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老後がはじまるまでの準備について

いつもはいい感じに過ごせているつもりでいても、
連休で一緒にいる時間が長いと、あれやこれやの齟齬が起こり、
ついイライラしてしまう。
つまり私たちはあまりうまくやれていないのだ。

それをしっかり自覚しなくては。
多分来年、遅くても再来年の今頃は、確実に夫は仕事を離れている。
なぜなら今でさえ、体力的にギリギリの様子だから。

週五日、しかも途中で降雨などがあると、口数も少なくなり、
帰宅後すぐにベッドに向かったりする。
これから暑くなる、この季節代わりがまた大変なのだ。
そもそも障害を持っている彼

辛い、痛い、数々の愚痴が出るのを
宥め、ごまかし、先延ばし、すり替え
そうやって働いてもらっている。

多分外に出なくなった時、からだは一気に劣化する、
それが気になっている。
仕事があるから外に出ざるを得ないというのは、
全く得難い大事な環境だと思う。
これを家にいる私が言うのは本当に許されないことと思うけど、
リアルに、動かなくなった彼の明日は目に見える。見えすぎる。

穏やかな老後、というのはどういう人たちがもつ未来図なのだろう。
体の動きと、自分がいかされる誇りとを保証されて
それで初めて可能になる、というイメージがある。

ここまでの人生をあまり上手に生きていない私たちは、
地域からなんとなく孤立しながらの、
互いにどっぷり依存しながらの、
痛みと辛さに負けがちな
不健康な動かない日常へと固着してしまいそうだ。

仕掛けを作ろうと思っている。

大急ぎで、しかもちゃんと成果をあげる「仕事」の仕掛けを
「私は家に仕事を持っている」それを
もっと「ずっと回転できる事業にしている」し「忙しい」
生活をそういうところまでもっていくための仕掛け。

淡々と自分のことを行いながら生きることを
こどもとか仕事とか、
外からの要因から離れてデザインすること。

リズムがちゃんとできるかどうか、
喜びを持ちながら行けるかどうか、ちょっと怖い。
先のことを考えると、もうリアルに時間はないのだった。

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