか。『松太郎』だったら、場所と場所の間であるとか。どこか行った先で一日空いてるから、さあどうしようとか。『鉄平』だったら、僕はあの東大寺学園て途中受験し直す時に合格通知を待ってる一日だけの話があるじゃないですか(笑) あの回が読んでてもう幸せで幸せで、もう。
ちば そう(笑) 何してたんだろう。
宇多丸 色々落書きしたり色んなことやってついにやることなくなって。それは鉄平のうちのお手伝いさんというか、おじいさんが微笑ましく見ているような絵があったりして。もうそれで見ているだけで涙が出るほど幸せな気持ちになるっていうね。なんか、こういう人生の一瞬が一番幸せだよなあて思える……
ちば なるほど。読み返してみよう(笑)
宇多丸 多分、僕の方が読んでいるという(笑) でも、まさにそこは独特の味わいになってると思うんですけど。ただ、先ほども「のたり」のガラス工場のところもそうですけど、意外とそこが後々の展開で重要な役割を果たしてきたりすると思うんですけど。例えばジョーにおける……後にモス西(マンモス西)と結婚してしまうのりちゃんと、ふと思いついてデートをするというか……本当に空いた一日で。しかもそれは……あちこちで先生も語られていますけど、最終回につながってくるのは、あの編集者の方のアイデア出しだったりという話。でも、そこにとっても重要なことをジョーが言ってたりする。あるいはこれはお話上ではないですけど、大事なことが起こるコマは小さい、とか。
ちば たとえば、ジョーがまっ白に燃え尽きるということで、担当の編集さんが「この号もう一回読み直して見た方がいいんじゃないか」って言って。私は読み返さないもんだから……読み返さないんだけど「これだけは読んでおいてくれ」って言って、紀子とデートする一回をね、くれたんですけど。確かにね。まっ白に燃え尽きて小さいコマですよね。
宇多丸 そうだし、でも印象的な手のあれで。白く浮き上がるような感じ。
ちば だけど、私はその時にそんなに大事な話をしてるとは思ってなかったんですよ、自分ではね。
宇多丸 そうなんですか。
ちば そういうことっていうのは毎日あると思うんですね、きっと。
宇多丸 日々。
ちば 日々ね。結構これ大事なことなのに、さらっと過ごしてしまって、後で考えて見たら「えっ、あの時が……自分の人生が変わる大きな一言言ってくれたんだな」っていうことはよくあると思うんですよね。
宇多丸 それこそ、まさに多分……ちばさんが意識されてないにしてもですね……作品から感じるのは、作者が考える物語より、登場人物……僕らも含めてですけど……要するに人の人生の方が物語より偉いっていうか。だからこそ何でもない瞬間に本当は一番大事なことが起こるんだっていうことを僕はちば作品から学んだ気がしますけど。
ちば そうですか。
宇多丸 それもまさに、先生が意識されてなくても、大事なことが……一日空いたからちょっとデートでもするって言ったあの場面にふっと出てきてしまうっていうのは、本当に彼らが生きてるからですよね、多分。
ちば 私も今、宇多丸さんから聞いて色々学びましたよ。ああ、なるほどそういう……
宇多丸 すいません!! 本当に!! 何たることを。神に向って。創造主に向って私は何を言ってるんだっていう。ただ、同時に凄い下世話な質問として、ストーリー漫画として困りませんかっていう。終われないとか。
ちば そういうこともありましたねえ。どうして終わったらいいかっていうことでも随分苦しんだことありますけど。だけど色んなストーリーの作り方、さっきもちょっとお話ししましたけど、遠くに富士山が見えてね、目的が見えて、そこによたよた辿り着くまでの話なんですけど。だいたい私はキャラクターが決まると……こいつを描きたいなあと決まると、後はそいつの日記を書いてるようなもんでね、毎日。こいつが、明日何するか分からないんですよね(笑) なんとなくこういうことはするだろうという予想はあるんだけど、決め手はいないんで……だから明日どうなってしまうのか分からない。出会う人によってそいつががらっと人間が変わってしまうかも知れない。そういったことを楽しみながら描いてたのかなあ。
宇多丸 じゃあ、もう割と一旦動き出してしまったら割と短期の……その回のストーリーを考えるくらいの……
ちば ええ。毎回、毎回のことをね。その時のエピソードを突き詰めては考えますけど。
宇多丸 「のたり」なんかまさに終われない漫画の代表格っていうか。
ちば (笑)そうですか。……あれはああいうキャラクターの話だからね。相撲は心技体というけど、あいつは心も技もないんですよ。体だけあるんで。だから絶対お相撲さんとしては成功する筈がない、と。ましてやお相撲の世界なんてのはみんなああいう身体の大きい連中ばっかりなんだから。だから、まあ十両にしたら……十両になると一応「関取」と呼ばれる、髷が結える……というところで終わらせようということで、途中から方針変わったんですけども。時々、編集の人も、私これで終わりだと思って「おわり」って描いて「今回で終わりですよ」って渡すと「つづく」ってなってるんですよね(笑)
宇多丸 それは、噂に聞く都市伝説で聞く勝手につづく……あるんですね。
ちば あれは本当に何度か……二回かそこらやられましたけど。だからいまだに終わってないんですけど。
宇多丸 彼らの人生が続く以上は……人生、少なくとも死ぬまでは続いちゃう訳ですから。
ちば あるんでしょうね。私も 時々、ふっと「松太郎は今ごろ何してるかなあ」「田中は何してるかなあ」とか「西尾のじいちゃんは生きてるかなあ」
宇多丸 西尾のじいちゃんはちょっと長生き過ぎませんか(笑)
ちば いや、だけど。
宇多丸 意外と若いんですね。あの人ね。
ちば そうですね。見た目より若いんで。
宇多丸 心技体で身体だけで来た松太郎が……彼みたいな人が身体の衰えを本当に覚え始めた時にどうなるのか、とか。すごく知りたいですね。
ちば 私もちょっと見てみたいなと思うんですけど(笑)
宇多丸 いつか……読み切りとかでいいんで、ちょっと一つ……という一ファンからの願いとして。
ちば ありがとうございます。
宇多丸 後、先ほど仰有ってた、先にゴールを決めすぎずというか、遠い富士山を目標にして、後はキャラクターの動くままにというのは、実は週刊漫画誌というか、続き物の特性には合ってる気もしますけど。
ちば そうですね。
宇多丸 と、同時に先ほど言った寄り道だとかというところで、例えば背景の色んな、主人公以外の所にも重みがあることで、ちば先生の漫画は何度読み返しても、あるコマで止まって、ずっと脇の人だけ眺めちゃったりとか……それって凄く漫画にしか許されない喜びかな、と。僕だけじゃなくて評論家の加藤幹郎さんという方が「愛の時間」という有名な評論(注:『表象と批評――映画・アニメーション・漫画』)……それこそ『のたり松太郎』を例に挙げて書かれているんですけど「好きなように戻って、好きなようにコマと戯れる」、そういう愛の時間というのは漫画ならではの時間感覚なんだと仰有っていて。なので、僕はちば先生の漫画は一番漫画らしい漫画だと感じるんですけど。
ちば それは嬉しいですねえ。
【CM】
宇多丸 先ほどからご兄弟のお名前も出ますけど、意識されざるちば作品の……例えば、停滞する時間の部分が面白いとか、モラトリアムな時間が面白い……これファンの穿った見方になりますけど『屋根うらの絵本かき』という作品にも描かれていますけど、満洲引き揚げの途中で徐さんですか……素晴らしい親切な中国人のご家庭に匿われていた時期の……屋根裏でずっといた時期に漫画描きとしての原点があるという……それはまさに宙ぶらりんの季節というか、何もすることがない、その時期というのが一番豊かな時を育んでた……原点としてあるのではという、ファン目線なんですがいかがでしょう。
ちば 戦争が終わって、引き揚げ体験というのは私は……ほぼ一年ですね。終戦が八月十五日ですよね……昭和二十年の。それから一年間日本へ帰れなかったんですね。だから中国のあっちこっちに逃げ回ったり隠れ回ったり……ほぼ一年ですね。次の年の七月二十日くらいの船で帰れたんですけど。それまでの間というのはね、学校行ってないんですよ。……学校行ってないだけじゃない、お風呂も入れないし、食べるものもなくて、一冬の間に……たった一年間の間に24万人ぐらいの人が、戦争で、じゃなくて餓えと寒さと絶望で死んでるんですよね。そういう中にいたから色々こういう……近くで地獄を見たりなんかしてるんですけど。たまたま私の父親は兵隊にもとられたんですけど、身体が弱かったんでシベリアへ行かなかったんですね。で、一緒に帰れたんです。なんだかんだ言って、なんとかこう会うことができて、一緒に帰れた。だから、その一年間というのは家族旅行してるような感じなんですよ。
宇多丸 そういう、ちょっと一種の幸せ感も。
ちば ええ。後で考えると、ね。
宇多丸 へーえ。
ちば で、学校行かないから親が……母親が特に心配して「徹彌、漢字覚えといた方がいいよ。日本に帰れたらね。……帰れるかどうか分からないけど、もし帰れたら同級生と……その時に字が書けないとか九九が出来ないとかいうと困るから」というので、ずっとぶつぶつ教えてくれてたんです。それから、私の父親は印刷会社にいたもんだから「ヤレ紙」っていって捨てちゃう紙が……「破れ紙」って書くんですけど、その紙を……紙は持ってたんで、紙と筆記具はあったんで、そこで絵を描いたり字を書いたりして……勉強したり絵を描いてたりしたんですけど。そのことを思い出すと、本当に家族旅行をずっとしてたなあ……勿論、いつもひもじかった。お腹は空いてて辛かったんですけど。寒かったから本当に厳しかったんだけど、気持はとても豊かでしたねえ。その時に屋根裏に匿われた一時期があって。
宇多丸 それって期間的にはどれくらいなんですか。
ちば そんなに時間的には長くはないとは思うんですよね。二週間か三週間くらいかなと思います。仲間とはぐれてしまった時期があったんで。はぐれてしまうとね、危ないんですよ。日本人は憎まれてますから。何されるか分からない。だから団体の中にいないとね。団体で行動してても危なかったのに家族だけになってしまうとね。ちょっと危ないということで。だけど、その時に、たまたま父親の同僚ですよね、しかも仲が良かった……親友だったんですけど徐さんという人に匿ってもらった時期がありました。それが二、三週間……一月ないと思うんですよね。
宇多丸 比較的短いんですね。やはり作品にもなってますし、もっと長い期間なのかと思ってました。
ちば 私の記憶でも随分長いんですけど、考えてみたら一月足らずだと思うんですよね。
宇多丸 でも印象深い期間でした?
ちば そうですね。その屋根裏では……寒かったですけど……母親が一生懸命本を読んでくれたり、一生懸命作り話をしたりしてくれたんですけども。尽きちゃったもんだから(笑) 私に今度は「絵を描いてあげなさい」とか。弟達は小さいですから。私が長男の六歳ですから。下が四歳の二歳の……それから生まれて何ヶ月という。で、すぐ泣くんですよね。表へ出たがって。
宇多丸 そうですよね。
ちば 狭いところにいるから。だから、そういうところで弟達のために……まあ、昔は漫画が知らなかったんで、ただ絵を描いてるだけなんだけど。その絵の説明をすると弟達がわくわくする訳ね。目を輝かして。「この人はどこへ行くの?」とか「この馬はどこへ行くの?」とかいうことを聞く訳です。そうすると一生懸命考えて……そうなるだろうということを一生懸命……ストーリーを作ってるようなものですよね。作りながら話してる。だから、そういうことが私が後で漫画家になるための原点……その時は気がつかなかったけど、とても大事な時間だったのかなっていう風に今思いますけども。
宇多丸 まさに、その場の空気もそうですし、まずキャラクターがいて話を作って喜ばせるっていうその順番も、お話伺ってて一致してるのかなっていう感じがしました。同時に、引き揚げ体験の強烈な餓えであるとか、当然死の……どうですかね、まだそこまで……幼いから死の恐怖とかそういうことではなかったんですかね。
ちば いや、恐怖っていうよりも「ああ、人間ってすぐ死ぬんだなあ」っていうことは思いましたね。昨日まで一緒に遊んでた子が次の日、もう息してないんですよね。冷たくなってる。あんなに元気だった子が死んでる。それから一生懸命元気にみんなを叱咤激励して引き連れてたおじいちゃんが冷たくなってるとか。簡単に人間が死ぬということを、その時は……すごく刷りこまれたというか。だから、私のキャラクターはすぐ死んでしまうということが。私の感覚なんですよね。人間て……しぶといんですよ。そう言いながら、私みたいに何日も食べない子供達もたくさんいたのに生き残って日本へ帰って来た人もいるし、あんなに元気だったのにころっと死んでる人も見たし。そういういっぱい死んでる人達をまたいで、乗り越えて帰って来たという現実もあったし。だから、色んな引き揚げの体験の一年間というのは……それこそ私の人間形成の上にとても大事な刷りこみが、色んなものが刷りこまれたのかなあということは感じますけどね。
宇多丸 作品の中にもそれが時々顔を出してくるのがすごく印象的だなと思ってて。僕、まだ全然小さい時に『明日のジョー』とかは読んでたんですけど。例えば金竜飛って朝鮮戦争で両親を亡くしたエピソードの……あの彼が餓えのあまり親殺しをしてしまう、あの件。あの異常な生々しさ、何だったんだろうと思うと、実際そういうのに近いのを体験されていて。
ちば あれは描いてる時にふっと気がつきましたね。あれだけは。ああ、これは自分の体験を描いてるんだなあっていう。
宇多丸 あんな餓え……生々しい餓えと……そのために人さえ殺してしまうみたいなものっていうのは、ちょっとしつこく……読んだらショックでしたね。いいショックを受けたと思います。後、『おれは鉄平』でさえ、終盤の、もう一回鉄平が野生児に戻る……かつてお父さんと財宝を探していた同じ土地に戻って……洞窟に若者達と閉じ込められる展開で、そこで『おれは鉄平』ってそこまでは比較的まだ明朗快活な剣道漫画として進んできたのが、人肉食を、あの親子だったらするかも知れないという恐怖が持ち上がる展開があるじゃないですか。
ちば ああ、そうでしたねえ。私も忘れてたけど。そういうの描きましたね。ちょっとね。危ない話を描きました(笑)
宇多丸 これで、僕は……勿論、そんなことが描かれるとは思わないけど、同時に鉄平親子だったらそれぐらいしかねないっていう(笑)
ちば やりそう。そうですね。私もそう思いながら描いてたんですがね。
宇多丸 だから、こういうところにまで先生の諸々の引き揚げ体験の話とかも読んで存じ上げてたので……ここにもこういうのを入れてくるかっていうのがあったんですけど。餓えの恐怖だったりとか……
ちば いやいや、それは私も出来るだけ引き揚げの時の餓えとか、地獄を見たようなことっていうのは……漫画っていうのはね、読んだら楽しい、面白い、読んだ後元気になるというのは漫画の基本だと思うんですよ。だから漫画でそういう辛い話を描くっていうのは出来るだけしたくないと思うし、自分でもあまり思い出したくない。当時のね。屋根裏の楽しい時期は思い出しますけども、そういう辛い……餓えに苦しんだり、死体をたくさん見たり、死んでゆく人達の顔を見たりということは出来るだけ記憶のどこかへぐっと沈めてたんですけど、描いてるとわあっと出てきちゃうんですね。だから金竜飛の場合は途中から自分の体験を描いてるなあって思ったんだけど『餓鬼』とか「鉄平」のラストシーンの方でも、それは全然意識していなかったんですよね。
宇多丸 『餓鬼』なんて改めて掲載誌のこと考えてたら『ぼくらマガジン』って幼年誌なんですよね。
ちば 幼年誌だったね(笑)
宇多丸 ちょっと、幼年誌にこれは駄目(笑)
ちば そうですね。だから私はね、雑誌の読者っていうのはいつも考えてるつもりなんだけど、時々忘れてしまって、これをどういう年代層の人が読んでるかっということを時々忘れてしまうんですかね。
宇多丸 『餓鬼』は先生の作品の中で一番陰惨な……
ちば そうですよね。あれは大人の雑誌に描く話ですよね。
宇多丸 大人の雑誌でもかなり衝撃的な。いや、でも素晴らしい作品だと思いますけど。……どっかに読者に伝えたいというか、勿論漫画全体をそのトーンにしないまでも、人間というのは薄皮一枚剥ぐと、そういう可能性があるというのを伝えたいという思いっていのがあったりはしますか?
ちば それはありますね。人間っていうのは、本当に時々何なんだろう……という。あんなに優しそうな人がお腹が空いてしまう。それから自分の家族を守るためということになると鬼になってしまうようなことを……がらっと……そういうところを何度か見てるんで。鬼みたいな人でも、逆にすごく優しいところがあったりね。人間ってそういうちょっとしたことでね、がらっとこう……だから色んな要素があるんですよね。悪い部分、悪魔的な要素も、天使的なところも、神様みたいな要素も、みんな持ってる。だけど、その人がどういう生き方をしてるかっていう……環境によって神様みたいになったり悪魔みたいになってしまったり鬼になってしまったり、そういうようなことってよくあるんで。そういうことを……今、宇多丸さんと話してると、そういうものを描きたいと思いながら描いてきたのかなということを気がつきましたけど。
宇多丸 まさに先生の作品だと、どちらか一方向のキャラクターって絶対に出てこないですものね。完全にいい人も出てこないし完全に嫌な人も出てこない……とは本当に思います。……先ほどあまり御自分では思い出したくないと仰有られてた体験を『家路』っていう作品ではまさに描かれてた……あれは相当な思い切りだったんですかね。
ちば あれは、その少し前から……私の友達、同じ引き揚げ者の仲間が結構いるんですよ。森田拳次とか北見けんいち……赤塚不二夫さんもそうだったし。漫画家でもいるんですけど、そういう人達と、自分達の記憶を残しておこうよという声をかけられて……漫画ではなかなか描けないけど、絵本みたいな形で展覧会を開いたりしたことがあるんですね。そのうちに段々段々、これは我々は戦争をして……戦争の端っこなんですけど、そういう体験をした人間はそういうことをみんなに描き残す義務があるんじゃないかということをみんな感じ始めて。みんなそれぞれ描き始めましたよ。私もその辺から記憶を抑えてしまわないで、まだ元気なうちに、そういう時代があったんだよ、二度と繰り返さないようにしたら……どうしたら人間て繰り返さないで済むかねという話をしながら、なんか義務感が出て来ましたね。
宇多丸 その意味では『家路』という作品は十年以上前の作品ですけど、より日本の空気感というのは戦後七十年になってさらに危うい空気というのが出てると思うんですけど。先生から見て今の御時世というのは、どう感じられてますか。
ちば 私は非常に不安に感じてますね。そっちの方向へ行っていいのかなあ。そっちの方向へ行かない方がいいんじゃないかなあ。日本はもっといい方向がある。もう戦争しない国っていう風にみんながもう認め始めてるでしょ。日本には憲法があるんだから絶対戦争出来ないんだよ、あの国は。その代わり……戦争しない代わりに色んなところで橋作ったり井戸を掘ったり困った人に薬を作って……この間もノーベル賞でとてもいい仕事をしましたよね。そういうことで世界中の人から、みんなから尊敬される国になったらいいのに。怖がられる国になりたいのかなあ。もう少し……経済、経済っていうけど、慎ましくていいから、あの国はみんなから愛される、いい国だよ。あの国は滅ぼしちゃいけないよって言われるような国になって欲しいなと私は思うんですよね。それは難しいんでしょうけども。今はそうなりつつあるのに、勿体ないなあ、折角いい方向に行きかけてたのにということはちょっと私感じますけど。
宇多丸 そういうことを僕はちば先生の作品から学んだというか。要するに、色んな生き方みたいなものを……色んな強さがあるとか、色んな美しさがあるみたいな、それを許容するみたいなことはちば先生の作品から学んだことです。色んな人生を許容する社会とか、物の見方の方が豊かだなあとか。勿論、戦争の恐ろしさはそうですけど。……すいません。ちょっと時間を大分オーバーしてしまって。一通り伺いたいことは伺えました。……もう私は多分終わってから記憶がない状態だと思いますけど。
スタッフ (笑)
宇多丸 本当に、感激という言葉では表せないくらい素晴らしい時間を過ごさせていただきましてありがとうございまいた。
ちば こちらも色々気がつかされることがたくさんあったんで。自分の作品をもう一回本棚から引っ張り出して読み直してみたいなと思ってます。ありがとうございました。
宇多丸 こちらこそ、本当にありがとうございました。
ちば どうもありがとう。